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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第2章 変わり続ける感情
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第37話 現れる葛藤

「おい!誰かいるぞ!」

「ん?あいつは確か…」

「獣族だ!速いぞ」


 とある貴族の屋敷でなにやら騎士達が慌ただしく走っていた。その騎士達の視線の先、そこには二人の怪盗の姿があった。




「また見つかっちゃったか。足音と気配は完璧だったはず、あとは何が…」


「…反省はあと。今は逃げる」


「はは、それもそうだ」


 ノアは眼の力で知覚範囲を大きく拡大させ屋敷中の様子を瞬時に把握する。すると全方位から騎士達が向かって来ているのを確認し、その中でも出来るだけ数が少ない最善のルートを選んだ。


「いたぞ!構えろ」

「あの仮面、例の手配書の」

「西門の出口だ!」


 騎士達は二人を見つけると剣を抜いて逃げ道を塞ぐように並び始める。

 だが二人は道など必要としておらず壁や柱、天井さへもまるで重力など存在していないかのように駆け巡り楽々と包囲網から抜け出した。








「ごめん。また迷惑かけたね」


「んーん、平気」


 今日の仕事で2人はムスペルスヘイムの屋敷に侵入していた。ノアはこれまでに何度もこの街で盗みを繰り返しているのだが二回に一回は見張りに見つかってしまい、気にしてないとテトは言うが何度も迷惑をかけているのは事実で、ノアはどうしても心苦しかった。


 バッカスに負けたあの日から、ノアは幾度となく自分の失敗を消そうと努力はしている。だがそうするたびに自分の無力さが目立ってしまう。

 原因はノアの実力不足、というより心の問題でもある。だがそれを気づけるほどノアは器用ではなかった。






 上界から帰る時は、まず中央街と上界を分ける大きな壁を登る必要がある。帰りは街の炎から届けられる熱風に焼かれながら高い高い壁を登らなければならない。そして登り終わってもすぐにゆっくりと下に降りて中央街を抜けなければならず西区の中だけだと言っても丸一日歩き続けなければいけなかった。




 体力の消耗は激しかったがそれでもノアはタルタロスに着くと鍛錬を始め、自分の欠点を消して完璧になろうとしていた。

 気配を消す、それを何度意識してもノアは失敗していた。テトに聞くとテトにはなんとなくでやっていると言われ自分の才能の無さを悲観する。








「お前は意識して動きすぎだな」


 そう教えてくれたのはロイだった。

 ノアは初めて仕事に行った時、ロイの動きや無駄の無さには目を疑ったものだ。ノアは戦闘方面ではバッカスを見習っていたが基本の動きや体の動かし方はどちらかと言えばロイを手本にしていた。だからロイに今の自分の様子を話せば何か解決できるのではないかと思ったのだ。


「考えながら動けばその分遅れるし相手にも感ずかれる。気配を消そうと意識するな。意識を無にして気配を消すんだ。相手の意識からも消えて意識の世界から外れるイメージを持つんだ」


 ロイはノアの動きを一度見ただけで悪いところを見抜き、解決法を言い当てる。だが相手の意識から外れる、これがどうにも難しくノアは汗を垂らしながら試行錯誤する。

 そんなノアを見てロイは心の声を漏らした。


「……いいな、お前はそんなにまっすぐで」



「ハァ…ハァ…ん?ごめん、何か言った?」


 ノアはよっぽど集中していたのかロイの言葉が届いておらず汗を拭い聞き返した。だがロイは思わず出てしまった声を慌てて否定し、何か別のことを言おうと両手を振りながら必死に考える。


「あっ…いや、その……えっと、そう!またなんかお前雰囲気変わったよな!」


 唐突に言われた言葉にノアは首を傾げる。

 だがロイが口に出したものはロイがずっと思っていたことでもあった。上手くは言い表せないが何かが足りなくなってしまったような、覇気や力強さがノアから無くなっている気がした。


