第19話 料理担当
大きな建物の屋根に満月の光に照らされている一つの影があった。
「さて、やるか」
ノアは博物館に化石を盗みに来ていた。本来なら2人1組で行うべきなのだがノアは1人で来ていた。ユグドラはおそらく最初からテトとは行かずにノアが1人で仕事をすることを想定していたのだろう。だからパートナーのテトではなく最初の仕事をロイと行かせてコツを覚えさせて1人でも動き方でどうにでもなることを教えたかったのだろう。
既に中に警備が何人いて、どこにいるかは知っている。ノアは小窓から侵入し優雅に着地する、と同時に音もなく走り出した。ユグドラに教えて貰わずとも目指す部屋がどこかは視たらわかる。途中で警備と鉢合わせてもここは広く、それでいて展示物が多く置いてあるため隠れることは容易だった。ノアは警備の見ている方向を意識しつつ展示物を使い常に相手の死角になるようにして走り抜けた。それを何度か繰り返しているうちに目的の部屋に着く。今回の目当て、麒麟の化石は目の前にあるが透明で頑丈そうなケースに入っていた。
(流石に壊すと音がするしまずいか)
ノアは眼の力を発揮させた。目の前のケースに力を集中させる。空間を物質ごと捻じ曲げるのは今のノアの力ではあまり容易なことではなく時間はかかるがなんとかケースに手のひらサイズの穴を開けることができた。すぐさま化石を掴んで取るとケースの穴にもう一度力を使うことによって穴を開けたところを歪み直して塞ぐ。流石にこれだけ眼の力を使うと痛むが慣れていかなくてはならない。
明日見たときケースは開けられていないが中身が無くなっていることに皆驚き不思議がるだろう。
ノアは化石を懐に入れるとまた走りだし、帰りも警備をかいくぐってなんなく外へ出る。この出来事は侵入してから5分ほどで終わっていた。
「思ってたより簡単だったな、この様子ならこれからも1人でも大丈夫かな」
ノアは仕事の難易度に拍子抜けしていたがそれは自分の力が異常だということに気がついていなかった。
ノアはケースを開ける時以外は一度も立ち止まることなく全速力で走り抜けていたが、普通はそうはいかない。
盗みというものは慎重に行動して隠れながら部屋を探っていくものである。だがノアはそれらを一切無視して大胆不敵とも言える行動で走り去っていった、今のノアの行動を誰かが見たとしても二度目の盗みとは、ましてや前回はみていただけにもかかわらず失敗を犯した新人とは誰も思えないだろう。
その姿はまさに怪盗だった。
ノアはタルタロスに戻るとユグドラの部屋に足を運び化石をユグドラに渡した。
「終わりました。これが今回の品です」
「うん。ご苦労だったね、それにしてもキミは早いね。何もかもが」
ユグドラは意味深な笑みで化石を指でなぞりながらノアを見た。その様子はどこか不機嫌そうだった。
「でも、それとこれとは話が別だ。ボクが怒っている理由はわかるかい?」
ユグドラは声に怒気を混ぜてノアに問いた。
ノアは1人で行ったことがユグドラにはわかるだろうと思っていたがここまで怒るとは思っておらず驚く。
「ボクはキミからすると恩人に値する人物だと自分で認識していたのだけど?それなのにこの始末かい」
言ったことを守らない、それは信用を失うことであり組織の中では最も悪な行為である。
ノアは謝って許してもらえるなら何度でも謝ろうと口を開くがその前にユグドラがソファーを何度も叩き出した。
「なんでキミはボクにも料理を持ってこないんだ!」
ユグドラはノアを指差しながらそう叫んだ。
「へ?」
予想にもしていなかった言葉にノアの口から間抜けな声が漏れた。
「1人で勝手に行ったことじゃ?」
「そんなことはどうでもいいんだ。普通はボスにも配るものじゃないかな、ボクはここから移動できないんだよ?それなのにキミは他のみんなには配ってボクにはくれないんだ。ボクはみんながあまりにも美味しそうに食べるから楽しみにしてたのに、キミはあろうことかそのまま街に行っちゃうし。どれだけボクがこの鎖が憎かったことか、みんなが味わっているものをボクは味わえずにお預けだなんてね!」
ユグドラは怒りに任せて立ち上がり地団駄を踏んでいた。その姿は可愛らしかったが確かにノアは全員の分を配った気でいた。そう、完全にユグドラの存在を忘れていたのだ。
「・・・すみませんでした」
流石に申し訳なくなり頭を下げて謝ったのだがユグドラは完全にそっぽを向いて自分の髪に埋もれヘソを曲げている。どうしたものかと悩むがこういう時の解決策など鍛錬でも森でも学ばなかった。
