第6話 必死の抵抗
ある日、亜獣族の村で一人の名もない少年が杭に縛り付けられたまま火に包まれて死んだ。
しかし火に包まれたとしても簡単に死ねるわけではなかった。死ぬまで続く激痛に襲われるのは勿論、その痛みや恐怖で精神が破壊されショック死を起こす事や、煙で窒息死することがほとんどなのだ。
その少年は痛みに耐えきれず、口から泡を吹きながらも死を待ち焦がれた。
早く 早く 早く 早く 早く 早く 早く 早く 早く
この身を焼ききってほしい。痛みから解放してほしい。そんな事を思いながら煙で呼吸困難を起こし、今度は酸素を求めて苦む 。
なんで なんで なんで なんで なんで なんで
なんで死なない なんで生きてる なんで なんで
ーーそんな時だった。
『貴方は死んでしまうのですか?』
聲が聞こえた気がした。頭の中から聞こえるおぞまく、それでいて綺麗な聲少年は自分の幻聴と思った。自分は心が壊れ、そのせいで狂ってしまったのだと思った。
『死で諦めて逃げるのですか?』
その中性的な聲は続くが少年に応える気力はない。そんな聲などどうでもよく、諦めて考えるのをやめようとする。
『死を諦めて受け入れるのですか?』
(そんなのどうしようもない、じゃないか。早く、早く死にたい)
理不尽なその聲に、心の中で否定するとその聲は少年に応える。それはまるで唄うかのように、重く低く響いていく。
『それなら貴方に死を与えましょう 虚無の死を与えましょう 意味のある死を与えましょう 』
(なにを...)
『死は終わりではありません 死とは尊くて美しく 死とは儚くてちっぽけで 死とは惨めでみっともない 貴方に力を授けましょう 貴方に死を授けましょう 愛しい愛しい私の子』
その唄は少年の返答など気にもせず語りかける
《死は終わりではありません。死は始まりでしかありません。死と生は対極などではありません。死とは次の通過点でしかありません》
【貴方に限りある永遠と終わり無き終焉の力を】
ーーー少年を縛り付けていた杭は焼け落ち、黒い煙と一緒に人を焼いた嫌な臭いが漂っている。近づいあ女は炭となった杭を脚でどかした。
その女は少年を檻から出した女だった。この女は自分が村長になるためだけに村長である父親と次の村長に選ばられるであろう兄を殺したのだ。その罪を少年に着させる為に計画的にうごいた。
(やったわ、父さんも兄さんも殺せたわ。犯人もこのガキと村の馬鹿どもも思い込んでるしこれで私がこの村で一番偉いのよ)
女はほくそ笑みながら死体を探していると、真っ黒になった炭の山から少年だったであろうものを見つけた。真っ黒に焦げて少年の面影はなく既に人型を保ってすらなかった。
(なにが忌み子よ、みんなもただのガキに怯えちゃって)
少年だったものを乱暴に掴んでみんなに魅せるように持ち上げる。村の者はそれぞれの想いを叫び歓喜する。女は手に掴んでいるものを自分が掲げこの村を守ることを高々に宣言することによって初めて村長になる儀式も無事終えた、はずだった。
元村長と息子の葬式を行おうとした時数人の叫び声が聞こえた。
「ぅわぁぁぁあ」
「お、おい!そいつ動いたぞ⁉︎」
蠢くそれは他の者から見るとまさに化け物に見えただろう。真っ黒に焼け爛れて歪な形をした生物。少年の焼かれた肌は次第に白い肌が作られ完全に焼け落ちた羽も生え始めていた。まだ声は出せないが小さい呻き声を出しているため村の人達には更に恐怖を与え、中には腰を抜かしてズボンを汚物で濡らしているものもいた。
少年は身体のほとんどを完治し終えて自分を見ると、その異変に驚かずにいられなかった。
(な、なんだ⁉︎生きてる⁈なにが起こったんだ?俺は確かに死んだはずじゃ!)
