不穏な気配
プリッシラさんにお願い事を断られてから数日が経った。
あの日以降もプリッシラさんは特に変わりなく接してくれているので、自分としても特に落ち込むこと無く過ごせているのは幸いだ。
まあ、お願い事の件はなるべく知り合いに迷惑がかからない方法を考えよう。
それはそれとして、今日は朝方にシェリルさんの使いのものが家を訪ねてきて、なにやら急ぎの要件があるとのことで呼び出されていた。
今日はシェリルさんが直接来なかったことを考えると出られない理由があるのかもしれない。
素材も何台か作れるくらいは用意出来ていることだし、そろそろシェリルさんにも通信機を渡しておくべきだろう。
会った時に忘れてなかったら、今日にでもシェリルさんに提案しておこう。
まだアリスも朝食の準備中だったこともあり、仕方がないので今日の朝食は移動中にいただくことに変更したのだか……。
「あれ? ディアナじゃないか」
「お館様、お久しぶりにございます」
移動用に用意された馬車に乗りこもうとすると、中には珍しい人物――僕が造った四番目のホムンクルスであるディアナが座っていた。
今、驚くほど仰々しく挨拶をしてきたが、日を追う毎に知識が片寄ってきている気がする。
少なくとも造った当時はこんな挨拶の仕方ではなかった。
それに見た目に関しても……。
体型は小柄で紫色の髪を後ろで束ねており、その目は見ていると吸い込まれるように深く、魅力的な落ち着きを醸し出している。
まあ、そこまでは良い。
しかしながら朝っぱらから黒い装束に身を包み、馬車内にも関わらずその気配を限りなく薄く保っている。
実はこれ、僕が見つけられなかった遥か東の国に存在するという忍というスタイルなのだが、その身に付けているものはほとんどが近代魔道具だったりする。
昔、セオドールから話を聞いた際に、僕がセオドールの話を元に冗談で火遁の巻物を作ったところ、セオドールも一緒になって盛り上がってしまい、結局フルセット完成してしまったのだ。
ディアナに任せた不審人物の追跡や諜報活動の仕事がその忍に似ている点もあったので、当時のエピソードを織り交ぜて彼女に話したところ、いたく気に入ってしまったらしい。
忍になりたい! と押し切られる形で結局色々と用意をする羽目になったのは自業自得ともいえよう。
何しろ昔セオドールと一緒に造ったものは塔の上にあるため、今ディアナが身に付けているものは全て僕が異界産の素材で改めて作り直す必要があったのだ。
当時から比べて僕の技術でも大きく進歩しているので、大きくリニューアルし機能は当時とは比べ物にならないくらい高機能だが、今のところ全てを作り直せてはいない。
デザインも一新しようかとも画策したのだが、そこはディアナのイメージとは離れてしまうため却下された。
それ以来、頻繁に急かされているので近いうちに全て作り切ることになりそうではある。
ディアナには心構えを勉強してもらうために、セオドールが当時に書き起こした忍の資料を自由に見れるようにしたのだが……それが不味かったかな?
閑話休題、馬車の中はアリスと二人だけのつもりだったので、食事も二人分しか用意していない。
「ディアナはもう朝食は食べたのかい?」
「いえ、急なご用命だったため、私はまだ食べてはおりませんが、どうかお館様は私に気になさらずに――」
ディアナがそこまで言った直後、馬車内にお腹が鳴る音が盛大に響いた。
静まり返る馬車内には僕とアリス、それに目の前で顔を真赤にして動きを止めているディアナの三人だ。
犯人の目星はもちろんついている……が、追及はするべきではないだろう。
「くすっ、アイテムポーチに食材を備蓄していますのでディアナの分もすぐに用意できますよ」
「それじゃあ移動中に皆で食べようか。アリスは移動中でも準備できる?」
「この馬車の揺れ程度であれば問題ありません」
「わかった。それじゃあ御者さん、出発してください」
僕の指示とともに御者が馬車を動かし始めたが、その動きは驚くほどスムーズだった。流石は高級な馬車だ。
ところで先ほどからディアナが顔を赤くしたままピクリとも動かないが、このまま放っておけば良いのかな?
