第20話 ナイフ術
ノアがタルタロスに入り2ヶ月が経過しようとしていた。今まで鍛錬を数日に一回はバッカスに稽古をつけてもらっていた。しかし今日はロイに教わりに来ていた。
「僕に剣を教えてくれないかな」
バッカスは剣は使えないらしく教わろうとしても断られてしまった、ノアは蹴りだけでやっていけるほど蹴りの威力に自信があるわけでもない。鍛えてはいるのだがノアは種族の体質なのか筋肉がつきにくく殺傷力を求めるなら武器を使った方がいいと考えた。
「別にいいけど俺のは剣術ってよりもナイフ術って感じだけどいいのか?」
ロイの持っている武器は短剣、ナイフなので素早く刺したり切りつけたりすることはできるがリーチは短く剣士同士の戦いでは不利になる事が多い、だがその分暗殺には向いている武器だった。ノアもロイと初対面の時、瞬時に背後を取られてナイフを突き立てられたのを覚えている。
ノアも長くて丈夫な剣より数で押せるナイフのほうが向いているだろうと考えていた。
「大丈夫だよ。僕もそれなりに武器を使えるようになりたくてね」
「そっか、でもノア。お前ナイフとか持ってんの?」
ノアはそう言われると懐からナイフを一本取り出してロイに見せた。
「お前それどこで手に入れんだよ」
「拾ったんだ」
ノアの持っていたナイフは錆びついてボロボロになっておりなに一つ切れないだろう。
「武器くらい買えよ、ボスからの報酬で結構持ってるんだろ?」
「ちゃんと使えるようになってから買おうと思ってて、できるかわからないのに道具だけ立派なものを揃える気にもならなかったしね」
ロイはノアに呆れ、自分のナイフを渡した。
「これやるよ。俺のはまだあるし、そのかわり完璧にマスターしてもらうぜ」
それからはロイに色々見せてもらった。見せてもらう、それだけでいい。
百聞は一見に如かず。ノアは100回口で説明されるよりも一度見せてもらうほうが何百倍もより早く、より正確に覚えられる。ロイが一振りナイフを振るえばそこからノア眼で視て何十もの情報を取り込み自分で再現を行う。その日、ノアはロイが自分の住処にに帰った後もイメージにより近い動作を行えるよう特訓していた。
(全ての指で握りしめるのではなく人差し指と親指は添えるだけでいい。手首を柔軟にしスナップを利かせながら使う。でもこれじゃあナイフだけで相手の骨を断つことは不可能、狙うべきは血管などの重要器官などの身体に支障が出る急所。隙があるなら鎧や関節の隙間に刺突が効果的)
思考を巡らせ自分の中に新しい力を蓄えようとしていた。
(凄いな、凄まじい集中力。いや、これはもう執念に近いな。昨日までずぶの素人だったとはとても思えない)
ロイは次の日ノアのナイフ捌きを見て成長ぶりに驚愕していた。ノアは指先まで神経を集中させナイフを手の延長線のように扱っていた。
(たしかに凄い。だけどそれだけじゃダメだ)
「ノア。少し俺と戦ってみよう」
ロイはナイフを手で器用に回転させながらノアに手合わせを提案する。ノアにとってもその提案は好都合であったため断る理由はなかった。
「じゃあいくよ」
ロイはナイフでノアの首目掛けて一直線に刺しこむ。ノアはなんなく躱し次々に振るわれるナイフの速度についてくる。刃を刃で受け流す際に少しぎこちなさはあるが時折反撃をしてくるほどの余裕はあった。
(どうやったらここまで強くなるんだ?)
