第40話 他人事
依頼からの帰り道、ノアはいつもの果物屋へと寄ってりんごを購入した。最近ノアはりんごを食べ歩くことが多くなっていた。移動する時など何もしていない時間がノアは嫌いで、りんごを食べていると頭に色んなことが浮かばずに済む。しかし、今はりんごを齧っても現状を考えずにはいられなかった。
ノアは機械生物2体を倒すことに成功した。だがそれはBランク以下、難易度の低いCランクでも可能なものを選んでもらったからだ。そんな依頼の標的にノアは片腕と片腹を負傷してクリアしている。今回は単体づつだから良かったものの、二体同時であればもっと苦戦していただろう。
そしてなによりノアの目的は遺跡の中だ。遺跡の中には今日の機械生物など数え切れないほどいるだろう。そのうえ小物の機械生物とは比べ物にならないほどの強さを誇り、遺跡に侵入した外敵を殺戮する古代兵器も徘徊している。
「手足を犠牲にしないとろくに狩れないようじゃいつかは限界が来る。…僕はまだまだだ」
ノアは自分の実力不足を実感してため息をつく。今日からはどんな体勢からでも十分な攻撃を繰り出せるようにもしなければならない。
ノアは鍛錬に新たな課題を追加してギルドへと戻っていった。
ギルドの中がいつもより騒がしい気がしてノアは辺りを見回した。すると騒がしいのは酒場だけでなくギルドの職員も一段と慌ただしく動いていた。
ノアがいつも依頼の受け渡しなどでお世話になっている受付嬢、ソフィがノアの姿を見つけて目を見開いた。
「あ!よかった、ノアくん。無事でなによりだわ」
ソフィはノアのところに駆けつけて胸を撫で下ろしながらほっと息をつく。そんな大袈裟にも感じるソフィの対応にノアは首をかしげる。
「あっ!服の袖、あとお腹にも穴が開いてるじゃない。怪我とかしてないの?」
「ええ、大丈夫ですよ。でも思ってたより手強かったですね」
ノアも機械生物のあの頑丈さには苦戦した。核以外を攻撃してもあの様子じゃ有効打になるとは思えないほどで、この先さらに手強い機械生物が出てくると思えば嫌になる。
「あはは、ノアくんには少し早かったかしら?でもノアくんだったら出来るって信じてたんだから」
ソフィはノアに何かを感じてこの依頼を提案したが、表情や裂けた服を見て相当苦戦したのだろうと苦笑する。
「そういえば何だかギルドの様子がおかしいですけど、何かあったんですか?」
「あ、そうなの。実は凶暴な機械生物が現れたらしくて、それでノアくんのことを心配してたんだから」
話によると遺跡からごく稀に、Bランクでは太刀打ちできないほどの機械生物が紛れているらしく、その時はAランク以上のハンターに緊急依頼として受けてもらうそうだ。
「今回は実績のあるAランクのパーティーが引き受けてくれたから心配ないと思うけどね」
「そうですか。その機械生物と鉢合わせなくて良かったです」
「ほんとよ。とりあえず今日は外壁から出るのはやめたほうがいいわね。今日のところは休んだら?」
確かにわざわざその機械生物がうろついている中で依頼をこなそうとも思えず、ソフィの言う通り帰ることにした。とりあえず今日の依頼の機械生物の核をソフィに渡し、ノアはいつもより多いギルドポイントとジェルを受け取った。
「はーい。またよろしくね」
ソフィはノアに手を振って見送った後、今受け取った機械生物の核に目を落とす。
(あら?…これ、ほぼ同じ箇所に二回。すごく綺麗に破壊されてる)
核の切り口は的確に攻撃されており、よく見ないと二回切ったことすらわからなかっただろう。そのままじっと核を見つめているとギルドの扉が開き、立派な装備をした数人のハンターが入ってきた。
緊急依頼を引き受けたハンター達だ。そのハンター達は違う受付嬢が対応したためソフィには関係なかったが、そのハンター達の表情が曇っていたため少し気になり耳をすませた。
「思ったより早かったですね。流石はAランクのパーティーです」
「いや、俺たちは倒していない」
「と言いますと?」
