第17話 虚飾
初仕事から1週間が経過しようとしていた。あれから新しい仕事はなく、ノアはその間いつもの場所で鍛錬を積みつづけた。最初はバッカスも面倒くさそうな態度でノアがすぐに投げ出すと思い、早く辞めたがるようにスパルタすぎるやり方で進めてきた。だがノアはそのやり方についてくるだけじゃなく、厳しい鍛錬が終わっても1人で黙々と作業のように筋トレなどを行い続けていた。そのため、流石のバッカスもノアを止めることにした。
「ノア、少し休め。お前自分の顔を見てみろ」
ノアは1週間の間、一睡することなく闘いの記憶を体に覚えさせようと、ひたすらロイとバッカスの動きを再現するために身体を動かし続けていた。そしてその間食べ物を口にすることも一度もなかったため、今のノアは目の下にクマができ、やつれにやつれていた。
「急ぐ必要はないとボスにも言われただろう」
「こんなんじゃダメだ……今のままじゃ……」
ノアが言葉に耳を傾けずになおも辞めなかったため、バッカスは蹴りあげようと脚を上げた。しかし途中で止めて入り口を見た。ドームの中に誰が入ってきたからだ。
それはキュプラーだった。
「バッカスさん、ボスが呼んでましたよ」
「ああ、すぐ行く。ノア、今日はいい加減にやめろ。これは命令だ」
「バッカスさん、後で俺にも稽古をつけてください」
「お前にはもう必要ないだろう。お前は十分強い」
「俺なんてまだまだです!こんなやつ鍛えてもどうせ使い物になりませんよ」
「無駄な事はしない主義でな」
バッカスの言葉にキュプラーの耳がピクリと動いた。教えても無駄と言われたようなものであり、期待されていない事に気づく。
しかしノアもノアで、ロイやバッカスに対して溜め込んでいた劣等感の中、キュプラーに言われた使い物にならないと言う言葉で火がついた。
そんな二人を見たバッカスは心底ダルそうな表情を見せた。
「あのなぁ〜」
だがそのバッカスの表情を、キュプラーは自分に向けられたものと勘違いする。まるで使い物にならないのはお前のほうだと言われたように感じて新人であるノアを睨みつける。
「新入りのくせに、調子に乗るなよ!……勝負しろ。ここで俺のほうがふさわしいことを証明してやる」
キュプラーは拳を握り込めノアに勝負を挑んだ。それはキュプラーのバッカスへの憧れからくる行動だった。
「おい、キュプラー。いい加減に……」
「構いませんよ」
この状況すら利用して自分の養分にしてやろうと思い、ノアもその挑戦を即答でうける。ストレス発散には丁度いいだろう。
バッカスもこの状況にため息をつき、止めることを諦めた。
「はぁ、もう好きにしろ。これくらいの年頃のガキが一番面倒くさい。 ノア、一つ忠告しといてやる。 最初から呪いを使え」
「呪い?」
「ああ?知らねえのか。お前が俺とあった時使ってたやつだよ。何がきっかけかは知らんが呪われた力を引き出せるようになるって噂だ。お前のそれも呪いの1つだろう。自分の人格を壊される代わりに異能とは比べものにならないほどの強さを誇る力を手に入れるらしい。まぁ壊れてまで力を手に入れるやつが幸せだとは思えんがな。それにお前はまだその力を使いこなせていない。身に余る力に振り回されているだけだ。だから血を流し苦痛に襲われる。キュプラーにはその力を使いこなせないとまだ勝てんぞ」
呪いを手に入れると、その強大な力に人格を支配されると言われている。これはバッカスでも知りもしなかったがノアは二つの呪いを体に宿している。それがどれだけイレギュラーなのかは計り知れないが、この世界で何処を探しても二つも呪いという爆弾を宿している者はノアだけだろう。
「まぁせいぜい頑張れよ」
バッカスは適当な応援を送ると、二人の面倒を見きれないといった風に出ていく。
キュプラーがどれだけ強いかは知らないが所詮は自分と同じくらいの子供。タルタロスに元からいたからといってバッカスほどの強さを持っているわけがない。十分に勝算はある。そう心に言い聞かせてノアは今までの成果を見せつけてやろうと意気込んだ。
ノアは眼に赤い灯火を照らしキュプラーに向かって走り出す。
「お前は邪魔なんだよ。 新入りぃ!」
キュプラーはノアの移動先に合わせて蹴りをくりだした。バッカスによく似た動きで、ノアの眼で追えない速度でもない。ノアは回避しながら、勢いを殺さずにそのままキュプラーの顔に向かって脚を振り下ろした。
だがキュプラーはノアの蹴りを腕で受け止めていた。
「ハハッ、流石にバッカスさんが鍛えただけはあるな。 力を使わずに遊んでやろうと思ってたけどそれは無理そうだなッ」
キュプラーの体に異変が起きる。二本のツノが生え始め、ツノは後ろに反りながらも伸びていく。足が馬のような形になり、蹄や尻尾も現れ羊のようなツノも生えている。
キュプラーは魔族だった。
手のひらから黒い雷をほとばしらせ、鋭い牙を見せにたりと笑う。
「見せてやる、格の違いを」
それからは一方的だった。黒い雷を避けきれず、もろに受ければ体が痺れて硬直し、馬の蹄で回し蹴りをもらう。それだけでノアの意識が簡単に飛び、倒れてもなお容赦なく突進され突き飛ばされる。視えていようとも避けきれず、防いでも防ぎきれないのだ。こちらの攻撃は当てても防がれ、大したダメージにはなっていないものばかり。
もうキュプラーはノアを見ていなかった。
バッカスがノアの鍛錬に付き合う意味が本当に理解できないのだ。いくらボスの命令とはいえ、バッカスは面倒くさいことはやらない性格。自分の修行の時は二回しか付き合ってもらえなかった。それがどうしてもやるせない。それなのに
「なんでこんな雑魚にバッカスさんはいちいち付き合ってるんだ、俺のほうが俺のほうが俺のほうが!」
雷がノアに向かって降り注ぐ。ノアには避ける気力すらなくそのまま無抵抗に肌を焼かれた。キュプラーはノアを殺す気だった。
(認められる!認められる!この俺が!)
