第45話 行き着く先は同じ
ノアは他人事かのように死ぬと発言したロイの言葉を飲み込めず、ただただ呆然とするばかりだった。身体中の体温が上がっていくのを感じる。それなのに、汗だけはただただ冷たく頰の上を流れていった。
「そんな顔するなよ。ここではよくある話だ」
下界にいる大人の数は全体の2割にも満たない。なぜなら大人になる前にほとんどの者は死ぬからだ。病気にかかったり、無茶をして捕まったり、外に出て機械生物に殺されることだってある。それはタルタロスとて例外ではなく、タルタロスのメンバーが子供ばかりなのもそのためで、ノアが来る前に死んだ子供達も少なくはない。
「いつからなんだ?」
「ノアが来る前だ。こうなることはわかってた。仕方ないさ、これが下界の日常でもあるんだ」
ロイはベッドに座り込んで話は終わりだと言わんばかりにナイフの手入れを始めた。
実際にこれはよくあることで、日常なのかもしれない。だが身近な者の死、それをノアは認めたくなかった。死なせてしまえば助けられなかったことを、変わってない自分の弱さを証明してしまう。
「ロイはそれでいいのか?」
「……いいも何も、これは下界の決まりみたいなもんだ。心配するな、別に今すぐ死ぬってわけじゃないからさ」
ロイは手に持つナイフを指で器用に回し、気楽に話す。だがノアには到底ロイが死を受け入れているようには思えなかった。いつもこうして皆んなに、心配をかけまいと隠して誤魔化して逃げてきたんだろう。でもノアはこの部屋を見てしまったのだ。机の上に散らばる大量の薬や、床に広がる血痕。そして、暴れ回ったのか、凹んだ床や傷跡が残る壁。それは目にしたテトも顔に力を入れて表情を保っている様子だった。
「この薬だって、本当は悔しいんじゃないのか?だからこんなに精一杯、一人で足掻いてたんじゃないのか?」
こんな事を一人で抱え込んでいるなら言って欲しかった。その言葉をノアが口にする前にロイは顔をくしゃくしゃにして吠えた。さっきの表情が上っ面なものだったと理解できるほど、ロイの表情はいとも簡単に崩れ顔を歪ませた。
「…悔しいかって?あぁ、悔しいよ‼︎死にたくない‼︎……でも……でもどうしようもないじゃないか」
薬をいくら飲んでも死にながらえるだけ、病は体内を喰らいつづける一方。刻一刻と死に近づいていくのだけはわかる。
ロイは怒ったような、悲しいような顔で怒鳴るように叫んだ。握りこぶしを振り上げたが、その腕は怒りをぶつける場所を失ったかのようにゆるゆると下ろされた。
「俺は死ぬのが怖い。俺に明日はもうないんじゃないかって、今日寝たらもう起きる事はなくなるんじゃないかって、毎日毎日怖くて怖くてたまらない‼︎」
死ぬのが怖い、それは当たり前の感情。だがノアにはそれはない。なぜなら不死身だから。ロイに言葉をかける資格などノアにはないのだ。
その後に続いた沈黙の時間を壊したのはテトだった。
「……じゃあなんで、言ってくれなかった?」
「言おうとしたさ。助けを求めようとしたさ。でも…」
ロイは病に苦しみ悩み続けてきた。ずっと助かる方法を探そうとしていた。だがやはり助かる方法は薬を飲むこと以外なかった。それも生半可なものではダメだ。仕事でユグドラから受け取った金は全て薬を買うことに使った。だがそれでも下界の病を治せる薬は買えなかった。
そのうちロイは心の奥でドス黒いものがふつふつと湧き上がってきたのを覚えている。
アウルム達の金を奪えないか、ニーナ達を脅迫して薬を手に入れられないか。そうだ。ノアとテトを殺せば賞金が手に入るじゃないか。
日が経つほどにそんな考えしか浮かんでこなくなり、仲間を直視できなくなっていった。
