朝の来客
食後のデザートも満喫し、ようやく試練を乗り越えることができた頃には、僕の口から魂が抜けかけていた。
とはいえ、アリスとブリジットには気付かれないように、努めて普段と変わり無いようにしたつもりではある。
先程、ようやく家に帰りつくことができたので、今はソファーに腰をかけて抜けかけた魂を復活させているところである。
天井に向いていた視線を下げ、目の前に座る二人に向ける。
二人とも今日は充分に満喫出来たということなのだろう、満面の笑みを浮かべながら食事やデザートの評価を話し合っている。
あれだけ食べた後に、再び食べ物の話が出来るというのは正直なところ尊敬に値すると思うのだが、彼女達以外でも同じなのだろうか?
不思議に思いながら二人の様子を見ていると、ふとアリスと目が合った。
「バーナード様、どうかされましたか?」
「いや、なんでもないよ。今日は楽しめたようで何よりだね」
「うん、凄く楽しかったよ。また予約して行こうね」
……いや、しばらくは視界に入れたくもないのだけど。
とはいえ、正直に言う訳にもいかないか。何かいい方法は……あれがあったか。
「ブリジット、次はシェリルさんに頼らずに自分で予約を取るようにね」
「えー!? それじゃあ当分予約取れないよ」
「でも、さすがに毎回シェリルさんに迷惑かけるわけにはいけないからね」
「シェリルさんはこれくらい大したことないって言ってたよ?」
それはそうだろう。シェリルさんからしてみれば、店の予約を取るくらいのことは本当に大したことはないはずだ。伊達に領主をやっているわけではない。
……さては二人を通して恩を売るつもりか!? って、シェリルさんの事だからそこまで考えてるなんてことは無さそうだな。
しかし実際問題、昨日みたいな騒動がまた起きてしまっては、シェリルさんに迷惑がかかってしまう可能性も無いわけではない。
やはりそこは遠慮しておくべきだろう。
「それでもダメ。こういうことは自分で頑張らないとね」
「ぶー」
ブリジットは納得いかない様子だが、渋々受け入れてはくれるようだ。
少々無理やりだったが、これでしばらくの間は回避することが出来ただろう。
……いつか訪れるであろう、次回の試練のために何か食事用の魔道具でも作ろうかな?
苦手なものが美味しく食べられるようなものであれば、非常時に備えて需要が見込めるだろう。
ようやく少しお腹も落ち着いてきたので、今から少し研究室に篭もることにしよう。
「よし、そうと決まれば善は急げだ」
「何が決まったの?」
「あ、いやただの独り言だから聞き流してもらっていいよ」
いけない、心の声が漏れてしまっていたようだ。
――僕のもとに決闘の通知が届いたのは、翌日の朝だった。
「バーナード君! 貴方いったい何をしたのよ!?」
……それもシェリルさんから直接。
それはこっちのセリフだ。この人は朝っぱらからいったい何をやっているんだろうか。
宣言以降、今に至るまで相当忙しいはずなんだけどな。
しかし血相を変えて飛び込んできた所を見ると、相当に慌てているのは容易に見て取れる。
それだけ心配してくれてい入るということか。ありがたいことだ。
「えっと、シェリルさんひとまず落ち着いてください」
「シェリルさん、今から紅茶をお入れしますね」
「ありがとう、いただくわ」
シェリルさんの突然の訪問にもかかわらず、アリスは平然としている。
もしかしてよくあることなのだろうか?
