想定の範囲外?
暗殺者の名前を変更しました。
今はまだなんとも判断がつかないが、もしも神託絡みだったからといって、このまま放っておくというわけにもいかないだろう。
危険人物がこの異界都市に侵入している可能性が高い以上は、今最も危ないのはシェリルさんである可能性が高い。
アリスもそれを感じているのだろう、僕なんかよりも輪をかけて心配そうな表情でシェリルさんを見ている。
まあ、もしかしたら僕である可能性も無いことはない。
しかし、今のところはまだ僕が狙われる可能性は低いと思ってはいたりもする。
本音を言えば周りの人間が狙われるよりも、僕が狙われている方がこちらとしても心配が少ないのだが……。
「それじゃあ、善は急げということで僕はこれから外に出てディアボロスを捜索してみます」
「あ、ちょっと待って。まだ話は終わってないわよ、せっかちな男はモテないわよ?」
「モテるモテないはどうでも良いですけど」
部屋を出ようと席を立つと、シェリルさんが苦笑いをしながら呼び止めてきた。
この人はこの人で実にマイペースだしせっかちな人なので、この人に言われるのはなんとも心外である。
「ディアナちゃん、ディアナちゃんはバーナード君と捜索をしてちょうだい」
「……承知しました」
ディアナが少し不機嫌そうな表情をしながらも、僕との同行を渋々了承をした。
ディアナとしては本当のところは、シェリルさんの警護をしたいのだろうとは思うが、今回の捜索にはアリスよりもディアナのほうが向いているのは確かだ。しかし……。
「僕は一人で大丈夫ですよ、それよりシェリルさんの方が心配です。相手は暗殺者なんですよね?」
「私はこの屋敷から出ないから、不意を打たれさえしなければ別に問題無いわ」
いやいや、つい先程ディアボロスは標的を討ち漏らしたことが無いって言ってたじゃないですか。
確かにシェリルさんは魔術師としても相当な力を持っていると僕も認識している。
しかし、ディアボロスも普段からそういう対象を標的としている可能性も捨てきれない。
その上で討ち漏らしが無いというのであれば、対魔術師の用意があってもおかしくはない。
ここはやはり――
「……アリス、念のためにシェリルさんの近くに居てあげてくれないか?」
「私は……いえ、かしこまりました。私もシェリルさんのことが心配ですからここにいます。ディアナ、くれぐれもバーナード様のことをお願い」
ディアナとしてもアリスにはシェリルさんの事をお願いしたいのだろう。アリスの目をじっと見据えながら、ディアナが無言で頷く。
捜索中に直接遭遇する可能性が高いのでアリスの心配ももちろんわかってはいる。
とはいえ、僕自身は過去に魔術師に雇われた暗殺者を何度も撃退しているし、もちろんその手口も幾つかは体験済みだ。
ディアボロスがどんな手を使ってくるかわからないが、ディアナも手伝ってくれるのであればきっと大丈夫だろう。
「僕のことなら心配いらないから、シェリルさんのことは頼んだよ。それじゃあディアナ、行こうか」
「こら、だからまだ話は終わってないって言ってるでしょ」
まだシェリルさんの話は終わっていなかったらしい。
……締まらないなぁ。
――その後、捜索の体制や発見時の連絡手段に関して、幾つか打ち合わせを行った。
基本的に捜索は、それぞれが数人で構成された複数の班に分かれて行う事になった。
各班はディアボロスを発見次第速やかに僕の班に連絡を行い、対ディアボロス戦は駆けつけた僕とディアナの二人組が行う。
ジークやエリーシャにも手伝ってもらえればもう少し楽なのだが、さすがにこの話には巻き込めないので仕方がない。
連絡手段に関しては、僕が先日いくつか作った短距離通信用の近代魔道具で何とかなりそうだったので、一時的に提供をすることになった。
異界産の素材で再設計したので、従来の物よりも小型かつ高性能で、現物を確認したシェリルさんは今回の実績次第では正式に採用したいと息巻いていた。
……もう既に正式採用する気満々に見えるが、そこは触れないほうが良いだろう。
