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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第3章 妨害し続ける身分
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第78話 恥晒しの塗り合い

 螺旋階段を登り、登り、登り続けた。今なら分かる。あの王族の態度、ホムラの態度から、この塔は隔離するために作られたということが。ノアは足を滑らせたせいで、段を踏み外して転がり落ちた。それでもノアは痛みを無視して階段を登り始める。足は無意識に早まっていくが、これから見るであろうものを見たくなくて仕方なかった。此処に閉じ込められていた姫は病だという。そしてその姫の薬はノアが盗んだのだ。ノアが見た時、その姿は酷かったのを覚えている。もしかしたら悪化しているのかもしれない。だがロイの命を天秤に乗せて比べたら、それはやるしかなかった。

 ホムラは、お前はまだ助かってないと言った。彼は知っているのだ。ノアが秘薬を盗んだことを。だから責任を取れと言うのだろう。ちゃんとロイから渡された秘薬を持っている。それを返そう。そして謝ろう。そう決めてノアは古びた扉を開く。しかし、ノアは言葉を失ってしまった。




「………何だよ、これ」


 目に映るのは惨たらしい光景。まず扉はノアが触れただけで朽ちてしまった。それほど手入れがされていなかったのだろう。そしてそれを腐らせた原因は嫌でも飛び込んでくる。扉という遮蔽物が無くなったことにより、凄まじい悪臭がノアを包み込む。鼻が曲がるなんてものじゃない。吐き気を催す臭いにノアは口を押さえる。


 部屋の中といってもいいか分からないほど冷気が入り込み、その中心で人影が蠢いた。その人影は小さな女の子、だったものだ。腐った肌には大量の付着物が何層にも積み重なって、人の形は保たれていなかった。床中に広げられた黒い髪は、ザラザラといろんなものを引っ掛けて、動くだけで嫌な音を鳴らす。

 その人影はノアに気づいたようにこちらを振り向こうとする。だが弱りきって体力がないのか、這うことしかできていない。栄養が足りないせいで骨と皮膚しかない細すぎる身体は、体の半分が付着物で出来ている異形な姿だ。どうにか体を起こそうと蠢く自分より小さな女の子に、ノアはーーーーーー














 ーーーー嘔吐感に耐えきれず胃の中身をぶちまけた。












 ごめん。ごめんなさい。ーーーーー何が優しい人になるだ。笑わせるな。これを作り出したのは、このおぞましい化け物を作り出したのは誰でもないこの僕だ。自分の都合のいいように言い訳をして薬を盗み取った。誰よりも残酷で、なによりも最低な野郎じゃないか。初めて彼女を見た時僕は何とも思わなかった。ただ可哀想だなって、でも仕方ないって思った。でも彼女は僕のせいで苦しんでいた。こんな姿になって、こんな冷たい場所で一人で、彼女は誰にも見られず腐って死ぬだろう。




 ノアは吐き続けて胃の中身が無くなり、出てくるのは涎ばかりとなった。それでもノアの嘔吐感はなくならない。

 気持ち悪い。この部屋も、この城も、この化け物も、この僕も。


「ぁおぅ?」



 呻き声が聞こえた。自分の声ではない。それなら残るは一つしかない。


「……え?」


「ぉぁう?」


 その呻き声は少女のものだった。少女は動けはしない。だが体をなんとか起こしてノアを見つめていた。


 〝大丈夫?〟そう彼女は言っていた。


 ノアは彼女の目を見て顔を歪める。その目は心配している目だ。ノアを見る目は、苦しんでいる可哀想な人だと思っている目だった。彼女は自分がどんな状態であるか理解しておらず、他人を心配しているのだ。



 口を拭って立ち上がり、ノアはよろよろと少女に近づいた。付着物の隙間から覗かせる優しい彼女の目を見て、ノアは決めた。


 優しい人になると。



「ごめん。本当に、ごめん。 ……君をそんな姿にしたのは僕だ。 許されないことはわかっている」


「ぉぇん?」


「でも僕は償いたい。僕は君の騎士、守りびとになる」


「でぇあう?」


「うん。これからよろしくね」


 ノアは少女を優しく抱きしめた。ザラザラとした感触に腐臭がツンと鼻を貫く。それでも少女を笑って頭を撫でてやる。












 ノアが本当に命じられたことは少女の始末だった。腐って汚物となった少女はこれでも王族。病に侵された姫の成れの果て。それはこの城にとって恥以外の何者でもないのだ。

 だからホムラは守りびとになれと言った。だから彼は、責任を取るために救っ(殺し)てやってくれと頼んだのだ。もう助からず苦しむだけの少女を、生かし続けるのは酷なことだと。


