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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第3章 妨害し続ける身分
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第82話 奇跡的な出会い

「ンナ〜!」


 少女は口の中に広がった未知の幸福に目を輝かせ、ほっぺたに手を添える。


「すぐ飲みこんじゃダメだよ。ちゃんと噛まなきゃ」


 ノアはフォークを少女の口に運びながら苦笑する。少女のために優しい味付けのスープでも作ろうとしたのだが、食材が小麦粉や卵などしかなかったためホットケーキを作った。本当はもっと栄養のあるものを作りたかったが幸いにも少女は気に入ってくれたようで、何枚も作ったはずのホットケーキは少女の口に吸い込まれるようにペロリと完食された。少女は至福の真髄を味わい顔を揺らす。

 少女の身体は今、包帯でぐるぐる巻きになっておりミイラのような姿だ。ノアが慣れない手つきで巻いたため見た目はよくないし、顔にも巻かれているため表情は分かりづらい。だが腕を振り回してでも味の感動を表そうとしているため、気に入ったということはわかる。


「ンンゥ〜」


 少女はお腹が膨れたことに幸せを感じ、目をトロンと蕩けさせた。


「ンーンー」


 ノアが少女の口についた汚れを拭いていると、手元にある本を指差して少女は声をあげる。それは少女のお気に入りの絵本で、寝る前に読み聞かせるようにねだってくるのだ。もう何度読み聞かせたかは覚えていない。


「もう今日はいいだろう? さっきも読んで……」


「ウゥーァウ」


「わかった、わかったから」


 ノアは袖を引っ張られ、困ったような笑みを向ける。まだ袖を引く力は無いが、声は以前に比べて大きくなっている。そのことに安心を覚えたのは確かだ。ノアは肩を並べるように隣に座って本を開くと、知っているはずの本を少女はまるで新品のオモチャを見るように食いついた。その絵本の内容はある兄妹が世界中を冒険する話だった。


「〜〜。兄はとても強く、体の弱い妹を何度も何度も助けながら旅を続けました。兄はたびたび妹の様子を気にかけてくれてはいたが、妹は旅をするのが嫌で嫌で仕方ありませんでした。『ねぇ兄さん、何のために私たちは旅をしているの?』 疲れ切った妹は、兄に一つの疑問を投げかけました。『それはね、その答えを見つけるためだよ』 妹はその兄の答えに納得できずにいたが、渋々足は進めていきました」


 ノアはゆっくりと聞きやすいように読み上げる。だが読み上ながらも、少女が何故この話をそんなにも気に入ったのかがわからない。何故ならこの物語はハッピーエンドではないからだ。


「〜そして最後に、妹は兄を魔物から庇って刺されてしまいます。妹の傷は深く、死に際に兄へ言葉を残しました。それは『ありがとう、答えは見つかった』でした。 兄はその感謝に顔を歪めて涙を流しました。兄妹の旅はここで終わってしまいます。ですが残された兄は一人で魔物に立ち向かい、勝利をおさめることができました。残された兄は国の英雄となったのでした。しかしこの伝説は後に引き継がれていったが、その歴史に妹の名は残ることはありませんでしたとさ」


 物語を読み終えて本を閉じて一息つく頃には、少女は眠たげに頭を揺らしていた。ノアはコートを少女にかけてそっと寝かし、手にもつ本を見つめる。残された兄はどんな気分だったのか、そんなこと考えてしまっていることに気づいたノアは、考えを搔き消すように頭を振る。


「でも……この妹は。庇って死んだ妹は、きっと兄を恨んでるよな」


 ノアは眠る少女の頭を優しく撫でながら、遠いどこかを思い浮かべるように呟いた。


「へへっ」


 もう夢の中なのか、ニヤついた声をあげる少女。その顔を見てノアも表情を和らげ手をそっと離しす。そしてもう片方の手に握られていた絵本に目を向けた。表ではなく、裏に書いてあったタイトルをじっと見た後、ノアは少女の名前を呼ぶ。


「じゃあ、行ってくるね。アリス」


















 ノアは中央街東区の中、りんごを齧りながら周りに視線を配る。別名、夜の街。日の光が届かないこの街は、通路の端に並んだ街灯が人々を照らしている。決して明るいわけでもないが暗いわけでもない。黄昏色(たそがれいろ)の優しい光がぼんやりと影を滲ませる。果物や肉など様々な屋台で客寄せする声や、道に座った人達が奏でる音楽で満ちていた。ノアはなんとなくこの街の雰囲気は好きだなと思った。自然と鼻歌が漏れてしまいそうな空気に身を委ねて歩き、一見何も変わったところがない建物の前で足を止めた。


「ここだな」


 ノアは重たい扉をずらして中に足を踏み入れる。すると扉の音に反応したのか、ガラの悪い男たちが何人も立ち上がった。

 ノアは街並みを見ながらも、ずっと視ていた。煉瓦(れんが)が敷き詰められた道路には足跡がつくはずもない。だがノアの眼には足跡がくっきりと映り、数日間の間、何人この道を通ったかどうかもわかる。道の角でぱたりと一人分の足跡が消えた場所があり、そこで被害者が何者かに運ばれたのだと予想した。その消えた足跡の近くにあった複数の足跡を追ってこの場所に着いたのだ。


