第39話 機械生物
ノアはギルドの依頼を淡々とこなしていた。依頼と言ってもノアはCランク、受けられる依頼は国の外壁の側に生えている薬草を取るなどの簡単なものばかりだった。
「ソフィさん、頼まれた依頼は全て終わりました」
ノアはカウンターに複数の種類の薬草を並べ、すっかり顔なじみになった受付嬢のソフィに活動の報告をする。最初はよそよそしかったソフィも懸命に依頼をこなしていくノアに関心を持ち始めていた。
「ノアくん、お疲れ様。誰も受けてくれない依頼だったから、ありがとう」
「いえ、これくらいなら全然かまいませんよ」
ノアは気さくに笑って答えたが、実のところ簡単ではあったものの確かに面倒くさいものばかりでかなりの時間を要した。
「ふふ、ノアくんがハンターになってくれてうちも助かってるのよ。あ!それとこれ。今のうちに渡しておかないと」
ソフィに渡されたのは鳥の模様が刻まれた首飾りだった。それはハンターの証でランクごとに首飾りの素材は違っており、ノアはまだCランクなためその首飾りは銅で出来ていた。ノアはその首飾りをじっと見つめた後、懐の奥にしまった。
「つけないの?」
「…ええまあ。こういうのは大事に取っておくタイプなんですよ。それより、他に依頼はありませんか?」
「え?ああ。探してみるわ。それにしても今日でもう依頼7個目よ?少し休んだら?」
「大丈夫ですよ、これくらいなら」
受けた依頼を無事に完了するとギルドがハンターに対してポイントを加算していき、それが貯まれば上のランクに上がれる仕組だという。そのため小さな依頼は面倒なうえに、ポイントが貯まりにくく余りがちだった。だがノアはどれだけ効率が悪い依頼でも片っ端から受けていた。
「もう、急がなくてもこんな依頼は逃げたりしないわよ?」
ソフィは首飾りを受け取った時のノアの表情を不思議に思ったがたいして気にはせず、分厚い本をめくってノアに合った依頼を探し始めた。だがこの数日で余った依頼も全てノアが消化したため余り物すら無くなっていた。
「それに、最近はノアくんが全部やってくれたから残ってないわね」
ソフィはページをさらにめくり、本とノアを交互に見比べた後少し考えるように黙り込む。そしてなにかを決心したように頷いた後、ノアにこっそりと耳打ちした。
「ノアくん早く遺跡に行きたいって言ってたよね?ノアくんの仕事ぶりは私も評価してるし、もしよかったら少し上のランクの依頼が余ってるから受けてみる?」
本当はCランクのハンターが受けることが出来ないクエストだったが、ソフィはノアの日頃の鋭意のある態度を評価してこっそりとBランクの依頼を持ち掛けた。
「えっ、いいんですか?」
「特別にね。ただ、私も難易度がそう高くないものを選ぶつもりだけどやっぱりCランクとは比べものにならないから。それだけは肝に銘じておいてね」
ノアは少しの沈黙の後、にこりと笑いソフィに礼を言う。
「やらせてください。頑張ってみます」
「わかったわ、今から手配するから少し待ってて」
ノアは依頼内容が書かれた紙を受け取りると、他のハンターに見られると面倒くさいことにもなりかねないのですぐに紙を懐に突っ込んだ。
ソフィの説明によると依頼内容は遺跡から紛れて出てきた小物の討伐らしく、ノアは遺跡に入る前の準備運動としてはこれ以上に適切なものはないと感じた。
ソフィは礼を言ってギルドを出て行くノアに激励の言葉を送り暖かく見守った。今回の依頼でもしノアの身に何かあれば、それは依頼を進めたソフィの責任だ。だがそれを差し置いても、ソファは私情の含んだ応援を送りたくなった。性格の荒いハンターと付き合っていくのが仕事のソフィは、いつも柔らかい笑みを浮かべているノアに癒されることも多いのだ。出来れば力になってやりたいと、思ってしまうのも仕方ないことだ。
「さて、ここまでは順調だな。でもやっぱり効率が悪いのは確かだ……。まぁ、地道にやるしかないか」
常に姿勢を低く真面目な態度を貫いてきた。殊勝なノアが評価されるのは必然。ソフィは思惑通りノアを贔屓してくれ、円滑に進む流れを確かに感じられた。
ノアは冷めた嘲笑を浮かばせて鼻で笑い、懐に入れておいた依頼の紙を広げた。
ノアは紙に記された場所、街から離れた壁の外に着くと辺りを見回す。ここら一帯は草や花などの植物が生えており、心地よい風が吹くほどに空気も澄んでいた。だが顔を上げてその景色のさらに奥に視線を向けると、そこには深い霧に包まれた未知の大地が広がっている。あの先にあるのは猛毒の大地。そして、そのどこかに遺跡は存在する。
遺跡とは六花の戦火で滅んだ6つの国の成れの果て。現在発見されている遺跡は4つで、毒に侵された世界はどれだけ広いのか残り4つは未だに見つかってもいないらしい。そして遺跡は見つかっているにもかかわらず、聖杯を見つけたのは最初の1人だけだというのも事実だった。
ノアは霧の奥にあるであろう遺跡のことをぼんやりと考えながら風に吹かれていた。
その時だった。ノアは霧が微かに揺らめき、何かがこちらに向かってきているのを眼で捉えた。ノアは眼の力の扱いに慣れるため常に知覚範囲を広げており、最近では無意識に辺り一帯を観れるようにまでなっていた。
「……何かいる」
