第29話 積み重なる力
轟音とともに広がる爆煙で辺りが埋め尽くされ、白く渦巻く煙の中に一つの黒点が作られる。その黒点は次第に大きくなっていき、やがて線となって一匹の虎を射抜いた。
「ガァッ、嘘だろ!?」
ティグリスはノアの刺突を肩に突き刺さされ後ずさる。
「くそっ、硬すぎる。もう刃が貫通しない」
ノアは異能を撃ち込まれながらも翼を広げ、ティグリスに向かって槍となって突っ込んだ。ティグリスの肩の皮膚は薄っすらと血が滲んでいる程度だが、ノアはそのダメージを与える代わりに両脚という代償を払っていた。部下達の異能で両脚は爆散し、今のノアは骨が剥き出しになっている状態だ。
「そんな状態でまだ抵抗するのか。この絶望的な状況もわからねぇか?お前の貧弱な力じゃ俺様を殺すことはできん。お前みてぇなやつが1人足掻いたところで結果は変えられんぞぉ!」
隙を突かれたものの、未だ消えぬティグリスのどう猛な笑みは明確な力の差があることを証明していた。
しかし、その笑い声を掻き消す存在が現れた。
「1人じゃない」
圧迫感で充満している空間に侵入してきた風鈴のように囁く声。その声の主に全ての視線が自然と向き、誰もがその目を見開いた。
「テト、どうしてここに…」
そこに立っていたのは毒猫の少女、テトだった。
「……力を貸してって言った。だから、返しにきた」
それが当たり前だと言わんばかりに悠々と立っていたテトを見て、ノアは思わず吹き出した。彼女から初めて強い意志を感じたからだ。
「じゃあそいつらは任せていいかな?」
「まかせて」
ノアはこれ以上ないほどの信頼をパートナーに預けて背中を向けた。
「ほんと僕は即応力がなくてね。毎回周りの変化に脳が追いつかずに遅れをとる。これもまた僕の次の課題だ。一つづつ、一つづつ。欠点を埋めていけば僕は完璧になれる」
ノアは準備運動をするように足首を回し身体の調子を確かめた。先程千切れ飛んだはずの足首をだ。
「お前なんで足がっ!?確かにさっき……そうか、お前も呪い持ちか」
「さぁ?どうだろーっね!」
ノアは一気に加速するとティグリスに向かってナイフを高速で斬りつけた。それをティグリスが避けようともせずにノアに向かって拳を繰り出す。だがそれをノアはなんとか避けると、無駄とわかりつつもティグリスの鋼のような毛をナイフで撫でる。
「無駄なんだよ!お前らの努力も苦労も全て、無駄に終わる。お前がどんな力を持ってようとこの力には勝てねぇ!」
ティグリスはノアの攻撃が全く通用しないとわかると嘲笑うように鼻で笑う。だがノアは待っていた。ティグリスが隙を作ることを。ノアはティグリスのなぎ払った腕に足を乗せてティグリスの頭上へと駆け上がり、ナイフをティグリスの顔面に向かって振り下ろした。
「ァガァァァァァァアッッ」
確かな手応えと悲痛な雄叫びをもぎ取ったノアは、ナイフの先端に突き刺さっている目玉を見て笑う。
「うん、やっぱり。ここは流石に柔らかい」
「このッ、クソ野郎がァ!……お前みてぇな何にもしらねぇガキに、この俺様が負ける訳にはいかねぇ!俺様は証明する、金の力を。金の残虐性を!!」
潰された目から血を流しながらも、ティグリスは握りしめたその手に全ての光を集中させた。その光はノアに命の灯火すら交えているような力強さと儚さを連想させた。
ーーーーティグリスは昔、母親を病気で亡くしていた。母親の病気を治す薬代は当時のティグリスにはとても払える金額ではなく、いろんな病院で頭を下げて回るが難なく断られてしまう。そんなどうしようもない場面に立たされたティグリスは悪の道を選ばざるを得なかった。しかしその選択をするのが遅すぎた。ティグリスがその金額を手に入れ薬を持ち帰った頃には既に母親は冷たくなっていたのだ。
この世には手を汚してでも手に入れられない物はある。
(金さえあれば…なんで金がないと人は動かない!なんでこんな石ころに命を奪われなければならない!!)
