第21話 ムスペルスヘイム
ノア今、中央街にいる。今回の目的地は上界北区、中央街を抜けた更に国の中心にある街で下界から上界はかなりなら距離があり、ここにくるまで数時間近くかかってしまった。そして中央街と上界には厚く高い壁で隔離されており、まずは侵入する前にこの壁を登らなければならなかった。
ノアは壁のくぼみに指を差し込みながらゆっくりと登る。それだけで指の爪は剥がれ皮も裂けつつあった。
(僕の翼で飛べたら楽だったんだけどな。今度は何か方法を考えておかないと)
ノアの翼は後遺症が残り上昇することができない。ノアはそれを不便に感じたことはなかったのだが今ばかりはそのことに舌打ちした。
壁を登るだけでかなりの体力を使ってしまい帰りもまた登らないといけないと考えると気が遠くなりそうで雲の上まで壁が続いているかのように思えてしまう。ノアは気力が無くなる前に必死に登り数十分後どうにか壁のてっぺんに到着した。
熱風がノアを強く吹きつけ腕を前に出しても顔を火の粉が焼き付ける。
「熱っ、ここがボスの言ってたムスペルスヘイムか」
ここはムスペルスヘイム。別名炎の国と言われている。
壁の中には中央街とは比べものにならないほど大きい貴族の屋敷がいくつもならび奥には王族が住んでいる大きな城があった。
そしてその城は龍のような太い火柱をいくつも吹き出しながら燃えていたのだ。空気中には大量の火の粉が舞っており、壁の上だと凄まじい熱を感じる。
ノアは翼を広げてゆっくりと降下する。ノアの翼は真っ黒なので夜に広げても闇に紛れてバレにくいのだがこの国は吹き出す炎のせいで夜中でも明るく、バレる可能性があったので着地ギリギリまで翼を広げず降りる。地面が近くなると翼を広げながら足と手を壁につけ空気抵抗と摩擦によって少しでも減速を試み、そのまま受け身もとり無事着地することはできたが骨から嫌な音がした。ここまででかなりの体力を削られはしたが本番はここからだと、ノアは気を引き締めると気配を消して影に潜んだ。
「いいかい?今回狙っているのは上界の中では簡単そうな所を選んだつもりだよ。それでも今までとは同じように行ってはいけない。今回はいつも以上に慎重に、あと見つかったら戦わずに逃げること」
そう言って念を押していたユグドラの言葉を思い出しながら目的地の屋根の上でノアは息を殺して隠れていた。
(確か盗むものは黒い箱だったよな。場所は一階のリビング。中には警備員が十五人、貴族が5人)
ノアは必要な情報を確認すると入り口を探した。だが侵入できそうな窓なんかは鉄格子が取り付けられていたり、全て何かしら対策がされており入れる場所はなさそうだった。仕方なく眼の力を使い屋根に自分が入れるくらいの穴を開けた。
ノアは今回盗みを始める前にいつもの数倍体力を消耗していた。だが既にノアは中に侵入している。休憩なんてしていられずノアは音を殺して走り始めた。
今ノアがいるのは3階で箱がある一階に降りるための階段を目指す。敷地が広く降りるだけでも一苦労だなと考えていると、1人の警備員が近づいてくるのを感じ瞬時に柱の影に隠れとりあえず今回は慎重に行動しようと、警備員が通り過ぎるまで待つ。しかしその警備員は立ち止まりいつまで待ってもそこから動かなかった。ノアはいつまでも立ち止まっている警備員に痺れを切らしゆっくりと進もうとした。
「そこか!」
その警備員は剣で柱ごとノアを断ち切った。ノアは予想外の状況に避けそびれ腹から血が吹き出した。
(くそっなんでバレた!?)