ノアはさらに眼を凝らして霧の中に潜む何かを特定する。
その霧の中から姿を現したのは、謎の物質で体を構築されている犬型の機械生物だ。体からは数本のコードが垂れ下がり、青白く光る目が一層に不気味さを増していた。その機械生物は小物といってもノアの数倍の大きさはあり、ノアに気づいたのか騒がしい機械音を発しながらこちらに走りだした。
「これが機械生物。…試してみるか」
ノアは乾いた唇を舌で湿らせると、勢いよくナイフを引き抜いた。凄まじい勢いで向かってきた機械生物を上に飛ぶことで躱し、そのまま身体を回転させて何度も背中を切りつけた。
だが、機械生物は倒れるどころか傷すらつかず方向転換をして再度こちらに口を大きく開き向かってくる。
ノアは機械生物の頑丈さに舌を巻き、ゆっくりと腰を落として頭を噛み砕こうとした機械生物の顎を直前で躱す。耳の横でガチンと鉄と鉄が激しくぶつかり合ったような金属音が鳴り響き火花を散らし、汗が冷えていくのを感じる。
だが反撃するには十分。その攻撃の一瞬の隙にノアは機械生物の喉、硬い装甲と装甲の隙間にナイフをねじ込んだ。すると機械生物はしばらく前進した後よろめき始め、そのまま木に衝突して砂ぼこりを立たせながら崩れ落ちる。
ノアは機械生物の青い光が途切れて消えたのを確認すると機械生物の喉からナイフを引き抜いた。硬さだけはあるがたいして脅威にはならなかった機械生物を見下ろしノアは肩をすくめた。
「まぁこのレベルの依頼だとこんなものか」
だが機械生物の討伐依頼は倒すだけではない。機械生物にはそれを動かすエネルギー源の核となる部分がある。今回の機械生物だとそれは喉の部分にあり、ノアはそれを的確に貫いたのだ。そして依頼はその核を回収すること。そのためノアは機械生物の喉を掻っ捌き、中にあった青く点滅している玉を取り出そうとする。
「なっ、こいつ!」
突如機械生物が起き上がり激しく暴れ始めた。ナイフを閉まい無防備だったノアは軽く吹き飛ばされたが、特にダメージはなく無事着地する。
ヴェォォォォォォォォオ‼︎!
機械生物は暴れたあと大きく口を開き狼のように空へと咆哮を轟かせた。だがその咆哮が終わるまでノアが待つはずもなく、鳴き終える前に今度こそ喉の核をナイフで砕いた。
「……なんだったんだ今の。流石にもう動かないよな?」
ノアは眼で機械生物の中身まで隅々まで見通し停止していることを確信する。ただノアが思っていた以上に古代の兵器は頑丈で、壊れて動かなくなった機械から核を取り出すだけでも一苦労だった。そしてようやく取り出せた頃、ノアは異変に気付く。遥か先、霧の奥からまた新たに向かってくる機械生物の反応を確認した。
「こいつ、仲間を引き寄せたのか!」
ノアは足元で壊れて転がっている機械生物に向かって舌打ちし、即座に臨戦態勢に入る。まだ敵は霧の中から姿を現してはいないがノアにはさっきのとは別物だと感じていた。
それが姿を現した時、ノアは眉を潜めた。身体から太いコードを揺らしながら、もの凄い速度で突進してくるその機械生物は巨大な犬のような外見。だが先ほどのとは明らかに違い、犬のように獰猛にゆがむその顔は3つ首であった。
ノアは眼で機械生物の中身、構造を把握し核が胸元にあることを確認する。核を壊せば身体中に行き渡っているエネルギーが無くなり機械生物も停止する。
「僕の邪魔をするなら壊すまでだ」
もう目と鼻の先まで近づいきている3つ首の機械生物に向かってノアは、胸元の弱点目掛けえ刺突を繰り出した。
ノアは犬の噛みつきを避けて核を破壊しようとしたが、凶暴な牙を避けてもまた違う方向から犬の頭が襲いかかってくる、3つの犬の頭部を掻い潜りながらその中心にある胸元を攻撃するのは不可能だろう。
だがそれも普通のCランクのハンターであればの話だ。ノアは眼の力で機械生物の動きを予測し幾度となく襲いかかる鋼の牙を躱しながら攻撃していく。しかし避けながらの攻撃だと態勢が悪く、力が伝わりにくいため硬い核を完全に破壊するまでには至らない。
「あーもぉ、面倒くさいなぁ」
ノアは痺れを切らし一旦後方に飛ぶ。だが機械生物はノアを逃すまいと一直線に追いかけてくる。
それを待っていたかのようにノアは不敵に笑って腰を落とし、3つの牙を同時に開いて襲いかかってくる機械生物に立ち向かう。三方向から来る攻撃に身体を捻りながら躱すとろくに攻撃が出来ない。
だから、ノアは避けないことを選んだ。
頭上からの攻撃は首を横にそらすが、左右の攻撃は横腹と左腕を突き出してわざと捧げた。半端ではない力に、身体を引き裂かれそうになるが、その代わりにノアは機械生物の胸元に一点の斬撃を放ち、自分の身体が壊れる前に核を粉砕した。
核を破壊された3つ首の機械生物は火花を散らしながら転がり回り、次第に小さな爆発音を出しを立てて沈黙した。
牙に砕かれた腕や横腹の傷は既に治っている。ノアは完全に機械が停止していることを念入りに確認して核の回収を始めた。
「取れないな。……もういいや」
装甲の隙間にナイフで刺しこんでも核は取り出せず、ノアはあっさりと投げ出した。
依頼内容ではない機械生物を持ち帰ったところでハンターランクにも影響しないため、ノアはその場に壊れた機械を放置してギルドに帰っていった。




