第12話 タルタロス
「おい。いい加減起きろ」
ノアは男につま先で横腹を小突かれ、意識を強制的に覚醒させられた。
「……ここは」
ノアが起きたことを確認した男は、大きな樽の上にどかりと座り込む。
「この中でボスがお前を待っている。入れ」
「ここはどこだ。……いきなりこんなところに連れてきて何がしたいんだ」
「いいから早く行け」
ノアはこの男たちの意図は理解できなかったが今はこの男の言う通りにするべきだろう。どのみちこの男から逃げることはできないだろうし、なにより自分は負けたのだから。
ゆっくりと門を開き中に入る。中は薄暗く、ろうそくが灯す紫色の炎だけがこの暗闇の世界で唯一の明かりだ。中はかなり広いようでとりあえず進んでみると、奥にその人物はいた。
床一面に黒い海ができるほど伸ばされた長い長い黒色の髪。その中に埋もれている黒いドレスで身を包み艶やかな脚を伸ばしていている少女。その脚には大蛇のようにうねっている太い鎖が繋がれていた。
その少女はこちらに気づくと身を起こし歓迎するように笑う。
「ようこそ。タルタロスへ」
――――――――――――
「はじめまして、ボクの名前はユグドラ。ここのボスだ。キミがノアくんだね」
「ボス? どういうことだ」
「ここはボクたちのアジト、下界北区〈タルタロス〉」
「下界北区?タルタロス?」
「そう。 この国、アルマは王族や貴族が暮らしている上界、平民やハンターが集うギルドがある中央街、そして、貧民街の下界。この3つに分けられている。そして3つの街はそれぞれ北区、東区、西区、南区の4つに分けられているのさ。そしてここは下界の北にある場所、タルタロスってわけ」
「へぇ、この国アルマって名前だったのか」
「あれ?そこから?」
「それでなんで僕を連れてきた?あんな乱暴なやり方で」
「あぁ、それは謝罪させてもらおう。 どうしてもキミに来てほしかったんだ。それから、キミがどれだけ弱いかおもいしってほしかった」
ノアはユグドラの発言に眉をひそめる。
「単刀直入に言おう。ノアくん、ボクたちの仲間にならないか?」
「ならない」
半分意地で答えたかもしれない。しかしノアは仲良しごっこで余計な時間を過ごす気など、もうとうなかった。
「もう少し考えてみてくれないかな?うーん、そうだね。このままだとキミの願いは叶わない?」
「ッなんだと? お前に僕の何がわかるっていうんだ」
何を切り捨ててもやり遂げる覚悟だってある。それをさっき初めて会ったばかりの赤の他人に断言されるほど不快なものはない。
ノアはユグドラに鋭い視線を向ける。しかしユグドラは余裕の姿勢を崩さず、ノアの大仰な反応を宥めるように微笑む。
「まぁまぁ、そう怒らないでくれよ。このままだとって言っただろう。 自分でもわかっているんじゃないかな?今のやり方ではダメだって。これだけは言わせてもらおう。 人生っていうのは一直線だけが近道ではないよ」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味さ。一人で走り続けるよりも他の人たちを助け、繋がりをもち助けてもらう。 それこそが簡単かつ迅速な方法だってこと。 要は助け合いが大事って言いたいのさ。 一人だと必ず限界が来る。 というかキミ、ボクに興味ゼロだね。なんで鎖に繋がれているのか〜とか気にならないの? 見てくれは悪くないと自分では思っているんだけど?」
「……僕には何が足りない?」
「ふふ、やれやれだよ。そうだね、うん。望みのためならプライドをも捨てられる。とても賢いよ。でも、まだ完全に感情を捨てきれていない。怒りや憎しみは生きる糧となるかもしれないけど戦いでは枷にしかならないよ。そしてさっきも言ったとおりキミは弱い。 足りないのは力だ。 力といっても単純な腕力じゃない。 財力も権力も暴力も智力もキミにはない」
「…………」
パン!っとユグドラは手を叩いて衝撃で空気を振動させた。
「な、なんだ」
ノアはいつのまにか俯いて下に向けていた視線を上げユグドラの顔を見る。するとユグドラは不敵に笑い、立ち上がる。
「なにを落ち込む必要がある! 無いなら補えばいい。足りないなら蓄えればいい。 ボクがキミに力を貸そう。 そうすればキミはまだまだ成長できる。キミの願いも叶うだろうさ。 断言するよ」
長く黒い髪がノアの周りを漂い、絡みついてくるのを感じる。ユグドラの手を取ることがこの世界で最も最善の方法だと思えるほどのオーラを感じる。
「なんで、そこまで僕を仲間に入れたがるんだ? 何が目的なんだ?」
「まぁ、落ち着いてくれよ。さっき言っただろう?助け合いだ。下界の東区、西区、南区にも違う組織は存在していてね、このタルタロスはまだまだ弱く、他の組織に巻き込まれたら掻き消されてしまうほどでね。キミを連れてきた男、バッカスくんとあと数人しか戦闘員がいない状態なんだ。 だからこの組織にキミが入って組織とともに成長してほしいんだよ」
「僕が聞きたいのはそのあとだ。皆を強くし組織を成長させあなたは何をしたい?」