キュプラーはノアが消えるまで雷を放ち続けた。
ノアは不死の力と空間を掌握する力を宿している。といっても、今のノアは空間を動かすことは出来ず、せいぜいほんの数メートルの範囲を把握するぐらいのことしかできなかった。なぜ使えないのかも分からず何度も試したが使えなかったのだ。
そして今のノアは死ぬ寸前でこの有様だ。
先ほど眼の力を利用した際にノアの再生能力が格段に低くなった。この眼は空間を操れるほどの莫大な力を宿している代わりに、使用するだけでそれに反比例するように不死の力が弱まり体が再生しなくなる。現に今ノアは再生能力が弱まりつつあった。ひたすら損傷を貰い続け、刻一刻と死に近づいている状態なのだ。
キュプラーの攻撃を避けようにも眼は開かず、ただただ痛みにもだえるしかない。
ノアは呻きながら自分の爪を突き立て、顔の皮膚を削る。そうしなければ痛みに耐えられないのだ。それは雷の痛みにではなく、眼が発する激痛にだ。
まるで目玉の代わりに、溶岩のように熱された鉄球をはめ込んだように、焼かれるような痛みが永遠と続いた。
(……どうして拒絶するッ! 僕を…受け入れてくれ!)
ーーーーー完璧な自分を作り出せーーーーー
何処からともなく聲が聞こえる。機械のようだがどこか幼い、そんな聲。
『心の隙間を埋めよ。心に仮面を被せよ。力を求めるに必要な代償を酬え』
何を言っているかわからない、誰の声かもわからない。だがそんなことはどうでもいい。弱いと言われても黙ってるわけにはいかないのだ。
(不満ならいくらでも作り変わってやる。だから、力をよこせよ)
『…………』
(やれるものなら、なんだってくれてやる!)
心の中のどこかで笑っている少女の姿が現れたような気がした。
『虚飾の力を所有することをここに認めよう』
キュプラーの放っていた雷の軌道が変わる。
「なんだ?」
いきなり自分の攻撃があらん方向に飛んでいったことにキュプラーは思考が止まる。その一瞬の隙を見逃さず、ノアはキュプラーの顎を蹴り飛ばす。
キュプラーはたたらを踏みながらもしっかりと大地を踏みしめてノアを睨みつける。
「しつこい!いい加減に死ねよ!」
いつの間にやら、ノアの背中に生えていた漆黒の翼は純白の羽へと変わっていた。この力を酷使すればノアには再生能力は無くなる。だが、殺られる前に殺ればいいだけのこと。
「僕は焦っていた。眼を開けても閉じても、彼女がいないだけでこの世は地獄に変わった。 何もしない時間を過ごすだけであの時の光景が思い浮かんでしまう。……でももう大丈夫」
今までのノアとは明らかに違った。自分の心に仮面を被せ塗り替えた。いつものようにどこか焦っているような印象はなく余裕の表情でたたずむ。
「僕のほうが強い」
ノアは眼を赤く染めてドーム内の空間全てを支配し、もうキュプラーが放つ雷はどれもノアには届かない。だがキュプラーも即座に異能が効かないと判断し接近戦に持ち込んだ。
いくら最近鍛え続けているとはいえ体術ではキュプラーが優っている、そのうえ魔族特有の体の変化で接近戦でノアに勝算はない、はずだった。
ノアはキュプラーの筋肉の動きや視線で全てを予測し予知にせまるほどの動きを可能にした。それでも完全に避けきれないものは腕を犠牲にするか羽を使い衝撃を綺麗に流していた。
キュプラーは焦りだす。さっきまで完膚なきまでにボコボコにしていた相手が急に強くなったこと、そして攻撃が当たらなくなったことにだ。最初はまだ防がれたり受け流されることはあったが今は一度もかすりもしなくなっていた。
ノアはこの戦いで異常なスピードで成長、進化し続けていた。攻撃を躱せなかったり受け流すしか出来なかった時の自分の行動に細かく修正をし続け、終いには隙を見て反撃できるほどになっていた。
「クソがぁぁぁぁぁぁあ!!」
キュプラーは腰や腕の回転を利用し悪魔の拳を幾度となく繰り出す。その拳に怒りと嫉妬を込めて。
数分後息を切らせて膝をついていたのはキュプラーだった。
「僕の勝ちですね」
戦いが終わると、ノアは殺されそうになったもまるで気にしていないと言わんばかりに笑って手を差し伸していた。




