2-8 ベーコンレタスを学ぼう 熱弁編
俺自身も、高校生になってからは己の病を隠してきたため、BL好きであるにも関わらずそれを隠すという、蜂谷先輩の行動に、どこか親近感めいたものを抱いた。だからBLというものに興味を持ち、わざわざツルヤでレンタルしたのだ。
本の内容を楽しむことはできなかったが、作者の『これが大好き!』という熱量は伝わってきた。だから、こういうのが好きな人は好きなのだろうと納得した。しかし、どうしても理解できないことがあった。
何故、蜂谷先輩は大好きなはずのBLを、あそこまで悪く言うのだろうか?
普通、人は自分の趣味趣向を隠しこそすれど、主立って貶したりはしない。好きなものに対し、否定的な意見を口にするのは、それだけでストレスになるからだ。
しかし、蜂谷先輩は強制されてないにも関わらず、自ら進んで踏み絵をするようにBLを罵倒する。それが俺には理解できなかった。同時に悲しいことだと思った。
俺は先輩の真意を確かめるべく、あえてBLを悪く言い――まあ8割は正直な感想なのだが――彼の神経を逆撫でした。果たして彼は、一緒になってBLを貶すのか、それとも業を切らし反論するのか。結果は後者だった。
「BLの良さとは、シチュエーションに萌えることである!」
蜂谷先輩は、注文したホットミルクティーを口を付けた後、高々とそう宣言した。
「燃える? BLとは実は高度なバトル物だったのか」
「その燃えるじゃない。草冠の方の萌える」
俺のボケに対し、信長が流れるように訂正した。
「萌える? 草木が萌えるの萌える? BLとは実は自然環境を題材にしたエコロジーなものだったのか」
「いやそれも違……もうメンドイから、それでいいんじゃね」
「良くない! 全ッ然ッ良くないぞ!」
蜂谷先輩は大きく深呼吸をしてから、話を続ける。
「まさか萌えから説明しなければならないとは……萌えとは『ときめき』である! さすがに『ときめき』の意味は分かるな?」
「巨乳を見て嬉しくなったり、透けて見える下着に心躍らせることです」
「……何かが違う気もするが、とりあえずその理解でいいぞ。っていうかおヌシ意外とムッツリだな」
「失礼な。俺はオープンだ」
偶にこういった勘違いをされるが、俺は極めて健全な男子高生である。
「そ、そうか……まあいい。とにかく、BLとはシチュエーションに萌える、言い換えれば、男同士の境遇・立場・状態に『ときめく』ことである」
先輩は一度咳払いをした。
咳払いは重要な話が始まる前兆だ。俺はより深く耳を傾けた。
「さて、ここに鍋があるとしよう」
「……ハイ?」
傾けた耳に水を注がれた気分だ。何故ここで、BLとは無関係の調理器具が話題に出るのだ?
困惑する俺と信長を余所に、蜂谷先輩は話を続ける。
「そして、鍋の上に蓋がある。さて、鍋と蓋が何故丸い形なのか知っているか?」
「蓋が落ちたりして、鍋の中に入らないようにするため、ですけど……」
「その通り!」
そしてBeeL腐劇場が始まった。
「そう、蓋は決して鍋の中に入ることができない。鍋はどんなに頑張ろうとも、精々蓋の先っちょまでしか受け入れることができない。鍋と蓋は誰よりも長く、誰よりも近くで生涯を共に過ごしてきたが、決して決ッして深く交わる事はできないんだぞ。蓋の全てを受け挿れられぬ、不甲斐ない自分を恥じる鍋。気にするなと励まし、そっと鍋を閉じる蓋。何というイケメン」
「先輩」
「ああでも! 2人の仲を引き裂く者が……おたまだ。おたまは鍋と蓋の絆を易々とこじ開け、己の細長い体を挿れる! そして鍋の体内をかき混ぜる!