ユグドラは眉をあげた後、足元にジャラジャラと音を立てて引きずっている鎖を指でなぞりながら答えた。
「あはは、鋭いね。 そう、皆は何かしら野望、願望、欲望を持っている。信念を持っていないやつはここでは真っ先に死ぬだろう。信念が強いやつほどそいつは強い」
「野望……」
「そうさ。 この忌まわしい鎖から解放される。それがボクの願いであり、野望だ。この鎖は特殊でね、壊すことができないんだ。そこでだ!キミに遺跡のどこかにある『デュランダルの宝剣』。それを探して欲しいのさ。それさえ手にいれればこの鎖を断ち切ることも可能なんだ。 だからキミには遺跡を十分に探索できる力をつけてもらわないと困る。 キミの願いもその先にある聖杯だろう?キミがゴールにたどり着く手助けをする代わりに、その剣を探し出してもらう。まぁついでみたいなものだ。 悪い話じゃないだろう?」
「僕のことをどこまで知っている……」
「全てさ。 なぜここに来たのも、ここに来て何をしていたのも。ここに来る前のことも、ね。 だがなぜ知っているか、なんで捕らえられているかは今は答えられない」
ユグドラは力を持っている、ノアの名前も目的も何故か最初からこの人は知っている。手を組めば確かに聖杯にたどり着けるかもしれない。そう感じ取れてしまう。
それならば、利用してやろう。どんなことをしてでも強い信念を貫き通してやろう。考えがまとまると出る答えは一つだった。
「わかった。この組織に入ろう」
ノアの返答に満足げに笑うユグドラは、手を大きく広げて歓迎する。
「うん、これからよろしく。改めてようこそ、タルタロスへ。」
ノアはボス、ユグドラからその後の話をして部屋から出た。するとノアをここへ連れてきた男、バッカスという名の男は胡座をかいてノアを待っていた。
「やっと終わったか。ついてこい、俺のことは聞いてるな?今日からお前の訓練をする。ちと面倒くさいがボスの言いつけだ」
「ああ、わかったッ⁉︎!!グゥ」
頷いてバッカスについて行こうと歩き始めようとした瞬間、ノアは浮遊感に襲われ壁まで吹き飛んだ。
「今からお前の師になるんだ。目上の人に敬語くらい使え」
「……ゴホッ。 わかり、ました」
「ふん、使えるじゃないか。さっさとこい」
ノアは激しく咳き込み身体を起こす。
訳もわからず吹き飛ばされたこだ。あまりにも速い一撃で、腹を蹴り上げられたことに気づかなかった。それは悔しいことだ。哀れなことだ。だが、こんなところで挫けてられない。
(この男も利用して……僕は成り上がる)
バッカスについて行くと石造りのドーム状の建物についた。中は広く、まさに訓練をする場所という印象だった。
キョロキョロと辺りを見回していると、またバッカスがノアの腹部に蹴りを入れた。
「ゴァッ、なにを!」
「殺し合いだとお前死んでいた。 戦いの始まりに合図がいちいち欲しいのか? 隙を見せるな」
あまりに理不尽だ。鍛えてくれるんじゃなかったのか。そんな文句を言う暇すら与えてもらえず、唐突に殴り合いが始まりこの日はひたすらバッカスと戦った。
散々身体に蹴りを叩き込まれ、何度嘔吐したかは10回より上は数えていない。なにか動きに無駄があれば顔に蹴りをもらった。
「いいか、ここは俺のやり方でやらせてもらう。まずは蹴りを覚えてもらう。蹴りの威力は拳の数倍以上発揮できる。腕はガードや武器を振るうことに使え。まぁ、口で説明するより身体で覚えた方が早いだろ。さ、効率よくいこう」
バッカスの風を切る蹴りがノアの太腿を削る。
「ステップはもっと早く刻め」
注意とともに蹴りが飛び、まともに避けれずノアの顔が潰される。
「余計なもんまでガードするな。 避けれるものは出来るだけ避けろ。体力を無駄に削るな」
蹴りを防いだことによって、ノアは体勢が大きく崩れ横腹に一撃を貰う。
「相手を見て動くんじゃない、予測しろ。相手の予備動作を見てどんな攻撃が来るのか予測してから行動しろ。戦いの中で最も大切なのは予測だ」
ほとんど予備動作のない攻撃を連続で繰り出すバッカスに、ノアはなすすべもなく叩き潰され地に沈む。ノアは血だらけになりながらも、立ち上がりはするが、流石に身体がもういうことを聞かなかった。
「まぁこんなもんか、お前はまず体がなってない。今日はもう終わりだ。 次にやるまでに鍛えておけ」
バッカスはその言葉だけ言うと階段を上って出ていき、返事をする余裕すらノアにはなかった。
(一度も蹴りを避けられなかったな。 ぅっ…身体が軋む)
ノアは口の中に溜まっている血を吐き出すと、腕をついてなんとか体を持ち上げ、そのまま腕立てを始める。確かにバッカスの言うとおりノアは身体を鍛える必要があった。ノアは筋肉がほとんどなく、痩せ細っている。おそらくバッカスはまだまだ蹴りに力を入れていないだろう。それでも防ぎきれずに吹き飛ばされてしまうのだ。
「強くなってやる、成り上がってやる。絶対に」
ノアは血と汗を流しながらひたすら身体にムチを打ちつづけた。憎悪や怒りこそが、ノアを動かす力の源であった。