「とにかく!俺は応援してるから頑張れよな。それと…」


 ロイは誤魔化すように話を変えて視線をずらした。その先にいるのは隅で眠っていたテトだ。

 疲れてはいるがノアの側を離れたがらず、テトはノアの鍛錬中に床に座り込んだまま眠ってしまったのだ。


「お前もそろそろ休めよ。女の子を床で寝かせるもんじゃないぜ?」


「……もう少し出来るようになったらやめるよ」


 忠告してもなお鍛錬を続けるノアに呆れてロイは肩をすくめる。


「ったく、明日はギルドに行くのか?」


「そのつもり。と言っても昼の間だけだけどね」


「そっか、心配かけないようにテトが目ぇ覚ましてから出かけろよ」


 ロイの帰り際の言葉に頷き、隅で少し寒そうに膝を抱えて眠っているテトを見て手を止めた。


「……水浴びでもしてくるか」





 ノアは身体を乾かすとテトを抱え、テトの寝床へと運んだ。

 テトの住処は前回壊されてしまったため新しく大きな大樹と一体化している小屋を貰えたのだ。

 テトは抱きかかえられてもまったく起きる様子はなく、本当に幸せそうな表情ですやすやと眠っているのを見てノアは少し羨ましいなと思った。

 そのまま柔らかい藁で作ったベッドにテトを寝かせ、ノアは小屋を呑み込んでいる大樹によじ登り木の葉からはみ出している枝の上に座り込んだ。


 月に照らせたノアの口からは自然と淡い唄声が流れ始めていた。









「やぁやぁ。わざわざ悪いね、来てもらって」


 黒く波打つ髪の海に浮かぶ少女、ユグドラは艶かしい脚を優雅に組んでバッカスを歓迎した。


「ボス、要件とは?」


「下界西区・トルトンが潰された」


 ユグドラの先ほどとは別物の声にバッカスの眉がピクリと動いた。


「ほぅ、あそこのボスは骨のあるジジィだったはず。一体誰に?」


「名もない1人の男だ。恐らく呪いを授かり暴走でもしたんだろう。だから2週間の間、キミにはここを護ることに専念して欲しいんだ」


「2週間というのは?」


 バッカスはユグドラに言われなくてもここを護るつもりだ。だが2週間という期限に疑問を持ち訪ねる。だがユグドラはその疑問を意味深な笑みで返すだけで答えることはしなかった。




「それとノアの件、あれで良かったんですか?」


「ん?あぁ…あれで良かった、とは言えないかもね」


 ノアの試験の時、バッカスには本気で戦えとユグドラは命じた。バッカスもその命令通りただ実力を確かめるというだけでなく、力の差を見せつけるようにノアを潰した。


「あの子は今、自分の力や才能に不安を感じて劣等感に襲われているだろう」



 今のノアの姿は他人の目から見るととても弱々しく見えていた。

 努力を続け力を蓄え必死に足掻いて、それでもバッカスには勝てなかった。それはノアに精神的ダメージを与えるには十分すぎるものだった。


「あいつは心の波が外に反映しすぎています。あのままいけば危ないのでは?」


 バッカスはノアがどれだけ努力していたかをずっと見てきたし認めていた。

 だがユグドラはその言葉を聞いても素直に首を縦には降らなかった。


「そうだね。だがあそこであの子が勝てば、自分の力を過信して身体を酷使する未来しかなかった」


 それはバッカスにも感じていることだ。あのままいけばノアは行けるところまで、自分の身体が破滅するまで、気づかず無様に壊れながら走り続けただろう。




「……どのみちあの子には茨の道しか用意されていない。人には運命を変える力は与えられてはいない」


 ユグドラは脚に繋がれたら大蛇のごとく唸って鎖を両手で掻き集めて抱きしめる。




「あの子を待っている最後は、最高のバッドエンドか最悪のハッピーエンド、そのどちらかだ」

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