「あまり我等、騎士を舐めないでいただきたい」
ここは上界、平民の少し偉いくらいの者が雇っている警備などではなく、貴族直属の騎士が守っている。その騎士の実力は相当なもので今も油断なくノアを見つめ鎧を身を包んだ男が近づいてきている。
騎士の男が剣を叩きつけるもノアはなんとかナイフで受け流すが剣の勢いが強すぎて体勢が崩れかける。
(強い、身体ごと持ってかれる)
「賊の分際で我等から逃げられると思うなよ」
おそらく仲間が駆けつけているのだろう。屋敷中の人影が移動を始めているのをノアは確認した。
急がないと囲まれてしまう。今剣で貫かれようとも死にはしないが手足を切り落とされ再生する前に縛られでもしたら意味がない。
ノアは男の剣を躱しながらゆっくりと後退する。それを見た騎士はノアが逃げると判断し逃すまいと剣を振り下ろす。それは大振りで隙が大きく、ノアはそこを見逃さずナイフで鎧の隙間に刺突をくらわせた。しかし、ギリギリのところで男は身体をずらしノアのナイフは鎧を削るだけに終わった。
「おい。いたぞ!」「逃すな!お前は右から俺は左から行く!」
その間に他の騎士達が集まり始めもう数人がこちらに走りだした。ノアは目の前の男の剣をなぎ払い後ろへ飛ぶ。だがいつのまにか後ろから来ていた騎士の存在に気づけず剣を身体にもらう。身体をひねり致命傷ではないがすぐさま左右からも騎士が切りかかってくる。
(やばいな、このままじゃやられる!)
ノアは黒い羽毛を撒き散らしながら翼を一気に広げそのまま騎士と騎士の間を飛び抜ける。
「逃すな!追え」
「くそっ速いぞ」
今こそ獣族の速さを活かすところだ。相手は重い鎧を着ているうえに軽装かつ常に鍛えているノアの足の速さにはついてこれなかった。ノアは風のように疾り去り騎士達の叫び声がどんどん遠くなり一気に引き離していく。ノアは入ってきた穴に飛び込み離脱する。
ノアはそのまま壁もよじ登りタルタロスに戻っていた頃には身も心もすり減っていた。
「あーしんどい。また負けか」
地面に寝そべりながら呼吸を荒くし一人失笑する。
想像以上に道のりが険しく敵が強かった。ノアは最近やっと十分仕事出来るようになったと思っていたがプライドもろともその自信は砕かれた。
ただ今まではユグドラが簡単な場所を選んでいただけで少し難易度が上がるだけで逃げ出した結果になった。
ノアは確かに逃げた。だが恥を捨てたわけでも諦めたわけでもない。
(ここまで何も出来ずに逃げ帰るしかなかった、この屈辱は倍にして返す)
ノアは怒りを鎮め立ち上がり鼻歌を歌いながら歩きだした。
「本気かい?」
ノアはユグドラの部屋にいくと一つの話を持ちかけた。
「ええ。この程度で躓いてなんかいられない」
「当然難易度は上がるしそれが失敗すればキミの願いは遠さかる。賢い選択とは言い難いな」
「ここで失敗するならその先も進めない、僕がそこまでだったってことです」
ノアの尋常じゃない決意を見てユグドラは口から息を漏らすと首を振りながらその提案を承諾した。
「やれやれ、全くキミの負けず嫌いは筋金入りだね。いいよ、許可しよう。好きにしなよ、それになかなか面白そうだしね」
「ありがとうございます」
ノアはユグドラに頭を下げ部屋を出る。
ユグドラはノアの行動が予想出来ず半ば呆れながらも楽しそうに見ていた。
「なんだこれは?」
翌日、貴族の屋敷の前で一人の騎士が紙切れを一つ拾った。その紙は予告状だった。
ノアは怒りを瞳の奥に宿し壁のてっぺんで黒鳥のマスクを被ると火の粉が舞う街を上から覗いていた。
『今宵、怪盗が騎士のプライドと宝を奪いに参上する』




