1-12 あれ? もしかして中二症治った?
「フククククク。世に出ことなき無垢の仔よ。貴様等に更なる責め苦を与えてやろう」
俺様は穢れを知らぬ無垢の仔を、煮えたぎる透明なマグマの中へと入れる。無垢の仔は何一つ叫び声を上げることなく、その中へ身を落とした。
「ワハハハハハ! 潔いな。本能的に抵抗など意味無しと判断したか。懸命だ。貴様も見習ってはどうだ」
無垢の仔とは対照的に、緋色の咎人は苦しみで悲鳴を上げていた。
パチッ! パチパチッ!!!
咎人は円形処刑場で大量の汗を流し、桃色の肌が黒く焦げ始めていた。
「フククククク。これで終わりかと思ったか? 甘いぞ!」
俺様は咎人を裏返し、両面をしっかり拷問する。
「さて、こちらの様子はどうかな?」
俺様は電熱炙焼拷問装置に取り付けられているレバーを一気に引き上げた。すると、2体の正方天使が見るも無残な姿で飛び出した。
「ワハハハハハ! 自慢の純白の肌が、綺麗な狐色に焼けておるぞ。いい香りだ。貴様の顔に丑の血液から錬成した劇物バ・ターを塗りたくってやろう」
次に、俺様は暗黒低温牢獄の中から、コロコロと丸く太った薄緑色の罪人と、紅き子供を6人取り出した。
そして残虐にも! 薄緑色の罪人の皮を手で一枚一枚剥いでいく。
ペリッ! ペリペリッ!
「今日はこのくらいにしておいてやろう」
3枚くらい皮を剥いでから、俺は罪人を暗黒低温牢獄に収監した。
「さて貴様等はこうだ!」
紅き子供達から、受け継がれし緑色の帽子を無慈悲にも奪い取る。
ブチリ! ブチリ!
「覚悟せよ、本番はここからだ!」
薄緑色の罪人を細かく引き千切る。真紅の子供達は真っ二つに両断。さらに茹で上がったゆで卵じゃなくて無垢の仔は輪切りだ。なんと残虐な仕打ち! まさに魔王の所業!
「仕上げだ!」
哀れな生贄共を皿の上に並べ、特に意味も無く高い位置から乳白色の毒液を降り注ぐ。後は余っていたクルトンを適当にまぶせば……
「ワハハハハハ! 緑と赤と白の狂宴の完成だ!」
「二郎君おはよう」
突如、背後から欠伸を噛み殺した声。振り返ると、寝癖で頭が爆発した父さんが立っていた。
「ホワッ!! いつからそこに」
「もの凄い笑顔でトーストにバターを塗り始めた辺りから」
だったら先に声をかけて欲しい。のんびりと観察しないで欲しい。これから朝食だというのに、恥ずかしくて顔を合わせづらいではないか。
父さんはニヤニヤと笑っていた。何とも意地の悪い笑顔だ。
「今日の朝食はシーザーサラダに、カリカリベーコンとバタートーストか」
「後オニオンスープ。あ、お湯沸かすの忘れてた」
俺は電気ポットのコンセントをつなぎ、電源を入れる。
「いやー、それにしても二郎君のそれ、久しぶりだね。学校で何かあった?」
背後から父さんが、どこか嬉しそうに声を掛けてきた。
「別に何も」
俺は振り返らずに、素っ気なく答える。
我が業が底が抜けた水筒のように駄々もれています、なんて口が裂けても言えない。言ったら最後、面白い症例だと根掘り葉掘り質問攻めされるだろう。それは絶対に避けたかった。
「ふうん……」
父さんは両手の親指と小指で輪を作り、その輪の内側に俺を納めた。そして、虫メガネを覗き込むかのように、ジロジロと俺を観察してくる。
その技は……まさか!?