少年は手を握っては開いたりを繰り返し、自分の現状を確かめる。なんで自分は生き返っているのか、どうして傷も治っているのか。いきなりの出来事で驚きはしたが少年はなんとなく自分が生き返った理由がわかった。
おそらく先ほどの誰かはわからないが聞こえてきた聲が原因なのだろう。自分は今さっき不死身になったのか。それともこの一度だけなのか。そんなことをぐるぐると考えているうちに周りの状況もだんだんと見えてくる。
周りの村の者達の表情や自分を見てる目はいつもいいものではない。だが今はそれとはまったく別のものになっていた。
いつもは蔑んだり嫌悪したりなど様々な感情をぶつけてきたが今皆の感情は一つだけだった。
恐怖、その二文字の感情が辺りを埋め尽くしていた。自分達が今まで忌み子として閉じ込め続け、しまいには焼き殺した相手が化け物のように生き返り目の前に立っている。もしかしたら仕返しに殺されるかもしれない、喰われるかもしれない。
この村は他の種族、自分達と違うという事に酷く敏感で、他者を恐れてここに逃げ隠れしているような者が集まっている。そんな者達が目の前の異物に対する恐怖は表現しようがないほどだった。
少年が前に出ると全員泣き喚き、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。だが1人だけ逃げない、否。逃げれない者がいた。
「まって、助けて、ごめんなさい、ごめんなさい」
腰が抜けて逃げれない女は、少年と視線が交わった事に気づくと土下座をして命乞いを始めた。自分が作り出して手に掴んでいた死体が動きだし、こちらを標的にした。女の精神が崩壊するには十分すぎる出来事だった。
「あの」
「ァァァアアアァァァア.........アハハハハハハハ!!」
少年が一言発しただけでその女は発狂し、空をみながらひたすら笑い始めた。
少年は謝罪も命乞いも求めてなんかいなかった。ただ一緒にいて欲しかっただけなのに、話しかけただけなのに、目の前の人は狂い、家から覗いている村の人達は窓も締め切り閉じこもっている。
そして理解する。自分はここにはいられない。自分は化け物になってしまったのだから。
少年はそうして1人、村から出ていき途方もなく彷徨った。孤独というものは寂しいなんて生ぬるいものではない。1人で生きて考え込んでいくうちに負の感情はどんどん積もっていき、心が死を求めるのも時間の問題だった。しかし少年は死を欲しても死ねなかった。何も食わず何も飲まずにいたとしても苦しみだけが続くだけ。首を吊ろうとも思ったが、もし死ねずに首が絞まって息が出来ない状態でずっと生きていくと考えると足がすくんで実行なんてできなかった。
少年は考えることをやめ猛毒の荒地に足を踏み入れて彷徨うのだった。
その死の地で運命の出会いがあるとは知らずに...
ーーーーー「こいつ、まだ生きてるぞ!?」
ノアは身体中が痛みで悲鳴をあげるも必死に身体を持ち上げて立ち上がった。
(そうだ、俺はカナリアに出会って全てを貰ったんだ。俺が化け物だと知られても俺はカナリアを守るんだ!)