「僕にできることがあるならなんでもするので・・」
「なんでも?」
なんでもすると言った途端にそれをまっていたと言わんばかりに目をきらめかせながらユグドラは起き上がるとノアに今回の報酬、金を渡した。前回と比べてかなり多くずっしりと重かった。
「これが今回の報酬だ。前回よりは価値の高いものだったからそれなりにあるはずだよ。そして!その自腹で食材を買ってとびきり美味しい晩御飯を作ってくれ。甘いデザートつきでよろしく頼むよ」
そう言うとユグドラは鼻歌を歌いながら足をパタパタと動かし楽しみにしていますと身体で表現していた。
ノアは期待に応えるしかないということを理解する。
ノアは朝が来るまでの間はいつものように身体を鍛えることに集中し、日が出てき始めるととりあえず食材を買う前にテトのもとへ向かった。テトがいた場所は建物から木が生えて覆い尽くしており周りから見るとただの木にしか見えない場所だった。
「……何の用?私は行かない」
テトはノアが建物に足を踏み入れる前に顔を出した。その様子には入られたくないという思いが感じられたのでノアは少し下がって話すことにした。
「ん?ああ。仕事ならもう行ってきたから大丈夫だよ。これ君の分だから。邪魔しちゃってごめんね」
ノアは木の根の上に自分の報酬の半分を置くとそれ以上は近づかずに買い出しに行った。
「………」
テトはノアの行動の裏が読めずに1人俯むいてもんもんと湧き上がる心の暗雲を溜め込むばかりだった。
ノアは街に行くと必要な食材をあちこちまわって買い集め、帰る時には荷物で両手が一杯になり帰り際にあの時買ったりんごも買って帰った。
タルタロスに戻る頃には昼過ぎ頃で、ちょうどいい時間なのでノアはタルタロスの食卓を借りて料理の下ごしらえを始めた。
ノアの包丁捌きは自慢ではないが中々のものである。野菜をあっという間に切り刻みシチューに入れて数時間煮込みとろとろになるまで蓋をして待つ。小麦粉にミルクやバターを混ぜて練り、ふっくらとしたパンも作った。あとはユグドラが所望した甘いデザートはイチゴタルトにしようと思った。
「わぁ、いい香り!何作ってるの?」
「シチューとパンだよ。味見してみる?」
シチューの香りに引き寄せられてきたニーナがぴょんぴょんとよだれを垂らしながら跳ねているので大人しくしてもらうために焼きあがったパンを一つ渡してあげると頬っぺたを抑えながら幸せそうに食べ始めた。
スープの鍋の蓋を開けて中をかき混ぜながら隠し味の細かく切ったりんごの果肉を少し入れた。
「うん。そろそろできたかな」
「わあ!やったぁ。私手伝うよ」
出来上がった頃には全員集まり既にスプーンを手に持っているものいた。その中で新入りを手伝ってくれるニーナの存在は有難かった。全員に配り、配られた人達から口に詰め込んでいく。
下界に住んでいるものは食べ物に疎く美味しい食べ物を知らないことが多かったためノアの作った料理はまさに革命だった。
一心不乱に食べていたアウルムとアルティナがノアが持ってきたデザートに気づき釘付けになる。
「新入り、そのいちごが乗ってるやつはなんだ。早く持ってこい」
「どんな味かとても興味がありますね。早くよこしなさい新入り。」
ノアは机の上にイチゴタルトを乗せて人数分、7等分にしてみんなにわけると全員が鷲掴みで取っていく。
「ノアの分は?食べないの?」
ノアがスープもパンも食べていないことに気づいたニーナは自分達が取ってしまったのかと不安そうに尋ねてきたので自分はもう食べたと伝えたがニーナは納得してなさそうな表情だった。
そして意外にも1番イチゴタルトの味に夢中になっていたのはバッカスでロイからイチゴタルトを取り上げている場面を見てしまった。気づけばキュプラーとテトの姿は無かったが皿は空なので食べてくれたのだろう。
「じゃあ僕はボスにも食事を持って行きますから。皿はそのままでも構いませんので、後で洗っておきます」
勿論ボスの分を忘れておらずにお盆に乗せて持っていった。ボスの部屋は割と少し離れたところにある大きな建物の中にあるため時間がかかった。
「おそい。普通最初に持って来るべきじゃないかな」
部屋に入るとユグドラか頰を膨らませて待ちわびたように座っていた。
「すみません、代わりにイチゴタルト丸々もってきたので勘弁してください」
ユグドラはイチゴタルトに気づくと上機嫌になり先にイチゴから食べ始めた。イチゴタルト1個食べ終わるまで一言も喋らずに真剣にフォークでつついているユグドラには、始めて会った時の威厳はもうなかった。