――朝食の準備も終わり、皆にサンドウィッチが行き渡る。
アリスのフォローで、ようやくディアナも元に戻ったのだが、ディアナの「ブリジットに見られなくてよかった」というつぶやきが非常に印象的だった。
「ディアナにはいつも苦労をかけてしまっているね。仕事の都合でほとんど向こうに寝泊まりしているから大変だろう?」
「いえ、任務ですので。シェリル様も非常に良くしてくださっていますし、流石は領主様のお屋敷です。何も不自由はありません」
ああ、そうか。
確かにあの屋敷なら何の問題も無いだろう。よくよく考えたらこの異界都市で一番お金がかかってそうだしな。
要らない心配だったかな。ディアナの表情を見る限りは特に気を使って嘘を言っている様にも見えない。
恐らく本当に困るようなこともないのだろう。そう思ってディアナを見ていると、ふと何かを思い出したように口を開いた。
「……一点、屋敷に問題がありました」
「あの屋敷に問題?」
ディアナの真面目な表情から察するに、一点とはいえ割りと重要な問題なのかもしれない。
「畳がありません」
「よし、問題は無いね」
……ディアナ、それは文化の違いだよ。
なんだろうか、まじめに気にして損をした気がしなくもない。
畳の存在は僕もセオドールから忍術の説明を聞いた際に初めて知った。
しかしながら現物を見たこともないので、それっぽい物は再現したがきちんとしたものではないし、屋敷に設置することは現実的ではないだろう。
朝食を食べ終えてしばらくすると、シェリルさんの屋敷に着いたようで、御者から到着の報告を受けた。
馬車を出ると既に執事が出迎えに現れており、そのまま奥に案内される。
応接室に入り、促されるままソファーに腰を掛けて待っていると、程なくしてシェリルさんが部屋に入ってきた。
「急に呼び出してしまって、すまないわね」
「いえ、気にしなくていいですよ」
「そう言ってもらえると助かるわ。今日急いで来てもらった件に関してなんだけど、バーナード君の協力を得たほうが良いと思ったのよ」
シェリルさんは少し申し訳無さそうにしながら、僕を呼び出した件に関して話を続ける。
「都市内に暗殺者が侵入した可能性があるらしいの。今朝の事なんだけど、見回り中の衛士が不審者を発見して後を追ったのだけれど、返り討ちにあい取り逃がしてしまったの」
「……それは、確かに一大事ですね」
シェリルさんが外出しなかった理由はこれか?
いや、シェリルさんの立場上、暗殺者の存在くらいは普段からいくらでも警戒しているはずだ。
普段から一人で出歩いている以上はこれくらいでは説得力が無い。
「シェリルさんが警戒しなければならないほど危険な人物、ということですか」
「ご名答、相当ヤバい輩よ。ディアボロス、といえばわかるかしら」
いえ、わかりません。
百年寝ていた人間が知っているわけ無いでしょう。
僕の反応を見てシェリルさんも気がついたのか、先程までの深刻そうな顔を赤らめながら、一つ咳払いをして説明をしてくれた。
ディアボロス、この通り名は王国内で最も有名な暗殺者の物らしい。
元々は王都でシリアルキラーとして恐れられていたがその正体はようとして知れず、いつからか暗殺者に転向したようで多くの依頼をこなしているそうだ。
これまで標的を討ち漏らしたことは一度も無く、その戦闘能力は非常に高い。
魔術師であるシェリルさんが警戒している位だから、それはそれで相当ヤバいことは十分に伝わってくる。
「バーナードくんには、ディアボロスの捜索と捕縛をお願いしたいの」
「……出来れば関わりたくないところですが、誰が狙われているかわからない以上は、僕も無関係というわけにはいかなさそうですね。しかし、生きて捕縛できるかは約束しかねます」
「それは構わないわ。手加減できる相手では無いでしょうしね」
どれほどの実力を持っているかわからないが、僕も条件付きで戦えるような相手ではないのは間違いないだろう。
って、あれ?
「バーナード君、どうかしたの?」
僕の中に一つ疑問が湧いたのだが、シェリルさんはそれに目ざとく気付いたようだ。
「あ、いや、そんな暗殺者を発見しておいて、よく報告できましたね、その衛士」
「それに関しては本当に運が良かったというべきかしら。たまたま多くの付き人を伴ったグレゴワール司祭が通りかかったらしく、間一髪という所で助けられたそうよ」
グレゴワールが?
朝方に暗殺者が現れた場所に偶然、戦力を伴って通りかかる?
「……また神託、でしょうか?」
「恐らくは、ね」




