四六話 ~処理~
「……次の仕事は覚悟を決めておけ。耐性も知識もない常人なら心を病んでもおかしくない辛い仕事だ」
病む程の仕事。それはいったいどれだけ過酷なものなのだろう
「俺達がやるべき仕事はあと二つ。当然のことではあるがここに囚われた一般人達の救出だ」
救出、ただそれなら病むような要素なんてないけど……
「あの…なんでそれが病むことに繋がるんですか?」
「あぁ、これをする前に絶対にやらなくてはならないことがある。もう一つの仕事がそれだ」
「それは、いったい……」
暫し口を塞ぎ、少しだけ間をおいてクルスさんは答えた
「……死体の処理だよ。今の現状、このアジトには通路だろうが何処だろうが死体が転がってるからな。一般人には刺激が強いだろ?」
「……………!」
死体の処理、読んで字の如く亡骸に加工を加える行為だ。日本で普通に生きていれば携わるようなことにはまずならない。
でも、ここでは違う。この世界では葬式なんて絶対に出来るというものじゃない。今アジトに転がっている盗賊の死体なら尚更のことだ。
人としての道を踏み外した彼等を手堅く葬ってくれる人間等殆どいない。だからこそ責任として殺した者が死体処理をしなくてはならないのだろう
「方法は単純。体を炎で焼き尽くしてから地面に埋める。それだけだ」
「……………」
けれど、俺自身はそれを拒絶している。……俺に出来るだろうか。人間の肉体を燃やすという行為が
焼死体から出る臭気は普通よりも遥かに酷いと聞いたことがある。腐乱死体よりはきっとマシなのだろうが、そんな死体はネットどころかアニメやマンガでも見たことがない
……好き好んで死体を見たいとは俺は思わないのだが。……いや、それ以前に人間の死体なんて見て耐えられるかが分からない。
いや、今の俺にはきっと耐えられない。そもそも意識を失った原因がそれなのだ。……その原因も自分で死体を作って吐いて失神するなど無様としか言えないだろう。出来ることならその時の俺にとっととその場から逃げろと言ってやりたい
『失敗を取り返さないとならない』という思いと『それでも、死体処理なんてやりたくない』という思いが俺の思考を埋め尽くしていく
「……無理にとは言わない。やりたくないならそれでいい。文句は言わない」
クルスさんが俺を心配してか、逃げ道を用意してくれた。……ならばその厚意に甘えてしまってもいいのかもしれない。
「…………俺は……」
……そうだ、その通りだ。別に俺が死体の処理なぞやる必要なんてない。俺は年齢的にはまだ子供なのだ。苦しいことは大人に全て投げ出して、逃げればいい
「迷っているようならやらない方がいい。人の死体なんて慣れていいものじゃないからな」
「…………俺…は…」
クルスさんの言うとおり、普通ならば人間の死体になんて慣れるべきことではない。それが冒険者であるなら必要なことだとしてもだ。
俺の思考が徐々にマイナスに寄っていっているのが分かる。『このまま三人に全てをやって貰おう。』『俺がいてもいなくても三人は別に困らない。いや、むしろいないほうがスムーズに仕事は終わるだろう』
そんな考えを始めに、嫌な考えが脳を埋め尽くしていき思考に押しつぶされた俺は自然と逃げの言葉を口にした。……しかし
「やり……」
やりたくない、と言い切る前に浮かんだ疑問が俺に纏わり付いていた思考を一瞬にして振り払った
果たして本当にそれでいいのだろうか?ここで逃げ出してしまえば、それが癖になったりはしないだろうか。嫌なことから、怖いことから直ぐに逃げ出す……そんな人間になってしまわないだろうか
駄目だ、逃げ出すのが当たり前になってしまえば、初めから諦めるということが当たり前になる。……行き着く先は日本にいたときの俺と同じだ。さっき決めたばかりなのだ。『これから変えていく』と
……正直に言えば死体処理なんてやりたくない。流れてゆく血なんて見たいとは思わないし、殺された人間の表情なんて見ただけで気分が悪くなることは容易に想像できる。
けどそれがどうした。生きているのならやりたくないことだってしなくてはならない。やりたいことしかやりたくないなんて考えは甘い。そんな考えで冒険者をやっているなら今直ぐに辞めた方が身のためだろう
「……いいえ、やります。……やりきってみせます」
「無茶はしてないか?ミスを取り返す為になんて考えてるならもう少し考えろよ?」
クルスさんがこちらを心配してもう少し考えるように促す。
「たしかに出来ることならやりたくないです。……でもそれじゃ駄目だと思ったんです。生きているのならやりたくないこともやらないといけないって思ったんです」