 だからノアは、少女に秘薬を飲ませた。













 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ひぃっーーー!!」「なんだアレ!!」「おい、まさかアレが塔の中にいた姫か!?」「まるで……化け物じゃないか」


 騎士や使用人達がノアを見た途端に悲鳴をあげる。何故ならノアの腕には、化け物のような姿の少女が抱かれていたからだ。


「お、おい!カラス!お前何してる!」


 ホムラが騒ぎに気づきノアを怒りの形相で睨んだ。だがノアは少女に優しい笑みを向けたまま力強く答える。


「僕はこの子を助けたいんです」


「は?! 無理だ! ここまで悪化すればもう助からない! どんな薬でも異能でも手遅れだ」


「それでも、です」


「そんなのお前の勝手だろ!この子は苦しんでるんだぞ!もう生きるのが辛いはずだ!」


「そんなことない」


「ちゃんと見ろ!こんな姿になって……」


 自分の罪悪感を紛らわせたいだけ、その行為をホムラは許せなかった。だが、ノアは悲しむように笑った。


「見たんです。この子が僕を心配する目を」


「心配する目?」


「この子は自分が不幸だということすら気づいてない。 こんな状態でも人を心配するこんなに優しい子を、こんな姿にしたのは僕だ」


 ホムラはノアの覚悟の深さを感じて口を閉じ、もう何も言わなかった。


「助けを求めてる顔すら出来なかっただけなんだ」


 カナリアみたいに助けたい。苦しむことすらできない化け物。だが確かにこの子は助けを求めていた。ノアにはそう思えて仕方なかった。











 ノアは少女を浴室に連れて行きたかった。しかしこんな腐臭を放つ少女を王族が使う浴室に連れて行くことはできるわけもなく、追い出されてしまう。


 ごめん


 見たもの全てが目を剥き、悲鳴をあげる。周りはざわめき出し、汚物を見る目は次第に見せ物を見るような目に変わった。ノアは使用人を殺した犯罪者だ。犯罪者が化け物を抱えて歩く姿はまさにお似合いで、いい処罰だと皆んなが笑った。


 ごめん


 その中で、笑われている少女は皆んなが笑顔であったため嬉しくなり自分も笑っていた。笑われているのが自分だとも知らずに。


 ごめん


 早足で部屋の中へと入る。そこは真っ暗な倉庫のような場所で、ざまざまな物が置いてあった。ノアはその中から大きな桶を取り出し、外にある井戸から水を汲んだ。使用人達に水を貰うように頼んだのだが、ノアが罪人であることと化け物を連れていたことにより皿を投げつけられて拒否されてしまった。先程の姿を見られたのはまずかったかもしれない、と少しだけ後悔する。

 井戸の水は冷たく氷を張っている状態で、普段は使われていないのか水を掬う物すらなかった。そのためノアは井戸の中に入り、水を手で少しづつ(すく)った。手がかじかんで痛みを発したが、今はそれより心が痛かった。




「よし、君の体を洗うよ」


 ノアは優しく微笑んで少女の側に桶を置く。


「ガゥッ」


 水が溜まった桶に少女を浸からせようとしたが、少女は飛び跳ねて吠えた。何がいけなかったのか少女は怯えたようにノアを避けて部屋の隅に逃げようとする。そこでノアは気づく。この水は外の井戸の中にあった水ものだということを。ノアの感覚は麻痺していて、もう気にしていなかったが、冷たさは尋常ではなく、いきなりかけられたら失神するレベルだ。


「馬鹿かッ、僕は」


 ノアは自分の頰を叩く。カナリアは壊れた自分を温かい風呂に入れてくれた。その真似事をしようとしても、あくまでは真似事に過ぎず失敗した。壊れた人を癒すのはとてつもなく難しいことだ。


「もっと上手くやらなきゃダメだ」


 ノアは異能を発動させる。ノアの異能は炎だ。だが素質が無いため小さな火の玉しかでないのだ。しかしそれでいい。水を温めるだけでいいのだから。ノアは凍りつくような水に手を突っ込んで小さな火をぶくぶくと発する。それはお湯となるまで数十分ほど要したが、力を使い続けて気を失いかけそうになってもやめなかったおかげで何とか温かさを作り出していた。


「さっきはごめんね。 ほら、温かくなったから大丈夫だよ?」


 ノアは湯気が立つお湯を手で掬って、少女の足の先にかけてあげる。すると少女も危険なものではないと理解したのか、逃げる様子は見せなかった。少女を桶の中に浸けると、黒い汚れが滲み出てくるのがわかる。

 少女は気持ちよさそうに硬い肌を歪めた。


 桶の中に化け物を浸けて身体を洗ってやる罪人。それは他の者が見ても、王族の恥と騎士の恥が馴れ合っている惨めな光景としか映らなかった。

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