「俺はそんなゲス野郎になんかなりたくなかった。俺は仲間が大事だ!みんなのことが好きなんだ!」
ロイは必死に病と、心の葛藤と戦っていたのだ。それがどれだけ苦しかったのかは今のロイの表情でよくわかる。
「でもな……本当に怖いのは死ぬことじゃないんだ」
ロイの口から血が垂れる。すぐ死ぬわけじゃない、とロイは言ったが長く生きられるとはとても思えなかった。
「本当に怖いのは俺がちっぽけなものになるってことだ。そこらで野垂れ死んでるガキの中の1人、名前も存在もこの世に刻めずに忘れられる。仕方ないで終わらせられる。そんな消え方が無性に怖いんだ」
ロイは歯をくいしばりながら魂のままに語った。初めて怪盗として仕事をした時、風のように走り続けているロイの姿には見惚れるものがあった。いくら走り続けても追いつけない、ノアは一種の憧れを持ったほど。だが今のロイは声を荒げただけで息が上がり肩を大きく揺らしていた。
ロイは努力で力を培ってきたのだろう。だがロイの終わりには、それには全く関与しない病に侵され、消えていく。力及ばず死ぬわけでも、高みを目指して朽ちるわけでもない。ただぽつんと居なくなる。そんなのはあんまりだ。
「だからノア、テト。俺を忘れないでくれよな。俺はそれだけで十分だから」
やがて表情に力が抜けていき、ゆっくりと小さな願いを2人に頼む。それを正面から引き受けてノアとテトは重く、確かに頷いた。
「はは、お前は不思議なやつだ。お前の顔を見るとなんだか話したくなっちまった。おかげですっきりした」
ロイは吹っ切れたように笑っていた。もう未練などないと顔で語るように。ロイの住処を出るとノアはテトと並んでどんな顔をすれば良いかもわからないまま、いつもよりゆっくりと広場へと歩いていく。皆んなには知らせるべきだと思うのだがロイはそれを頑なに嫌ったため、ノアは何も言わなかった。
口論をしながら鍋をつつきあうアウルムとアルティナ。ロイと親しく話しているキュプラー。テトを見つけて抱きつきに行くニーナ。いつもと変わらぬ平凡な日常。
ノアはそんな日常を守るために力をつけてきた。今の自分でも少しくらい足掻けるんじゃないだろうか。あの日、もう二度と奪われないようにすると約束したのだから。
「それは極めて難しい」
ノアはボスのもとへ1人、運命を変える希望を探すため足を運んだ。だが話を聞いたユグドラはその一言を強く叩きつけた。
「ロイくんの病態はボクだってわかっているつもりだ。彼にも昔同じことを聞かれた。だが解決方法は薬以外にはない。体内の汚れは光の異能では取れないからね」
「じゃあ薬を取ってくれば…」
「下界の病は惨たらしいほどに残酷だ。そこらの病気とはわけが違うんだ。そんなものを治せるのは王族が使う秘薬くらいのもんさ。この意味、わかるだろう?」
王族が住み、広大な敷地にそれに応じた数と力のある騎士達が集う場所。王を守る存在がどれだけ強いかなんて知るはずもない。
それでも自分が敵うはずもないことくらい予想がつく。貴族の屋敷でさえ容易に見つかり逃げ回る始末なのだ。
(僕の力じゃあ無理、か)
「意外だね。キミならそう言われても1人で突っ込むと思っていたよ」
自分の力に悩み、下を向いて部屋から出ていくノアにユグドラは退屈そうに髪をいじりながら声を注いだ。
だが難しいと言ったのはボスではないのか、お前では無理だと言われたようなものだったじゃないか。心の中でそんな悪態をつきながらそのまま何も言わずに部屋を出ていった。
その地獄の監獄に残された少女は、波ゆく髪の中で高らかに笑う。ユグドラは知っている。自信を無くし、力を見失った少年の底を。途絶えた道の先にあるあのギラついた眼差しを。
「さぁ、見せてくれ!新たな可能性の鱗片を!」