「行方不明者の居場所を探しに来ました。抵抗しないでいただけると助かります。 犯人は貴方達ですよね?」


 ノアはにこりと笑いながらも、その手にはしっかりと黒剣が握られている。しかしそこで男達の様子がおかしいことに気がついた。男達は抵抗するどころか怯えているのだ。それはノアが来たからではない。


「お、お前騎士なのか!? 頼む、助けてくれ。 大人しく捕まるからよぉ」


「俺たちはやらされたんだ。人を攫わないとお前らを喰うって!」


「ちょ、落ち着いて。 喰う?一体何が……」


 ノアは涙ぐんだ男達に助けを求めるように抱きつかれ、その必死さに困惑した。そして次の瞬間、男達の体は風船のように膨らんで爆ぜた。


「なっ!」


 唐突に、何の前触れもなく男達は破裂して、ノアは避けることが出来ずもろに衝撃をもらって吹き飛んだ。

 倒れ込んだノアのもとに近寄る人影が現れる。その人物が攻撃を仕掛けたのだろうと、ノアは顔を上げると盛大に顔を歪めた。



「……ほんとに嬉しい!まさか自分から来てくれるなんて」


 その人影はおぞましいほど昂揚とした表情でノアを見つめていた。金色(こんじき)の髪の毛や、艶やかな唇からはみ出す牙。その人物は吸血姫だ。


「お前っ、何でこんなところに」


 たしか名前はメアリィといったはず。メアリィには遺跡と上界のアルフヘイムで襲われて、これで会うのは三度目になる。前はテトに追い払われ街に落ちていったのだが、最初に会った時は腕はもがれるなど、散々な目に遭わされた相手だ。


「探してたんだよ?他の人じゃやっぱりダメなの、貴方じゃないと!」


 メアリィは体をくねらせて自分の肩を抱きしめる。奇跡の出会いに感激するように、その目は輝いている。


「貴方の、ノアの味を覚えてから、他の血は喉を通らないの! もっとノアを味わいたい!もっとその血肉を、味わせてよ‼︎」


「遠慮するよ、涎まみれは御免だからね」


「痛くしないよ!ねっ!だからいいでしょ?私のものになって!」


「絶対嫌だ」


「むぅ、ならいいもん。勝手にするから」



 メアリィは自分の腕に噛みつき、血を垂らし始める。その血は宙で止まり槍へと変わっていく。

 メアリィは不機嫌そうに頰を膨らませながら槍の矛先をノアに向ける。敵意を向けられたことで警戒したノアだったが、気づけば既にメアリィは目の前にいた。


「ッ!」


「すごいっ!今のも止めるの!? 」


 メアリィは高速で接近した後、怒涛の突きをかましてきた。メアリィは驚いているようだが、本当に驚いたのはこっちのほうだ。ノアは剣で防ぐことはできたが、あまりの力に腕が痺れてしまう。


(こいつ、前より明らかに強くなってる! 速度も力も普通じゃない!?)


 乱暴に振り回される槍を何とか眼で追うも、一発一発に死が込められている。ノアは槍を躱して距離を取ると空間からナイフを出現させ、数十本を一気に投擲する。ノアのナイフは真っ直ぐにメアリィの首へと飛んでいく。


「無駄だってば!」


 メアリィは槍の長さを調整し、ナイフを一振りで薙ぎ払う。紅い槍はナイフと一緒に壁をえぐり、周りを破壊していく。そしてお返しと言わんばかりに、槍を数本のナイフに変形させて飛ばしてきた。ノアは冷静に短剣で弾くが、そのナイフは叩き落とされることなく不自然な軌跡を描いて追尾し始めた。


「ちっ!」


 メアリィは自分の血を自由に操れる。空中で突然加速や静止するナイフは避けることが困難で、そのうちの一本がノアの足に突き刺さる。ノアは乱暴に舌打ちをした後、扉の方へ振り向いた。


(こいつは面倒くさいな、任務は報告するだけでいい。ここは一旦退くか!)


 メアリィと馬鹿正直に戦うことはない。今ノアには間違えてはならない。守るべき者もやらなければならない事もある。正体も場所もわかっているのだからホムラ達と袋叩きにすればいいだけだ。そう思い走り出したのだが、足が急に動かなくなった。


「ふふ。逃げるなら、その手足をもいででも側に置いとくね!」


 メアリィは身体を捻って、凄まじい勢いで投槍する。動かなくなった足を見ると、突き刺さった血で成形されているメアリィのナイフが、周りの血液を巻き込みながら凝血して身体の自由を奪っていた。


「クソッ!」


 その場から身動きが取れなくなったノアに、容赦なく血槍は襲いかかり咄嗟に右腕で槍を防ぐ。すると、腕を貫通した血槍はだんだんと膨れあがり、爆裂した。腕の内部で棘が作られ、血の針が皮膚を突き破っていく。

 メアリィはノアの右腕が地面に落とされていくのを眺め、歓喜に震えるように舌舐めずりをした。

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