「……大魔王たる余に隠し事なぞできぬぞ。奈落の深淵すら見抜く双璧の偉眼の前では、虚言防壁なぞ無力」
「クッ!? 大魔王よ。貴様も力を取り戻していたのか」
大魔王の復活により、我が内なる魔力が暴走し始める。
「復活したのが己のみと思うていたのか。浅慮なりジロー!」
「ウオオオオオオ何たる不覚! かくなる上は――ってごはん冷める!」
「そうだね。朝食にしようか」
父さんは冷蔵庫から麦茶を、食器棚から麦茶を注ぐための縦長グラスを取り出した。
「あ、父さん。インスタントのオニオンスープ入れるからついでにマグカップも出して」
「はいはい」
「ハイは一回でよろしい」
「はいよ」
そして、俺と父さんは何事も無かったかのようにテーブルに付き、朝食を摂り始た。
「いやー、いつもありがとうね。でも今日仕事休みだから、私の分は作らなくてもよかったのに」
「1人分も2人分も手間は変わらん。っていうか、仮にも医療従事者なんだから、休みでも朝食はしっかり食べろ。朝食抜きは体に悪いのだろう?」
「はいはい」
「ハイは一回でよろしい」
「はいよ」
父さんはテーブル上のリモコンでテレビを付け、チャンネルを3番に合わせた。NHCのニュースキャスターが、昨日の出来事を明瞭な声で読み上げていく。
「そうだ父さん。昨日色柄のシャツと白のワイシャツ一緒に入れたろ。色移りするから、分けろっていつも言ってるじゃんか」
「あれ、そうだったけ? ゴメンね」
「まったく……ブエックショイ!」
鼻がムズムズしたかと思ったら、大きなクシャミが出た。
「風邪か?」
「いや、別に熱は無いと思うのだが……ブエックショイ!」
「昨日びしょ濡れで帰ってきたから、その所為かもね。熱は測った?」
「いや、測ってない」
「朝食が済んだらすぐ測りなさい」
「……うん」
俺は鼻を啜りながら返事した。
朝食を追え、早速俺は熱を測った。
体温計には36.7℃と出た。
「頭痛は? 喉は痛くないか?」
父さんが気遣う声で尋ねてくる。
「頭は別に。喉は、なんとなくイガイガするかも」
「なんなら今日学校休むか?」
「別にそこまでのことじゃ……」
そこで一旦言葉を止めた。
朝食時の件を考えると、例の症状は未だ治ってない。この状態で学校へ行ったら、間違いなく今日も大恥をかくことになる。この風邪はきっと、今日は大人しく休みなさいという、我が敬愛する邪神からの餞別なのかもしれない。
「二郎君どうする。やっぱ学校休むか?」
だが、魔王たるこの俺様が風邪如きに膝を折るのは屈辱!
「笑止! この程度の病魔など取るに足らぬものよ」
「……さすがであるぞ余の自慢の息子! 病魔をあえて身に宿し、修練に挑むというのか。天晴れなり。ならば今日は特別に我が愛機、八岐大蛇丸にて送ってやろう」
「なんと!? まだローンが残っている上、傷付けられるのが嫌だから車庫に入れたまま滅多に出さず、何のために買ったのかよく分からない、あの高級車か! 光栄の極み」
「余は汝の親であるぞ。当然の事である」
父さんお願い空気読まないで。ホント勘弁して。どこか楽しく感じてしまうのが尚更恥ずかしいのだ。
「じゃあ出発の準備をしなさい」
俺の思いを汲んでくれたのか、それとも単に飽きただけなのか、父さんが悪乗りを止めてくれた。
「マスクしていきなさい。予備も鞄に入れておくように」
「うん」
「それに、風邪のときはコンタクトを止めて眼鏡にしなさい。父さんの貸してあげるから」
「うん」
「あと……子供はローンの心配をしなくて宜しい」
「どの口が言う!」
と、いうことで俺は学校に行く羽目になってしまった。もう、どうにでもなってしまえ。