「俺たちが到着した時には既に破壊されてた」
そのハンターの放つ言葉に受付嬢や野次馬達はそれぞれ驚いてざわめきだした。
「今回の機械生物は推定ランクAだろ?そんなやつ倒せるハンターなんてそういないぞ?」
「宝石の剣姫じゃねのか?」
「アテナちゃんなら今上界にいるらしいぞ」
「じゃあ誰だよ」
今回確認された機械生物はAランクのハンターでもその3つ首が脅威となり単体では難しいとされている。そのためAランク以上のパーティーで倒すことを前提として依頼が作られていた。そしてそれが可能なハンターは数少なく、皆はその人物に心当たりが無く首をかしげる。
「しかもこれを見てくれ」
ハンターは袋からその機械生物の核を取り出した。そしてそれは綺麗に一撃で破壊されていた。あの猛攻を避け、なおかつ一撃で倒せる実力者がいる。そう思うと驚かずにはいられなかった。そのうえ何故名乗り出ないのかも不思議であった。ハンターとして討伐した機械生物の数は勲章だ。より強いものを倒せば自慢にもなるしハンターとしてのステータスにもなるだろう。
ソフィは手にある新人ハンターから受け取った核を見つめ、頭によぎった可能性を振り払った。
(まさか…ね)
タルタロスに戻ると入り口で座っていたテトがノアに気づき、ととと、っと小走りで近づいてきた。
「今日、早かった」
いつもよりノアが早く帰ってきたのが嬉しいのか、表情は変わってないように見えるも耳がパタパタと動かしていた。だがノアの服が破けているのに気づき青ざめ始めた。
「その服……」
「ごめん。せっかく選んでもらったのに、破けちゃって」
「そんなこと…怪我は?」
ノアの的外れな謝罪にテトは首を振りる。無意味だとわかっていようとも傷の確認をせずにはいられず、ノアの身体をペタペタと触り確認する。
「ああ、大丈夫だよ。ちょっと犬に服を引っ張られただけだから。怪我はしてないよ」
おそらくその言葉は嘘だろう。自分を安心させるための優しい嘘だ。その言葉をテトは無理やり飲み込んで半歩下がる。
「……ならいい。服、また買いに行こ」
ノアはタルタロスに戻るとさっそく鍛錬を始めた。テトには少し休むべきだと言われたが、今日は早めにギルドのことを切り上げて来たのだから時間を無駄にしたくはなかった。
ノアは鍛錬を始める前に走り込みや柔軟から入るのが日課で、スタミナも無尽蔵とは言えないにしても簡単には息が上がらなくはなってきた。今日はまだ不十分な気配の消し方と体勢の扱い方を中心に動きを修正していく。
しばらく身体を動かし続けて汗が流れ始めた頃に、晩飯の時間となりニーナが呼びに来た。ノアはすぐに行くと伝え、汗を流すために水を浴びる。テトから受け取った布で身体を拭き、髪は移動しながら乾かすことにした。
髪を拭きながら広場に向かう途中、テトが何かを見つけてしゃがみこむ。
「…これ」
それは雑草にべっとりと張り付いた血痕だった。しかもその量は少なくなかった。
「何かあったのかな。ん?あれは」
ノアは血痕を指でなぞって調べていると、視界に人の影が入り込んだ。その人物は数十メートル先、木の裏に座り込んでいた。ノアはその人物が誰かもわかっているためそのまま近寄る。
「よぉノア。もう晩飯の時間か?」
その人物、ロイはノア達が近づいてくるのを察して自分から木の影から出て来たようだ。ロイは元気に振舞っているが普通じゃないことは一目瞭然で、引きつった笑みに口から血が滲んでいるのも見えている。
「ロイ、その血…」
「これか?気にしないでくれ。別に関係ないから」
「だってさっきのところも…」
「関係ないって言ってるだろ‼︎ほっといてくれ!」
ノアの心配した言葉は、異常に反応したロイの怒鳴り声にかき消された。だがすぐにロイは自分の放った言葉を後悔したのか泣きそうな表情になる。
「あっ、………悪い」
そう言い残しロイは広場へ走って行った。その後、晩飯の時にはロイはいつものように気軽に話しかけてきたためノアもテトも何も言わなかった。