ノアは自分の力を知られると、カナリアも村の人達のように怖がって遠ざけると思い隠してきた。だがノアは自分が嫌われようともこの森を、彼女を守りたかった。
しかし不死身だということ以外はただの子供に過ぎないノアがこの大人三人に勝つことは不可能だろう。
(この燃えてる森にカナリアも気づくはず。カナリアがここに来てこいつらに見つかるのはまずい)
ノアは翼を大きく広げて空に飛び上がる
「こいつ!逃げる気か!」
男の1人がノアを逃さまいと剣を抜くと空へと飛躍する。その瞬間にノアは空中で身体を捻って男を返り討ちにするべく蹴り返す。
力負けばかりはどうしようもなく、ノアは更に上空へと吹き飛ばされた。だがそれでいい。男はノアに蹴られても致命傷になるはずもないが重力には逆らえずぶつかり合った衝撃でそのまま地面に落ちていく。
亜獣族は他の種族よりも俊敏で素早さは優っているといわれている。それでも亜獣族とはいえまだノアはまだ子供、相手は数も多く戦い慣れているため避け回ることは出来ないだろう。だからノアは、自分にしかない翼を最大限に利用すれば上空でなら逃げ回れると考えた。
「やるんだ!やるんだ!俺は多分死んでも死なないんだ!この力と翼でなんとかしろ!覚悟を決めるんだ。さぁこい!」
空中でなら有利と考えて相手を落とす事には成功した。しかしノアは無傷ではない。ノアの蹴りで地面に押し返せはしたが、相手の剣はしっかりとノアの腹をえぐっていた。それほどに相手との差はでかい。だがそんなものは関係ない。ノアは溢れる血を無視し、相手を煽りながら湖に向かって飛んでいく。目指すは男達がこの森へ乗り込んできた赤い船だ。
(こいつらをここからカナリアから遠ざけないと、あいつらが乗ってきた船までこいつらを誘導してここから出せないか)
そう思った矢先に甲高い音が耳元を通り過ぎ、背中から血が吹き出す。
「ガァッ」
ノアはいきなり翼が千切られ地に向かって急降下した。後ろを見ると緑髪の男が離れたところで手をこちらに向けて笑っている。
「ちったあ驚きはしたが、まさか調子に乗ってねぇか?ここまでして逃げられると思うなよなぁ?オイ!」
男達はすごいスピードでこちらに向かってくる。
ノアは手の届く範囲の木の枝や葉っぱを必死に掴み落下速度を緩めて無事着地する。さっき男達は、ノアの再生力に驚いてくれたおかげで固まっていたが今度は逃げる隙も見せてはくれないだろう。
(くっそ、いてぇ。さっきもいきなり手を切りとばされた。あれがもしかして異能か?俺のと違いすぎるだろ!?何をされたかわからないけど今は逃げるしかない)
男達はすぐこそまで来ており、ノアは翼が再生し終える時間すらもどかしく必死に湖に向かって走った。男達は本気でノアを追いかけるが、距離はなかなか縮まらなかった。その理由はここが木や草でお生い茂っている森であることだ。ノアの小さな体は木は枝を潜り抜けて草を躱しやすい。その上ここは長い間住んでいた森だ。目を瞑ってでも歩けるほど遊び慣れた場所。ノアに分があった。しかし
「しゃらくせぇな」
男はなかなか追いつけないうえに邪魔な草に苛立ち、息を大きく吸い込むと一気に森を燃やし尽くした。
翼は走っている間に完全に再生したため、空に逃げることで炎を避けることは出来たが遮蔽物がなくなったノアは、男達は一瞬で追いつかれる。
「追いついたぜ」
「な…」
1人がノアのすぐ後ろに現れ剣を振り下ろす。その攻撃は避けれるはずもなく、ノアは片翼を肩ごと切り落とされ地面に落ちていく。そのうえ落ちる前にもう1人が吐いた業火がノアを襲い、片翼では体勢をずらすことしかできずにもろにくらってしまう。それでもなんとか両腕で顔を覆い、腕を犠牲にすることによって意識を保つ事には成功した。
「ッ、ぁぁあ、痛い。 くそ、くそぉっ」
地面に背中から落ちるが、ノアは涙を流しながらもすぐ目の前にある湖まで走ろうと立ち上がる。無様だろうとなんだろうと、今のノアは必死だった。
「ああ……あそこまで…もう、ちょっと…」
「残念だったなぁ?オイ!」
足を引きずりながら湖に向かうノア。すると後ろで絶望の足音が近づいてきた。最後の1人が薙ぎ払うように手を横に振るうと同時に、ノアの両脚は吹き飛ばされた。
落として崩して潰す。流れるようなチームワークにされるがままに転がされる。
足が唐突に消失し、空中に投げ飛ばされる感覚におちいる。一瞬のことで体勢を崩され、顔から地面に倒れこむ。痛みを感じて始めて、自分の両脚が無いことに気づいた。
少年の命を賭けた足掻き、それはいとも簡単に希望とともに踏み砕かれた。
痛みでもがく、無様なノアの頭を踏みつけ男達は嗤う。
「死なないならよぉ、壊しちまえばいいよなぁ?」