5-13 第2次修羅場大戦 勃発
主戦場はハンバーグレストランどっきりモンキーの席番号7番。
姫路先輩と九条先輩のカップル及び、俺と音無さんのコンビが、お互い向かい合って座っている。何も知らない者が見れば、高校生4人のダブルデートだと微笑ましく思うだろう。
だがその実態は、お姫様を巡る、修羅共の仁義なき戦いだった。
そして決闘場の脇にはもちろん実況席(俺)を設置。
帰ってもいいですか?
「音無ちゃん久しぶりー」
おっとお、決闘開始のゴングが鳴る前に、九条選手のジャブ。まずは様子見といったところでしょうか?
「ぼくは顔すら見たくなかったよ」
挑発に乗せられ、音無選手が右ストレートを繰り出します!
「やだー、まだ根に持ってるの?」
しかし九条選手は涼しい顔で受け流す。
「それにー、アレは男子の方から勝手に言い寄って来ただけ。私悪くないもん」
九条選手のワンツーフック! 音無選手は威嚇攻撃で反撃!
「やだー、恐ーい」
九条選手。威嚇に怯えた様子を見せますが、表情は余裕です。そして音無選手を挑発するー!。
「ちょっと! 離れなさいよ!!」
「もう別れたんでしょ? 関係なくない」
九条選手のカウンターパンチがヒット! 音無選手、堪らず膝を屈してしまいます。
「で、でも、ここ店の中だし、非常識だよ!」
音無選手、死に物狂いで反撃に転じます。
「はあ? 抱き着くぐらい別にいーだろ。恋人同士なんだから」
九条選手のアッパーカットが綺麗に決まったあああ!!
音無選手ダウン!
ワン……ツー……
「切江。余り音無をからかうな」
おっと、まさかのお姫様が戦いに乱入! コレは面白くなってきました。
「音無もそうカッカすんなって。田中と付き合い始めたんだろ」
しかしお姫様、まさかの実況席(俺)でフルスウィング!
いけません。実況席を凶器にしてはいけません。反則です。ホント勘弁してください。
「違います! 俺達付き合ってません!」
決闘場に無理矢理昇らされた実況席が文句を言ってます。というかこの実況席喋るぞー!
「なーんだ! やっぱりそうだったの。おかしいと思った」
九条選手は嬉しそうに勝利の舞を踊ります。
「……おれとしては2人が付き合ってくれると嬉しいんだがな」
「えー、音無さんには勿体ないよー」
お姫様と九条選手の愛のツープラトンアタック! 音無選手は完全に撃沈してしまいました。
「でもでもー、田中くんだっけ? イッッッケメンだよねー。彼女居ないの?」
おっと九条選手、何故か実況席に興味があるようです。
「居ませんけど……」
「まさかのフリー!? 私、手を挙げちゃおっかなー」
何と九条選手、実況席でお姫様に襲い掛かりました! 意味が分かりません!
「駄目だ。田中は音無と付き合うんだ」
しかしお姫様、九条選手の攻撃を難なく躱して反撃。でも反撃の方向が明後日を向いています。もはや理解不能です。
「なんでそんなに俺と音無さんをくっ付けたがるんですか?」
「音無はいい奴だ。田中もいい奴だ。いい奴はいい奴同士で付き合うのが一番ってな」
「だから音無さんとはただの友達で……」
「あ、童貞を気にしてんのか?」
実 況 席 完 全 破 壊 !
はい終わり。修羅場の空気に耐えかねて脳内実況していたけれども、もう終わり。
無視だ無視。インセクト。フンッ!
