5-14 姫を攫うのは魔王のお仕事
8月4日土曜日。
九条ともケジメを付け、おれは再びフリーになった。
いつもなら直ぐにでも新しい彼女を探すのだが、珍しくそうしなかった。
故にここ数日間、おれは碌に外出しておらず、誰とも会わず、その殆どを自宅で過ごしていた。
しかし……いい加減人肌恋しくなってきた。そういや、明日は花火大会じゃねえか。そこで適当に女を釣ろう。そうしよう。
……イマイチ気乗りしねえ。
ピンポーン。
呼び出しベルの無機質な音が1つ。
おれは面倒に思いながらも布団から起き上がり、寝るときに着ていたジャージ姿のまま玄関に向かった。そして起き抜けのボケっとした頭のまま、覗き穴から来訪者を確認せずに扉を開ける。
「2日ぶりだな姫よ。今宵は魔王たる俺様が――」
バタン!
「んだよ、まだ朝の10時かよ……」
おれは欠伸しながら布団の中に戻り、2度寝することにした。
ピンポーン。ピンポーン。ピンポンピンポンピンポンピンポーン。
しかし変態はインターホンを連打し、おれの安らかな眠りを妨害してきやがる。ウゼエ……
ピン♪ ピン♪ ピンピピピンポーン♪
ピピン♪ ピン♪ ピ♪ ピンポーン♪
『HEY!』
ピピン♪ ピン♪ ピ♪ ピンポーン♪
『YEAH!』
「ゲロウゼエ!」
呼び出しベルが連打されるのみだったら、おれは完全無視を貫けただろう。だが小気味よいリズムを刻まれると、もーウゼエ。しかも合いの手まで入れてきやがった。ゲロウゼエ。
「何の用だ!」
おれは近所迷惑を顧みず、騒々しく玄関を開けた。
玄関前には吸血鬼のようなマントを羽織り、頭に作り物の山羊の角を装着した田中が立っていた。
ンだよそのダッサいコスプレ。ゲロじゃねえの?
「姫よ。第5階位騒音法術ビート・ベルリングに耐え切れぬとは、まだまだだな」
「ゲロウゼエ! ハロウィンはまだ先だ!」
付き合い切れず、おれは扉を閉める。だが田中もそれを予測していたのか、右足を素早く差し込んできた。
「アウチ!」
「あっ、ワリイ」
扉の角の部分で、田中の右足の、丁度小指辺りを挟んでしまった。勢いをつけて閉じたため、相当痛いに違いない。
田中は痛そうに顔を歪めつつも、尊大な態度で言葉を並べる。
「フククククク……姫よ。俺様来訪の目的が分からず、困惑しているな?」
「チゲエよ。アンタのイかれた姿に困惑してんだっての」
「今宵来訪した我が目的を告げよう」
「まだ朝だっての」
「俺様は魔王だ。そして魔王と言えば姫の誘拐」
「アタマ大丈夫か?」
「即ち、俺様は貴様を攫いに来たのだワハハハハハハ!!」
「ポリ公呼ぶぞ」
「フフン。ならば正義の使者到来前に事を成すのみ!」
田中は扉を力任せでこじ開けてきた。おれってば可愛くて非力だから、割とガタイのいい田中に力比べで敵う筈がない。チェーンかけときゃよかったと後悔した。
そして田中に捕らえられてしまった可愛いおれはお姫様抱っこされてしまう。流石に可愛いおれでも、これは屈辱!
「降ろせ変態!」
「フククククク……姫よ。魔王たる俺様が貴様に真名を与えよう」
「ゲロウゼエ!」
「貴様の真名は色魔プリンセス・ピーチだワハハハハハハ!!」
「直球だな。著作権大丈夫か?」
「大丈夫。人事を尽くして天命を待つ会社は心が広いって、俺様信じてる」
ゲロ田中はおれをお姫様抱っこしたまま、アパートの階段を駆け下りる。
「アッ! 玄関の鍵閉めてない!」
「そういやそうだな」
「姫路先輩。これから誘拐するんで、鍵を閉めてきて下さい」
「オウ」
田中は玄関前まで戻り、おれを一旦降ろした。ジャージのポケットに鍵が入れたままだったため、おれは家の中に戻る手間を省いて戸締りを完了。そして田中は再びおれをお姫様抱っこ。今度こそアパートの階段を駆け下りた。
あれ? おれってば逃げるチャンスだったんじゃねえか? 田中のアホが伝染したのかもしれねえな。中二病ってうつるもんなんだな。コエエ。
アパート前の来客者用の駐車場には見慣れない黒塗りの車が停車していて、田中はそこを目指していた。
「ガチで誘拐かよ!」
「安心しろプリンセス・ピーチ」
「出来るか!」
「悪いようにはしない」
「ゲロウゼエ!」
後部座席の扉がタクシーのように自動で開き、おれはそこに投げ込まれ――いや、丁寧に降ろされた。変なところで紳士的な奴だ。
「ヤッホー姫ちゃん。お久しぶり」
そこに聞き覚えのある可愛い声。おれには負けるが。
「ハ? カオリっち!? 何で?」
運転席にオカマバー「まりりんダイニング」の看板娘こと、カオリが運転席に座っていた。おれとカオリは、とある事情で顔見知りだった。こうして直接会うのは……約1年ぶりだ。
「二郎君にお願いされてね。あたし色男の頼みは断れないの」
そう言って、カオリはウインクした。相変わらず巨漢の癖に可愛い。おれには負けるが。
「何だ2人は知り合いだったのか」
助手席に乗り込んだ田中が意外そうな声を上げた。それはおれの台詞でもある。
「ちょっとね……じゃあ行くわよ」
カオリはアクセルを踏み車を発進させた。みるみるアパートが小さくなっていく。
ガチで何処に連れて行く気なんだよ……
そして車を走らせること数十分、目的地に辿り着いたのか、カオリは駐車場に車を停車させた。
駐車場の看板には、こう書かれていた。
『田中きらめきメンタルクリニック』