まあ、今はそのことは気にしないことにしよう。
ひとまずはシェリルさんを落ち着かせながら、アリスを待つことにする。
シェリルさんをひとまず落ち着かせたあたりで、アリスが紅茶を運んできた。
アリスはテーブルに紅茶を置いた後、一歩引いて後ろに控えた。
「アリスちゃんもこっちに座って一緒に飲みましょ」
「いえ、私はこちらで構いませんので」
「アリスも座ってくれたほうが嬉しいかな」
「……かしこまりました。それでは失礼致します」
シェリルさんはアリスが少し戸惑いながらもソファーに座った事を確認してから一つ微笑みを浮かべると、紅茶を一口飲み一息ついてこちらを見つめてきた。
「さっきも言ったけど、バーナード君、貴方一体何をしたの? 決闘なんて久しぶりの出来事だから驚いたわ」
「それは、やはりフィリップ氏との決闘の件でしょうか?」
「そうよ、いったい何が起こったらクローツ教の副司祭と決闘することになるのよ。先日友好関係を結べたばかりだと思っていたのだけれど、私の気のせいだったのかしら」
半分戸惑い、半分呆れ混じりだろうか、先ほどの勢いとは異なり、シェリルさんは微妙な表情で問いかけてきた。
「それが僕にもよくわからないんですよ。ただ、グレゴワール司祭の判断に納得が行かないようですよ」
「……何で今の話にグレゴワールが出てくるの?」
「神託にあるマリナさんの件が、僕に打診されたことが気に入らないそうです」
「ごめんなさい、いまいち話が見えてこないんだけど、神託の件がなんでフィリップに関係があるの?」
シェリルさんの反応を見る限りでは、やはりフィリップは錬金術に関してシェリルさんの記憶に残る人材では無かったということなのだろう。
「フィリップ氏は僕よりも自分の方が錬金術に対して造詣が深いと豪語していましたよ。それにもかかわらず自分に話が無かったのが気に入らないんでしょう」
「私の記憶ではフィリップは古典錬金術に関しての知識はともかく、近代錬金術を学んだという話は知らないわ。もしそんな話があったら私の計画はもっと早く進んでいたはずだから」
まあ、そんなことだろうとは思っていた。
シェリルさんが言ってる位だから間違いは無さそうだ。
何しろシェリルさんは、この都市の人材に関してはかなり調べて把握しているからだ。
「まあ、そんな訳でフィリップ氏に決闘を申し込まれたわけです。それで、決闘の日時や場所はどうなりました?」
「決闘の場所は森の異界、あなた達もトライアルで使った場所よ」
「それは少し意外ですね、てっきり修練場あたりで戦うことになると思ってましたよ」
「確かに都市内で行うのであれば修練場くらいしか選択肢は無いわね。ただ修練場ではどうしても人目に付いてしまうから、森の異界の方がバーナードくんには都合が良いはずよ。最近は近代魔道具も少しずつ普及してきているけど、それでもバーナードくんの魔道具は目立ちすぎるわ」
シェリルさんなりに気を使ってくれたわけか、出来れば決闘自体を却下して欲しかったけど、……それができない事情もあるのだろう。
その割には何か心配事があるようにも見受けられるのだが……。
「もしかして、僕が負けるかもしれないと思っていたりしませんか? だとしたら少々心外ですね」
「バーナードくんのことだから大丈夫だと思うからあまり心配はしてないのだけどね。ただ、勝った後に大きな問題があるの」
「……問題、ですか?」
勝った後となると逆恨みの心配とかかな。
「そう、問題よ。実は決闘を行うと記録を残す必要があるの。記録自体は私の管理下にあるのだけど、閲覧権限は管理下に無いのよ」
そっちか、閲覧権限に関してはさすがに予想していなかった。
「……僕が勝った場合、魔術師が負けた記録が残る。それは必然的に目立ってしまう。ということでしょうか?」
「そう、決闘で魔術師が負けるようなことがあればこれは相当に珍しいことなのよ」
それは確かにそうなのだろう。
決闘は魔術師が反対勢力を潰すために整備したわけだから、魔術師が勝ちやすいように決闘のルールが調整されている可能性だってあるのだ。
「錬金術排斥派の目に入らないことを祈るしか無いですね。まさかそんな落とし穴があったとは……」
「さすがに誰でも見れるわけではないから、すぐに誰かに見られるというわけでは無いと思うけど、そろそろ計画を次の段階に進める時期なのかも知れないわね」