「でもでもー、姫路くんひどくなーい? それって言外に私を悪い奴だって言ってなーい?」
「オウ。切江はどうしようもない女だ。だから田中には相応しくない」
「……ハ?」
九条先輩の気温が急下降した。
「え? ごめん聞こえなかった。姫路くん。どういう意味?」
「だから、どうしようもないアバズレは、おれみたいなどうしようもないヤリチンが相応しいってな」
「ハ? 何それ? 私のこと、そんな目で見てたの?」
ピキリピキリと、ガラスにヒビが入っているかのような音が聞こえる。
「人手不足なんでしょ? そんな酷いこと言うと、演劇部に入ってあげないよ」
ニヤリと笑いながら、九条先輩は高圧的に言った。
「いつおれが入ってくれと頼んだ? アンタは演劇部に要らねえっての」
姫路先輩が冷たく突き放す。恋人に向ける声では無かった。
「でも、あたし可愛いよ」
「おれの方が可愛い」
その切り替えしスゲエな。姫路先輩以外真似できねえ。
「何それ。何様のつもり? そんなんだと、もう相手して上げないよ」
「別にいいぜ。イマイチだったしな」
バシャッ!
「モモくん!」
音に驚き、伏せていた顔を上げる音無さん。
顔を真っ赤にした九条先輩が、水差しの中身を姫路先輩の頭にぶちまけていた。
そして九条先輩の暴挙を避けようともせず、腹を立てた様子すら見せない姫路先輩。
「……気が済んだか?」
そう告げる姫路先輩の声は、彼女を憐れんでいるようでもあった。九条先輩は空になった水差しを投げるようにテーブルの上に置いてから、何も言わずに席を立ち、店から出て行く。
俺と音無さんは、その後ろ姿を目で追うことしかできなかった。姫路先輩に至っては、振り向くことすらしなかった。
「……追い駆けなくていいんですか? 恋人同士、なんですよね?」
「さっきまで……な」
騒ぎを聞きつけた店員が「大丈夫ですか!?」と駆け寄ってきた。姫路先輩は「大丈夫だ」と追い返そうとしたが、俺は店員にタオルと雑巾を持ってきてくれとお願いした。
「大丈夫だっての」
「馬鹿言わないで下さい。濡れたままは店にも迷惑です」
やがて店員がタオルと雑巾を2枚ずつ持ってきた。タオルを姫路先輩に渡し、俺と音無さんは雑巾を手に取る。
「……ワリイな」
姫路先輩が頭を拭きながら小さく呟いた。
「どうしてあんなことを言ったんですか?」
俺は床を拭きながら姫路先輩に尋ねる。
「さあ、何でだろうなあ……」
どこか疲れた声の姫路先輩。
「ま、おれがどうしようもねえゲロ野郎ってところだ」
「違うよ!」
音無先輩が姫路先輩の言葉を否定する。
「どうして? おれは空の弁当を捨てたゲロ野郎だ」
「で、でも、それは量が多すぎたからで……」
「ハッ! おめでてえ奴ってな」
姫路先輩は財布を取り出し、水を拭き取り終えたテーブルの上に千円札を3枚無造作に置いた。
「帰る。ワリイがおれと九条の分の会計も一緒に済ましといてくれ。釣りは迷惑料ってことで」
姫路先輩はそう言って、逃げる様に店を後にした。
姫路先輩の小さな背中を見て、つと、彼の発言を思い出した。
おれは空の弁当を捨てたゲロ野郎だ。
……そうか、スムージーって手もあるのか。
おれが空に見合わねえってな。
そして、トイレでの酸っぱい臭い。
もしかして姫路先輩は……だとすると、俺ではどうにもできない問題だ。
ならば……
『おい……それはお節介にも程がねえか』
俺の中の"ニンゲン"が囁く。
『つーかよ、迷惑行為じゃねえか』
そうだね。本人はとても嫌がるだろう。
『だよな。じゃあヤメロ』
嫌だね。
『オマエだって嫌だろ。プライドが傷つくだろ』
そうだね。
でも、だからこそ俺はそうすべきだと思うのだ。
もし俺の想像通りなら、強引に……無理やりにでも彼を連れて行く。
『説得できんのか?』
してみせる。絶対に。
『そうか。じゃあ精々頑張りな馬鹿魔王。悪い結果にならないことだけ、祈っといてやるよ』
悪い結果になんて絶対にさせない。
だから俺は、魔王としてのお仕事を働くまで。
「音無さん。姫路先輩の住所を教えて下さい」