それは一種の逃避だったのかもしれない。ティグリスは自分の無力を認めるのが怖く、金を理由にしたかっただけかもしれない。自分の弱さを否定するためにも金の力を証明したかった。そしてそれ以降、ティグリスは金だけを追い求めていった。
だがどれだけ金を集めてもティグリスが本当に欲しいものは金では買えず、満たされることのない金の亡者となっていた。
「俺様が金の力でこの世をぶっ壊してやる‼︎」
幼き頃金に泣いた白虎は今、金の力を飲み込むほどの黄金の虎となり、太陽のように世界を照らす拳を撃ちだした。
「貫けーーー『黄金の太陽』ーーー」
ティグリスの拳から放たれた余波は金色の可視光線となりノアの身体を天井とともに貫いた。
ノアはその荒れ狂う膨大なエネルギー量に防いだ腕は勿論、腹を内蔵ごと持っていかれ、大量の血をぶちまけながら地上へと飛ばされた。
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「ァァ、くそっ!治れ、治れ、治れ、治れ、治れ」
ノアはぽっかりと空いた腹から流れ落ちる大量の血を止めようと、ぶつぶつと唱えながら両手で傷を抑えた。ティグリスの異常なほどの勝利への執着をノアは舐めていた。ティグリスがあそこまでの力を持っているとは予想できず、なんとか生きているものの、テトの毒を体で受け止めたりティグリス達の攻撃をくらったりで、今日は何度再生を行なったか数えきれない。そのうえこの大きな風穴、今のノアの再生能力は遥かに低下しており、なかなか傷が塞がらずに苦しみ悶える。
「お前…ノアか?」
唐突に話しかけられ顔だけ動かしてそちらを見るとそこには複雑な表情で立ち尽くしているキュプラーがいた。今は眼の力を使うよりも不死の力に集中していたためその存在に気づかなかった。
周りを見渡すとここはどうやらノアが通ってきた廃墟の街なようで、キュプラーの様子は手鎖もかけられておらず捕まっているというわけではなさそうだった。
「ハァ…ハァ…キュプラー。無事でよかった。早く、帰りましょう」
「何言って……俺は帰らない」
「どうして?」
「俺の帰る場所はもうタルタロスじゃない。このアヴァロンさ。俺はタルタロスを裏切ったんだ。俺はなぁ、お前を売ったんだ」
「そんなこと…知ってますよ。それを踏まえて帰ろうって言ってるんです」
「は?知っててここに?俺はお前が死んでも構わなかったんだぞ!ああ、そうか。……そんなこと、か。お前にとっても俺はそんなことで終わらさせられるようなちっぽけな存在ってことか」
キュプラーはやりきれない思いを吐き出すようにノアに叫ぶ。
キュプラーはノアが嫌いだった。ノアがどんどん成長していき周りからの信頼を集め、自分の師だった人からも認められていく。そんなノアを見ていると焦燥感にかられていき感情に任せて闘いを申し込んだ。なぜ師が自分よりノアを優先するかが分からず思い知らせてやろうとした。だが思い知らされたのは自分で、鍛え始めて数日の新人に無様に敗北してしまう。
そしてその何日か後にノアに賞金がかかったことを知った。自分はまだロイと2人で仕事をこなしているにもかかわらず、ノアは1人で行なっているようで、ボスもそれを認めていると聞いた。ノアとは何もかもが自分とは違う。キュプラーはそう心で納得してしまったのだ。
(これからこいつの背中を見ながら一生俺は劣等感にまみれて生きていくのか)
そんなことは耐えられなかった。キュプラーのプライドが許さなかった。だから裏切った。くだらないと、理解できないと他人は言うだろう。だがキュプラーにとっては大きな問題だった。そしてその葛藤からの行動もノアからするとそんなことで終わらせられるものだったと思えば、心が叫ぶのも仕方ないことだった。
「どこに行ったって俺は認められない。お前らを裏切って、なのにここに来てもこのザマだ。咎められることも殺されることもなく、ただ捨てられるだけ。……笑えてくるよ。お前だって俺のこと心の中で見下してるんだろ!!」
「……はい。僕は貴方のことを踏み台程度にしか思っていませんでした」
ノアの発言にキュプラーは目を丸くさせた。次第に脳が意味を理解するが、こみ上げてくるのは怒りだけ。
だが、怒りの言葉を出そうと口を開ける前にノアが頭を下げた。
「すみません、僕が間違ってました。僕は自分のことで精一杯で、仲間というものをまるで理解していませんでした」
「な、なんでお前が謝る!お前は俺が許せるのか?」
「許せませんし、許さないですよ。ここまでのことをして、今回は骨が折れましたよ。いえ、お腹に穴すら開きました。だからっ」
バシンッ!