『駄目。見ないで蓋。ボクはこんな奴には絶対に負けない。だから信じて待ってて!』
だが、健気な鍋を嘲笑うかのように、おたまは速度を上げ、ナカをグルグルグルグル掻き混ぜる。おたまの先っぽが底に触れる度、鍋は感じてしまう。何という鬼畜! ごはんおかわり!」
「先パァイ!!」
「だがしかぁし! それだけでは終わらないんだぞ。菜箸が。木べらが。鉄串が。泡だて器が。次々と鍋に群がる、飢えた調理器具たち。鍋は彼等の体を一身に受けとめざるを得ず、絶え間なく与えられる快感に、遂に陥落してしまう。全身を燃えるように熱くしつつ、グツグツと嬌声を上げてしまうんだぞ。もう鍋は快楽の虜。その様子を近くで見ていることしかできない蓋は、裏についた水滴を垂らして、己の無力さを咽び泣く……どうだ? 切なくて萌えるであろう」
「意味が分かりません」
俺は乾いた声で即答した。相手の趣味を否定したくは無いのだが、余りにもインパクトが強すぎて反射的に言葉が飛び出てしまった。
「ヤバイ。この先輩上級者過ぎる。汚超腐人クラスだ」
信長は顔を青ざめさせて言った。おちょうふじん、の意味は知らないが、何となくニュアンスは理解した。
信長は、少なくとも俺よりはオタク界隈に詳しいし……色々と解説してくれるだろうと思って連れてきたのだが、蜂谷先輩のぶっ飛びっぷりにタジタジのようだ。
「そうか……じゃあこれならどうだ」
「よく分からないのがよく分かったのでもういいです」
これ以上は精神が汚される気がしため、即効で拒否した。
「MENMAと言う忍者を題材にした少年漫画がある」
しかし、先輩はまるで聞いちゃいなかった。しかもBL漫画ではなく、少年漫画が話題に出されたことに、例えようもない悪寒が背筋を走る。
BeeL腐劇場、再演。
「あれは少年漫画で有りながら、中々に衝撃的な始まり方をする。開始数ページで、主人公のメンマとライバルのゴエモンは事故チューしてしまうんだぞ。事故チューから始まる恋……実に王道。ゴエメン最高!」
「止めて」
「だが、当初はその一件からより険悪になる2人の仲。しかし数多の任務をこなす内に、互いは互いを認め合っていくようになる。徐々に縮まる2人の仲。だが! もはや夫婦とも言える二人の仲を引き裂く事件が! ゴエモンの両親を殺したのは、メンマの親であることが判明する。復讐に燃えるゴエモンは主人公を殺そうと襲い掛かる。何という運命の悪戯! 何という悲恋!」
「止めて」
「実力は拮抗し、互いに一歩も譲らない。だが僅差でメンマは敗北してしまう。倒れて動けぬメンマ。ゴエモンはクナイを振り下ろす。しかし、次の瞬間メンマとの思い出がゴエモンを襲う。その中にはあの事故チューも! ゴエモンは寸前で思い留まり、メンマの元を去って行く。その後目覚めたメンマは、ゴエモンを連れ戻そうと追いかける。何なのこの夫婦。末永く爆発しろ」
「ホント止めて」
「その後紆余曲折あって、メンマはゴエモンを連れ戻すことに成功する。最終的には裏切り者として処刑されそうになるゴエモンのことを、メンマは身を挺して庇う。なんなの? もはやセックスだぞ。尊い」
「何がじゃ!」
思わず叫んでいた。
好きな漫画がゲチョゲチョに穢された気分だった。
「そ、そうか……分かりやすいように、田中君の読んだことのある漫画を例に挙げてみたんだが」
「そんな気遣い結構です」
「つーか正直ドン引きじゃね」
信長が歯に衣着せず呟いた。
その言葉で、蜂谷先輩の顔が歪んだ。
犯した罪の大きさに咽び泣く殺人犯のように、彼の顔がくしゃくしゃに歪められたのだ。




