54.変化。
―ボルチャスリ視点―
ふと目が覚めると、孫蜘蛛達の姿が見えた。
その事にフッと笑みが浮かぶ。
最初の頃は、いつもいるので戸惑った。
でも今は、いないと寂しいと感じてしまうのだから面白い。
本当に孫蜘蛛達は、不思議な存在だ。
部屋にある時計を見る。
朝かな?
夜かな?
たぶん……朝だろう。
「おはよう」
私が声を掛けると、孫蜘蛛達が一斉に前脚を上げてくれる。
それに小さく笑って、手を振る。
「今日も、不思議なほど目覚めが良いですね」
私と孫蜘蛛達しかいない空間に、私の楽し気な声が響く。
「そろそろかな」
起きてしばらくすると、いつもゴーレムが来てくれる。
何回か経験すると、彼等が来るまでの時間が分かった。
起きてから5分以内。
それ以上の時間が掛った事は、今のところ一度もない。
「おはようございます。気分はどうですか?」
来た。
壁に掛かっている時計を確かめる。
今日は2分5秒か。
いつもより、早いな。
「大丈夫です。とても気持ちがいいです」
魔界では経験した事がない気持ちよさ。
頭がすっきりして、なにより爽快だ。
それに今日はなんだか、体が軽い気がする。
力を失ったせいで、重りを付けたようなしんどさをずっと感じていたのだが、それが今日は無い。
「それは、良かったです」
私の言葉に、ホッとした様子で頷くゴーレム。
その様子に笑みが浮かぶ。
と、同時に何処かこそばゆい気持ちにもなる。
なんとも不思議な気持ちだ。
「力に変化はありますか? 昨日と比べてどうでしょう?」
「そうですね……」
ゴーレムの質問に、内を流れる魔神力と闇の魔力に意識を向ける。
「今日も、力が増えているのを感じます」
捕まっている間は力が全く回復しなかったのに、今日も回復している。
そういえば、檻の中で自分の力を調べた時に、力に濁りを感じたのだが……今は感じない?
魔神力と闇の魔力をそれぞれ調べてみる。
やはり、濁りがなくなっている。
「どうかしましたか?」
この事を言うべきか?
だがこれは私にとって、致命的な弱点になるかもしれない。
私を見ているゴーレムに視線を向ける。
彼等には、表情が無い。
なのに、何故か心配している様子が分かる。
バカだな、私は。
今の私は、目の前のゴーレムよりはるかに弱い。
こんな私の弱点を知ったところで、どうするというのか。
「檻の中で力を調べた時に、力に濁りを感じたんです。ですが、今は消えています」
私の言葉に、ゴーレムが少し考え込む。
そして、落ち込んでしまった。
それに首を傾げる。
「すみません。その症状を私は知りません。えっと、調べますから待っていてください。今は、濁りを感じないんですね?」
そんなに申し訳なく思う事は無いんだけれど。
弱点とか考えた私が、屑みたいだ。
「あぁ、今は綺麗な……魔神力や闇の魔力を綺麗と言っていいのか分からないですが、濁りは無いです」
どうして、魔神力や闇の魔力を綺麗と表現したんだ?
この力は負の感情を煽る……この世界では魔神力も闇の魔力も負の感情を煽っていないな。
「この世界の魔神力と闇の魔力は守る力です。しかも主が生み出しているので綺麗なのは当然です」
えっ?
魔神力や闇の魔力が守る力?
負の感情を煽るのではなく、守る。
そうか。
優しく包まれている様に感じるのは、守られているからなのか。
かなり長く生きたが、魔神力や闇の魔力に私の知らない力があるとは驚きだ。
「これほど長く話したのは初めてですが、疲れていませんか?」
「あっ、そうですね」
いつもは話しているとすぐに疲れるから、簡単な問診だけだった。
あれ?
何気に腕を天井に向けて伸ばしてみる。
「どうしました? 痛みがあるんですか?」
急な私の行動に焦った様子のゴーレム。
それにクスっと笑ってしまう。
「えっ?」
私が笑った事に気付いたのか、戸惑った様子で首を傾げるゴーレム。
「大丈夫です。なんだか今日は、全く疲れないんです」
昨日までとは全く違う体の様子に、首を傾げる。
こんなに体が動くのは、いつぶりだろうか?
「もしかして立てるかな?」
私の言葉に、ゴーレムが何かを持って来るのが見えた。
そしてそれをベッドの傍に置く。
「立ち上がる時に、使って下さい」
どうやら、立ち上がる時にサポートしてくれる手すりのようだ。
体を移動して座ると、手すりを掴んで体を持ち上げる。
「あれ?」
思ったより簡単に立ち上がれた。
あぁでも、全く歩いていなかったから足が震えているな。
「立てましたね」
「本当ですね! 良かったです!」
ゴーレムの声に歓喜が混じる。
それに胸の中が温かくなる。
パタパタパタ。
んっ?
なんの音だろう?
「孫蜘蛛達か?」
どうやら孫蜘蛛達が一斉にどこかに行ってしまったようだ。
いや、残っている孫蜘蛛達もいるな。
「あぁ、皆に知らせに言ったのでしょう」
「皆ですか?」
誰の事だろう?
「はい。私の仲間達が皆、心配していましたから」
ゴーレムの仲間達。
それは、翔の部下達だろうか?
「なぜですか?」
どうして、会った事もない私を心配するのだろう?
「主の大切なお客様です。なによりボルチャスリ様は、長きにわたり魔界を守ってきた尊敬できる魔神です」
「尊敬ですか?」
「そうです。長い時間、魔神や魔族を守り導いてきたボルチャスリ様は尊敬するに値します」
ゴーレムの言葉に、どこかがじんわり温まるのを感じた。
今まで感じた事のない温かさ。
何となく胸元をギュッと握る。
「そうですか」
尊敬……尊敬してもらえるのか。
「うわっ」
体からフッと力が抜けてしまう。
慌てて、持ち手に寄り掛かったので転倒はしなかったが、焦った。
「大丈夫ですか?」
ビックリした。
「あぁ、良い所に。親蜘蛛さん、ちょっと糸を使って体を支えて下さい」
んっ?
ふわっと体が浮くので少し焦る。
「ボルチャスリ様、大丈夫です。体から力を抜いて下さい」
ゴーレムの言葉に、疑問を感じる事もなく体から力が抜ける。
気付けば、ベッドの上にそっと下ろされていた。
「何が?」
あれ?
体に紐が絡みついているのか?
あっ、紐が勝手に動いた。
紐を追っていくと、孫蜘蛛より大きな孫蜘蛛がいた。
「親蜘蛛さん、ありがとうございます」
ゴーレムの言葉に、大きな孫蜘蛛が親蜘蛛と呼ばれるものだと知った。
「ありがとう」
「いえ、怪我が無くてよかったよ」
「……んっ?」
あれ?
今もしかして、喋ったのか?
孫蜘蛛達は話せないから、親蜘蛛も話せないと思ったけど話せるのか。
「どうした? あぁそうだ。立てたのだったな、おめでとう」
「……ありがとう」
まさか、立った事ぐらいで「おめでとう」と言われるなんて思わなかった。
翔の守る世界は、穏やかな世界なのだな。
魔界も、こんな世界を目指したかったな。
そうすれば、魔神も魔族ももっと住みやすかったのに。