「え?」
ノアは肩をすくめながらキュプラーに近づくと唐突に拳で顔を殴った。キュプラーも流石に予想していなかったのか、殴られた後もしばらくポカンとした表情をしていた。
「だからこれでおあいこです」
「っ殺せよ!俺なんかいてもいなくても変わんねえだろ!そんなに俺の存在は軽いのかよ!」
「そんなことない!………みんな貴方を認めています。バッカスさんだってロイだってボスだって、貴方はタルタロスに必要です。それに僕だって貴方が必要だ。……最初は利用するだけの浅い関係でいいと思ってた。でも、僕も本当の仲間や友情が欲しいんです」
「……なんなんだよお前は。本当にわかんねぇやつ」
キュプラーは、ノアの訴えに困惑したようきその場にガクンと座り込んだ。意地を張っているのがアホらしくなるくらい真っ直ぐに見つめるノアを見て、キュプラーは頭をかきむしった。
「それじゃあタルタロスで待ってます。僕はまだ、仲間をたぶらかした死に損ないの処理があるので」
――――ティグリスは正真正銘最後の力を振り絞り、その場に倒れ込んでいた。毛は金から白へと戻り、しばらくは呼吸すらまともにすることができず、指をピクリとも動かせなかった。そして薄っすらと視界に入ってきたものを見て自嘲気味に笑った。
「………バケモンが」
ティグリスの視界に映るのは傷一つないノアの姿だった。
「……ここで終わり、か。結局何も残せなかったか」
「お前には今から残してもらうさ、僕の力と、足となれ」
「は?お前これだけの事をしといて今更仲直りでもしよぉってのか?」
「仲直り?勘違いするな。お前は僕に負けたんだ。敗者は勝者に従うのがこの世のルールだ」
「ハハッ!馬鹿馬鹿しい。嫌なこった。お前は俺様の部下達を殺し、このアヴァロンもこんなにめちゃくちゃにしやがった。誰が協力するってんだ」
「殺してないさ、なぁテト?」
「うん。殺してない」
テトは入り口から姿を現しノアの横に立つ。彼女の身体に傷一つないのを見るに、この可愛らしい外見からは想像もつかないほどの力を持っている。今ティグリスが立ち上がろうと、どちらが勝つかは明白だろう。
そしてテトは自分の力が人を傷つけるのを恐れていた。だから人を殺めることはしないだろうとノアもわかっていた。
「お前ら、手加減してやがったのか?どこまで俺様達を馬鹿にして…」
「それはお互い様だ。お前を殺しに来たつもりだったけどやめた。お前は悪いやつじゃない」
「ハッ!お前に何がわかる!」
「僕の仲間は特に痛めつけられていた様子もなく閉じ込めてた訳でもなかった。僕を捕まえた時も初めから殺せば逃げられることもなかったのに、お前はそうしなかった。さっきだってお前らは異能を放つ時、頭ではなく足を狙った。まぁ最後のは流石に殺す気だっただろうけど」
「・・・・・」
ノアはとどこまでも透き通る瞳で見通し力を求めた。
「白虎、僕に力を貸してくれ」