「……あぁそうだ、その通りだ。生きてるなら……それも大人になればやりたいことだけやってればいいなんて通用しない」
俺の言葉を肯定してから、最後の気遣いの言葉を口にしてくれる
「これ以上は止めない。だが限界を感じたら直ぐに言え。そうすれば後は俺達だけでどうにかする」
「……やりきります。自分で決めたことぐらいやりきれるように努めます」
「ならいい。……二人はもう作業に入っているだろう。俺達も行くぞ」
「はい!」
威勢をどうにか絞り出して、俺達は二人の元へと向かった
その様子は随分と酷い物だった。そこかしこに大量に死体が転がっている。だが幸いなことに惨たらしい物はなかった
「う……」
「無理はするな」
「……大丈夫です」
人間の死体。アニメやマンガでは何度でも見てきたが、ここまでリアルに描写されている物は見たことがない
そんな俺にとって、今目の前に広がっている光景はあまりにも衝撃的だった。しかしまだ時間が経っていないのか、嫌な臭いは血を除いて全く感じない
多少の吐き気を堪えていると遠くからアンナさんが話しかけてきた
「二人共、話は終わった?」
「あぁ、終わったよ。……な?龍斗」
「はい、しっかりと自分の意思で決めました。やるべきことを努めます」
はっきりと自分はやると伝える。思っているだけじゃ伝わらない。だから口にする
「……えぇ、分かったわ。じゃあそこに転がってるのを片付けてちょうだい。私達がちゃんと見ていてあげるから」
「了解です」
アンナさんが指さした方向を向こうとしたときにとある疑問を口にしてみる。
「……あの、ところでモースさんは…?」
「向こうで大きな穴を掘ってるわ。焼いた後は埋めておかないといけないから」
「……たしかにそうですね」
答えに納得してから、俺は今度こそアンナさんが指さした場所を見る
「……うわぁ……」
だが、いくら綺麗に形は保っていようと死体は死体。それを間近で見てしまった俺は言葉を漏らさずにはいられなかった
「とりあえずそれを燃やしてちょうだい。後は向こうでモースが掘ってる穴に埋めるからね」
「りょ、了解です……」
「それと一応魔法のアドバイス。どの属性もそうだけど対象に触れて自分の魔力を流せば威力を増すことが出来るわ。確実に燃やすためにまずそれに触ることよ」
「は、はい……。勉強になります」
俺は言われるがままに転がっている死体に触れてみた。……死体には死後硬直があるけど、まだ硬くなってはいない。生きている人と同じような柔らかさがある
血が流れ出しているから生きている人よりは低いがまだ完全には冷たくなってはいない。むしろ生々しい温さが伝わってくる
駄目だ。これ以上触ってると気が狂う。早く魔力を流して手を離そう
「……流しました」
「後は簡単よ。いつも通りに魔法を使うだけ。……出来る?」
「……やってみます」
頭の中で燃えさかる炎をイメージする。草葉を、平穏で穏やかな丘をも燃やし尽くす地獄炎。そこに巻き込まれるのは生物の死骸。
「……フレイム!」
魔法名を口に出したその瞬間、目の前にあった亡骸は突然体の中央から炎が上がった。
「うぷっ………」
その臭気に俺は吐き気が抑えられなくなった。臭いは焼き肉によく似ている。人間だって体は肉が覆っているのだから当然ではあるのだが
それでも、これが人間が焼けている臭いだと分かっているから、とてつもなく気持ち悪い臭いにしか思えない。
そして、亡骸を覆っていた炎が消失したその瞬間
「う…おぇ……」
出来上がった遺体を見て、俺は抑えが効かずにとうとう吐きだした。髪はちりちりに燃え、肌は殆ど炭と変わらないほどに変色したその姿はとても耐えられる物では無かった
「……大丈夫か!?無理ならもうやめろ!」
クルスさんが俺の様子を見て声を荒げて心配してくれた。正直もうやりたくない。後悔してる。だけど
「いえ…大丈夫です。自分で決めたことですから……」
やり遂げると決めたからには意地でもやってみせる。決めたからにはやらなければいけない責任がある
「リュウトくん、無理なら無茶することないのよ?」
続いてアンナさんも心配してくれた。たしかに今の俺は無茶をしている。出来ることなら全部投げ出して街に戻りたい。けれど俺はそれでも虚勢を張ってみる
「大…丈夫…ですから!それよりも次に!」
「今にも泣きそうな顔になってるじゃない!無理しちゃ駄目よ!」
「そのうち、慣れますよ。だから早く!」
「……分かったよ。次は向こうだ」
無茶だと分かっているはずのクルスさん達は俺の無理に付き合って、次の場所へと向かった