その後、今回構成された各班の面々と屋敷の外で顔合わせを行った。
初めて見る顔も幾つかあったため、もう完全に不審者を見るような目で見られたりもしたが、まあ仕方がない事と割り切ろう。
さて、捜索を始めたは良いが、いったいどこから探して良いものやら。
既に各班は散らばっているためこの場にいるのは僕とディアナの二人だけである。
「……やはりまずは最初に目撃された場所を見に行ってみるしか無いか。ディアナ、今日はよろしくね」
「承知しました。お館様、何なりとお申し付けください」
確実ではないが、目撃場所近辺で何か下見を行っていた可能性も無いことはない。
現地に直接赴くことで何か手がかりを得ることもできるかもしれない。
現状ではその手がかりすらないため、僕達二人はひとまずは目撃場所へと向かうことにした。
ディアナと一緒に捜索を始めて、わりとすぐに気づいたことがある。
「先程からすれ違う人達からの注目を集めている気がしなくもないんだが、ディアナ……君相当に目立っていないか?」
この異界都市において、黒装束に足袋という組み合わせはかなり派手に目立ってしまっている。
その上でディアナの容姿も人の目を集めてしまうのだから仕方がない事だとは思う。
「そうですか? では、目立たないように隠れます」
そう一言告げるとおもむろに僕の目の前から姿を消すディアナ。
その直後、周りからどよめきの声があがる。……だから目立つって。
黒装束には隠蔽効果を付加してあるので、周りに溶け込むことが可能なのだが、さすがに目の前で消えれば驚くのはしかたがないことだろう。
それからしばらく歩きディアボロスとの遭遇報告のあった場所に到着した。
天獄塔からは離れているが、それなりに賑わいを見せているようだ。
特に変哲もない場所のようにも見えるが、少しの間辺りを眺めていると、人の流れが一つの方向に多く向かっている事に気がついた。
「人の流れがあちらに向かっているね。あっちの方で何かあるのかな?」
「私が把握している情報では、ここ数日この先の広場で吟遊詩人が定期的に演奏を行っているようです」
……それってもしかしてもしかするのかな。
広場は僕が想像していたより以上、まるで天獄塔の広場に近いくらいに賑わっていた。
天獄塔の広場と違うのは探索者の数だろうか。あっちは店を開くことができる都合上、ほとんどの人が探索者だが、こちらは制限がないためか非探索者がほとんどだ。
そして、ここからでは少々距離があるので、このまま近づくことは叶わないが、僕の予想通りこの賑わいの中心地にいるのはプリッシラさんだった。
これだけ偶然が重なると、プリッシラさんが標的になっている可能性も捨てきれないか。
「ディアナ、もしかしたらこの人混みの中に紛れているかもしれない」
僕がディアナに話しかけると隣にいた男がぎょっとした表情で僕を見てくる。
……今はディアナが隠れているから傍目には僕が盛大に独り言を言っているように見えたことだろう。
辺りを見回してみると、ディアボロスは発見できなかったが一人の男を発見することが出来た。
やはりこの場所で当たりだったかもしれない。
僕の視線の先ではグレゴワール司祭がにこやかな表情でこちらを見ていた。
「奇遇ですね、グレゴワール司祭。まさか貴方がこんな場所にいるとは思いませんでした。プリッシラさんの歌に何か興味でも湧きましたか?」
「ええ、この広場でとある吟遊詩人が大罪人セオドールの冤罪に関する歌を歌っているという噂話を聞きましてな。是非一度聞いてみたいものだと思った次第です」
僕としては少しだけ皮肉を込めて言ったつもりだったが、グレゴワールはこともなげに不思議な事を言ってのけた。プリッシラさんがセオドールの歌を歌っているだって!?
「え、この間きっぱりと断られたのに? 急に気が変わったのか」
「え?」
「え?」
……え? って何?
あの決闘時にも終始冷静だったグレゴワールが、あからさまに動揺している。