***
車で送られたことにより、いつもよりも大分早く学校に到着した。俺は下駄箱で上靴に履き替え、教室へと向かう。
「おはよう」
俺は普通に扉を開け、普通に朝の挨拶をしつつ、普通に教室の中に入った。教室にはクラスメイトが数人しか居なかった。授業開始まで40分以上あるから、まあこんなものだろう。俺は自席に向かい、腰を下ろす。
「あ……ああ、誰かと思ったら田中か。マスクと眼鏡のコンボで、一瞬誰だか分からなかったぜ」
細木君が自席から立ち上がり、声を掛けてきた。彼はこんなに早く学校に来てるのか。
「今日はやたら早いな。どうしたんだ?」
「父さんに車で送って貰ったのだ。車って楽だね」
「そ、そうか……」
細木君は何か言いたげな視線を送ってくる。
「何か?」
「いや、その……大丈夫か?」
「問題ない。見た目は重そうに見えるけど、マスクは念のためだし、そこまで気分も悪ない。心配してくれてありがとう」
「いやまあ、それもそうなんだけどな……まあいいや。お大事に」
「おはよー」
教室の扉が開き、十字架さんが入ってきた。彼女もこんなに朝早いのか……
「おはよう十字架さん」
「……って田中君。どうしたんそれ?」
十字架さんがマスクを指差しながら尋ねてくる。
「ちょっと風邪っぽかったから念のため」
「風邪? 熱は?」
「微熱が有るか無いか程度。授業受ける分には問題ないよ」
「そっかあ、それならいいんだけど……」
十字架さんは自席に着席し、鞄の教科書、ノートを机の中へ移していく。その作業を終えると、次は英単語帳を開き読み始めた。流石は学年主席。勤勉だ。
だが、いまいち勉強に集中できていないのか、十字架さんはチラチラと、何度もこちらの様子を覗ってくる。
「何か?」
「いや……珍しく眼鏡してるなあって。田中君視力悪かったの?」
「ああ、普段はコンタクトレンズなのだが、風邪気味だからね。風邪のときコンタクトレンズは避けるべきなのだ」
「そっか、そうなんだ……」
「他にも何か?」
「べ、別に何でもないで」
そう十字架さんは取り繕うが、明らかに何か言いたそうな雰囲気だ。
「話があるなら聞くが?」
「う、ううん。話があるって言うか、その……田中君、今日は大丈夫なんだね」
「さっきも言ったけど、風邪なら平気だよ」
「いやそうやなくて、その……」
「言いたいことがあるなら、遠慮せずハッキリ言って貰って構わないよ」
そう告げると、十字架さんは意を決したのか、俺と目を真っ直ぐ合わせ、
「だって昨日、大暴走してたじゃない。何て言うかその……田中君らしからぬイタイタしい発言連発して、先生にも怒られて……」
と、気遣う声で言った。
「昨日の俺については記憶から抹消して下さい」
「いや、あれは忘れらんねえよ。ズライム発言はマジナイスだったがな」
細木君が笑いながら会話に加わってきた。
「男子は笑い過ぎ。ライム先生可哀想だった」
「本当に悪いことしたと思ってる」
だから俺は大人しく罰を享受したのだ。
……あれ?
「でも事実じゃん」
「事実でも、あの発言は駄目だ。心の中で思っていても、口に出して茶化すのは駄目だ。言った張本人がコレを言うのもアレだけど……」
俺は改めて先生に謝罪しに行こうと思った……ってあれあれ?
「噂だと、厚化粧にも何か言ったらしいけど……」
「思い出したくもないから、それについてはノーコメントで」
なお、保険医の厚井先生への謝罪予定はない。確かに暴言を吐いたと思うが、そもそもあのセクハラストーカークレイジーサイコアラフォーが悪いんだし……ってあれあれあれ?
俺はようやくソレに気付き、椅子が後ろに飛ぶほどの勢いで立ち上がった。
「ど、どうした田中?」
「ちょっと信長の所へ行ってくる!」