ロイがノアを最初に見たときの印象は抜け殻だった。何も無く魂が抜けたような少年、そんな印象。だがそれでいて瞳の中にはドス黒い何かを感じさせた。この世の全てに怒り、憎んでいる、そんな感情を持っていそうな目だと思った。だが日が経つ事にノアという人物は変化していき最近は無垢な笑みで話しかけてくれ上手い飯もみんなの代わりに作ってくれるほど丸くなっていた。
だがなんとなくロイにはわかった。ノアはその怒りが無くなっているわけではなく、心の中に沈めて隠しているだろうということを。だからといってロイはノアを止めたいともその怒りを消したいとも思わなかったし逆に力になってやりたいと思えた。
(俺に出来る限り力になってやりたいし手伝ってやるさ、俺はお前のダチだからな)
ロイは自分に出来る限りのことをノアに学ばせてやりたかった。
だから本気で勝ちに行く。力を見せつけることがノアにとってためになることだと考えた。
ロイはナイフを左下からナイフを振り上げるように斬りつける、それをノアは躱そうと身体をずらして避けようと脚の位置を変えた瞬間、ロイのナイフの軌道が変わる。ノアはそれを無理して躱すが一瞬反応が遅れて体勢が崩れてしまった。そこへロイがナイフを突き立てて終わった。
「はい。終了」
ノアは見事に一杯くわされた、ロイの完璧なフェイントに気づかず騙された。見えてしまうが故にその情報を過信してしまったのだ。
ノアは汗を拭きながら悔しそうに笑う。
「あー、やられたよ。今のは読めなかった」
「これでもナイフを使って長いからね。ノアはまだ圧倒的に経験が足りないね、こればっかりは実戦を繰り返すしかないから仕方ないんだけど」
「なるほど。実戦か」
「あ、俺はこれから用事があるからまた今度な」
「うん。今日はありがとう」
別れの言葉を交わすとロイは急いで自分の住処に戻りベッドの下にあった何かの粒状の物を口に流し込んだ。しばらくして心を落ち着かせると小さな溜息を吐いた。
その夜ドームの中でノアはひたすら汗を流していた。ナイフを何度も何度も繰り返し素振りを行い今日の反省点を修正しようとしていた。
「また負けた。この力を使って尚僕は負けた。フェイントの可能性を考えていなかった、わかっていたとしてもあそこからの反応で間に合ったかもわからなかった」
ノアは歯を食いしばりナイフを怒りにまかせて振り下ろす。
まだ自分には足りない。力が足りない。
ノアは力を知識を怒りを貪欲に吸収してゆく。
「でも、足りないものを見つけることはいいことだ。まだまだ僕が成長できるって証明にもなるからね」
ノアは口を歪めて笑うとナイフをりんごに突き刺して一口齧った。
「キミもだいぶ仕事をこなしてきたね。もう慣れた頃だろう。そこで、今回は難易度の高い仕事に行ってもらおうと思う」
ノアは何度目かわからない仕事の話をしにユグドラに呼び出されていた。
今回の目的地は上界、貴族や王族が住んでいる街だという。それは当然警備の質は段違いに上がるということだ。
「いいかい?今回のは一筋縄ではいかないよ。そろそろパートナーの力を頼ってみてもいいんじゃないかな?」
ユグドラはそう言うがノアは毎回仕事に行く前にテトを誘うようにはしていた。だが毎回返ってくるのは拒否、勿論今日も拒まれるだろうが一応誘いに行くつもりだ。
「今回の仕事は上界らしく少し難しいってボスに言われたんだけど手伝ってくれないかな?」
ノアはテトの住処に寄って建物の前で聞こえるように話した。するとテトは窓から顔だけ出した。変わらず仮面をつけているが沈んだ表情をしているのは明らかだった。
「・・・いても邪魔なだけ」
「そんなことないよ。仲間がいたら僕も安心だし」
「・・・どうせ無理」
「うーん、そっか。今度は気が向いたらでいいから手伝って欲しい。じゃあ行ってくる」
「・・・どうして?」
「ん?」
ノアは想像どうりのテトの返答に気にした様子もなく笑いかけると仕事に向かおうと振り返った。するとテトが何かを問いかけてきた。
「・・・どうして怒らないの?」
「うーん、別に無理やり行かせるものでもないしね」
「・・・なんでお金を置いていくの」
「なんでってパートナーなら報酬は分けるものでしょ」
「・・・あなたのパートナーとしてなにもしてない」
ノアは毎回報酬の半分はテトの住処の前に置いていた。金の使い道がノアにはないし使うとしても主食のりんごを買うことくらいしかなかったのでそこまで気にはしていなかったがテトからすると意味不明な行動でしかなかった。
「何かしないとパートナーじゃなくなるわけじゃない。手伝ってくれるなら気が向いたらでいいから」
テトはそう言って仕事へ向かうノアを無言で見つめていた。
テトは嫌がっているわけではない、恐れているのだ。ノアはそれがなんとなくわかった。だから毎回誘った時もテトは無視はせずに拒否しているのだ。無理に押すよりもも少し離れたところで引っ張ってあげる、これが最善の策だと確信できた。
テトは何かに囚われている。それが何かはわからないが救ってあげたいとノアは思えた。
テトは昔のノアと同じで自分を忌んでいる。だからノアも自分がいつか憧れたあの子のように救ってあげる人になりたいと思った。
その思いは不自然に強く、なぜそう思ったのかはノアにもわからなかったが。




