第30話 いびつな歯車
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「どうしたの? 寝れないの?」
暖炉の炎を見つめていたノアの側に、幻想的な天使を連想させるほど美しい少女が白い髪をふわりと浮かせて座り込んだ。
「ああ、ちょっとね。俺が村にいた頃は夜がすごく寒くて、こんな暖かい炎が欲しかったなってずっと思ってたんだ」
しんみりと話すノアを見た少女は、目をつぶり歌をうたった。
わたしはずっとそばにいる
あなたが闇をみたのなら わたしが光をてらすまで
わたしが影にとらわれたら あなたがそこから連れだして
ひとりで歩くのがこわいなら ふたりでそらに飛んでいこう
優しい声だった。心を直接見えないなにかで撫でてくれる、そんな歌。
その歌を聴いているうちにゆっくりと意識が沈んでいく。このまま眠ってしまったら何故かもうここには戻れなくなる気がしてノアは少女を掴もうとした。だがノアを包み込んで揺れ始めた揺り籠は止まらなかった。
「カナ…リア……」
「おやすみなさい、私はあなたをずっと.....」
カナリアはノアの寝顔を微笑ましそうに眺めて優しく声を掛けた。その声をノアは最後まで拾いきれずに、溢れた言葉はノアの意識の外へと落ちていった。
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窓から差し込んだ朝の日差しが差し込み、目を覚ましたノアはベッドから飛び起きた。何か息苦しさを感じたノアは、自分が額に汗を浮かべて息を乱していることに気づいた。
「起きたか」
声を掛けたのはバッカスだった。バッカスに話を聞くとどうやらティグリスとの戦いの後、身体が限界だったのか倒れてしまったようで、テトにここまで運んでもらったらしい。
「すごい汗だな、傷でも痛むか?」
バッカスは足を組んでめんどくさそうに椅子にもたれかかっていたが、ノアを看病してくれていたらしく時々呻き声を上げていたノアを心配していた。
「いえ、ちょっと昔の夢を見ただけです。」
ノアは心配させないようににこりと笑うと、バッカスは何かを言おうとした。しかし結局はそうかとだけ答え、ノアの頭の上に拳を乗せた。
「キュプラーのことは礼をいっておこう。だが単独で無茶はするな。あそこまで慌てたテトは初めて見たぞ。あまり心配させてやるな」
「……はい」
バッカスは後ろ向きにノアに手を上げて礼を言うとドアを開けて外に出ていった。
ノアは一人になった時のしんとした空間の中で毛布を強く握りしめ、悲しみでも怒りでもない不透明な声を口の中からこぼした。
「……必ず僕が連れ出すから、もう少しだけ待っててくれ」
ノアがタルタロスの広場に行くとアウルムとアルティナ、そしてニーナが座っていた。体調の心配をされ、問題ないことを告げるとその瞬間にアウルムに背中を思い切り叩かれた。
どうやら心配はしてくれたようでそれから長々とまた愚痴を聞かされる羽目になった。そして、ノアが正座をさせられていると、入り口から口をモゴモゴと動かしながらキュプラーが姿を現した。帰って来てくれると確信はしていたのだがそれでも不安要素はあった。目の前にキュプラーがいることをノアも素直に安堵した。
「ノア……その、今回は悪かった」
「いえ、大丈夫ですよ。でも約束は守って貰いますからね?」
「ああ、わかってる。俺はお前に負けたことから逃げちまったからな。立ち向かう選択肢をお前はくれた。次は勝つ」
「ええ。望むところですよ」
「あー、その……なんだ。敬語はもうやめてくれ、あの時はバッカスさんみたいになりたいって焦って真似ただけなんだ。お前には、その、感謝してるしな」
歯切れは悪く、それでいて照れ臭そうに礼を言うキュプラーにノアは笑って握手を求めた。仲間はこういうものだと思ったからだ。
「わかった。これからもよろしく、キュプラー」
キュプラーはノアと力強く握手交わした後、苛立ちを隠そうとしない双子の前に立つと頭を下げる。しかし、アウルムとアルティナは謝罪を始めたキュプラーの言葉を遮って一発づつ拳を溝にいれた。
「勝手に居なくなりおって、お前が居なくなったら私達の仕事量が増えるだろう」
「まあいいじゃありませんか、無事戻ってこれたんですから。まぁこれからは存分に働いてもらいましょう」
アウルムとアルティナは悪戯っ子のような笑みで迎え入れ、キュプラーは優しさを含んだ拳を当てられたせいで腹を抑えながら笑っている。そんなキュプラーに、ニーナは新たな衝撃を加えた。
「うわぁぁぁぁあ‼︎良かったよぉぉ!キュプラーが居なくなっちゃうかと思ってぇっ!わたしっわたしっ!!」
キュプラーに勢いよく突進したのはニーナは、涙を浮かべてキュプラーに抱きついた。抱きつかれた本人はその勢いに負けて壁に衝突し、打ちどころが悪かったのかキュプラーもニーナとは違う涙を目に溜めた。
「うぉおぉ、いてぇぇ」
「どこ行ってたの!!勝手に居なくなって、ありえない!」
ニーナはキュプラーの胸をぽかぽかと殴りどこか嬉しそうに怒っていた。キュプラーは頭をかきながらすまんと呟き、それで一段落。
そう思っていたのもつかの間、先ほどの数十倍の威力の蹴りが炸裂し、キュプラーは遥か遠くに吹き飛んでいった。
「おい、ニーナにそれ以上触るんじゃないぞ。皆んなに迷惑かけたと思ったら、次の日には呑気に人の妹に手を出すとは。いい度胸じゃないか」
「ちょっとお兄ちゃん!なんで帰って来たばかりの人にそんな事するの!だいたいお兄ちゃんはキュプラーにだけ酷いことしすぎ!」
髪をかきあげて目が本気なバッカスに、ニーナも本気で怒鳴っている。
バッカスはとても妹想いでニーナがキュプラーに懐いていることが気にくわず何度か脚が出ていた。そのことをキュプラーがバッカスに認められていないと思い込むようになり、今回の事件の原因はバッカスの妹想いから来たものだとは誰も思わなかった。
騒がしく笑いあっている皆んなにとってはいつもの光景。謝り、許し、笑い合う。非常にのどかな光景だ。
「…………」
そんな微笑ましい画を、ノアは一歩下がって眺めていた。あの夢を見たせいで、今は酷く心が荒れた。何故だろうか、皆んなが笑う輪の中に混じる気にはならず、孤独の寂しさだけが残る。入りたいと思っていたはずなのに、件の少女の笑みが忘れられなかった。
自分が戻りたい輪はここではないのだと。




