なぜか決闘することに
目の前の男は僕の言葉に苛立ちを隠すつもりも無いようだ。
恐らくだが元々、僕に対して何か良い印象は持っていないのだろう。
そんな相手に止められたわけで気分が良いはずもないか。
改めて周りの状況を確認する。
店員には下がってもらったので、この場には僕達だけだ。
アリスとブリジットは自席から立ち上がり少し距離をおいてこちらを見ている。
僕たちの席と同じように近代魔道具のパーティションで区切られた空間で、テーブルの上には食べかけの料理が並べられている。
男性側の料理が二品目以降、ほとんど減っていないところを見ると、あの甘い物量攻撃に屈服したことは火を見るより明らかだろう。
「それで、いったい何があったのですか? 店員に手をあげるほど怒っているくらいなので相当な理由があるのでしょう?」
男性は僕の問いかけに対して少しだけ、ばつの悪そうな雰囲気は見せたものの、その怒りは未だ収まっていないようだ。
「人気のある店だというからわざわざ予約をしてまで来てみれば、いったいこの店は何なんだ!? 私に恋人の前で恥をかかせるつもりか!?」
人気店の予約を勝ち取って意気揚々と来てみたら、恋人の前で食が進まないという失態を見せるはめになったと、そういうことか。
……まあ、あの料理が狂気じみてるのは現在進行形で体験しているので、その感想は理解出来なくもない。
ただ、僕に怒られても困るのだが。
って、まて?
今、恋人って言わなかったか?
そう思い、男の肩越しにマリナさんの様子を見てみると、凄い勢いで首を振っている。
もしかしてこの男は思い込みの激しい人なのか? まあ、少なくともマリナさんに片想いなのは見てとれる。
「何がおかしい!」
「いえ、失礼こちらのことです」
思わず苦笑してしまったため、男の苛立ちも増えてしまっている。
ひとまず落ち着かせるにはどうするべきだろうか?
「ここの料理は苦手な方には少々厳しいようですので、食が進まなくても恥ということはないと思いますよ」
僕も絶賛苦戦中なのだが、アリスとブリジットに気を使われても困るのでそれは隠し通そう。
「探索者風情の意見など聞いてはいない。だいたいグレゴワール様もなぜこんな若造にマリナを託したのだ」
なんだか話があらぬ方向に進み始めてしまったようだ。
これは介入するべきではなかったか? とはいえ、放って置くわけにもいかなかったので仕方がないか。
それにしてもグレゴワールを様付けしているということは教会の関係者だろうか?
「マリナさんの件は必要な条件があったようですよ? 貴方がそれを満たしていなかっただけでしょう」
「条件があることぐらいは知っている! 錬金術程度、私にも使うことは出来る。それにあんなものは、私の魔術の足元にも及ばん」
……何だ、この若造は?
この都市内に錬金術に理解が深い人材が居るなら、シェリルさんから紹介くらいはされても良いはずだ。
しかしながらこの若造の顔は今までで一回も見たことはない。
古典錬金術を理解したことで、錬金術の全てを理解した気になってしまった、といったところか。
錬金術は近代化以降、未だ発展途上にある。当然だが僕もその全てを理解などしていないのだ。
この店の事ならともかく、錬金術を下に見られるのは気に入らないな。
「その理解したつもりになっている錬金術では、単純に足りていなかっただけでしょう?」
「近代だかなんだか知らんが、そうそう大きな差はあるまい。上手くグレゴワール様のことを謀ったものだ」
……取り付く島もないな。
まあ、こちらも喧嘩腰になっているのは否めないので人のことは言えないか。
「魔術師様ともあろうものが、巷でそんな尊大な態度を取っていては、後でグレゴワール司祭の耳に入ったら怒られてしまいますよ?」
「お前ごときがグレゴワール様の名を語るな」
「おっと、これは失礼しました。しかし貴方と違って彼は非常に紳士的な方でしたよ、流石はクローツ教の司祭様です。それに比べて……ねえ?」
「貴様ァ、命が惜しければ私をこれ以上苛立たせるな」
歯ぎしりの音がこちらまで聞こえてくる。
いよいよ着地点が見つからなくなってきてしまった。どうも僕はこういうことには向いていないのだろうか。
「下賤の探索者風情が――」
「この異界都市の経済を支えているのは、その下賤な探索者ですよ?」
「……何を馬鹿なことを、この異界都市を支えているのは我々魔術師に決まっている」
……どうして魔術師にはおかしな輩が多いのだろうか。
たまにはシェリルさんみたいにまともな……いや、彼女は別の意味でおかしいか。
「魔術師は本来もっと臨機応変に魔術が必要な仕事をするべきでしょう。異界の管理など、どれもこれも近代魔道具に取って代わられる仕事ばかりではないですか?」
「もう、我慢ならん! 決闘だ! 貴様に決闘を申し込む!」
「お断りします。だいたい決闘は王国法で禁止されているでしょう?」
「貴様は何を訳のわからんことを言っている!? 正式な手続きを踏んだ決闘は認められている」
……百年の間にそんな事が出来るようになっていたのか。
これも魔術師が手に入れた権力を、より強固にするための施策なのだろうか。
そう考えていると、アリスが補足情報を送ってきてくれたので、モノクル越しに内容を確認する。
決闘自体はおよそ九十年前から許可されるようになったらしい。
その用途は予想していた通り、魔術師の独占に異議を唱える人間を公に抹殺するために利用されてきたようだ。
そして困ったことに魔術師から申し出た決闘が却下された記録は調べた限り存在しない。
……つまり、回避することは出来ないということか。
それなら仕方がないか、この男には別段恨みはないが僕も殺されるつもりは毛頭ない。
「この決闘で貴様を始末してマリナをこの手に取り戻してやる」
「僕側にメリットがまったくありませんね。高貴な魔術師様ともあろうものが、下賤の者に何も示さないのですか?」
「貴様が死ぬのは確定している。後の心配などする必要は無い。……が、確かに何も提示しないというのは恥ずべきことだろう。もし貴様が勝つようなことがあれば私の資産を全てくれてやる」
「それは面白い話じゃないか、是非私にも見学させてもらえないかい?」
突然後ろから掛けられた声に振り替えると、そこには見覚えのある女性が立っていた。
その身なりは前回とは違って、綺麗な服を身にまといその容貌は貴族と言っても通用しそうなほどである。
「プリッシラさん……。どうしてここに?」
「今日はたまたまここで演奏を頼まれててね。この後演奏するんだが、準備をしていたらこちらがなにやら騒がしかったので見にきたというわけさ」
中々の天運を発揮しているな。
普通、こんな場所で遭遇するなど奇跡的な確率だろうに。
「そこの者は?」
プリッシラさんの美貌に食指を動かされたのか、その声は先ほどとは打って変わって大人しいものである。
その言葉を受けてプリッシラさんが一歩前に進み出る。
「いかにも、私は旅をして歌を広め回っているものだ。今回の決闘を今度の創作の糧としたいのでな。是非とも立ち会いさせてはいただけないだろうか?」
「む、私のことが歌になるということか、それは中々光栄な事だ。良いだろう立会いを許可しよう」
よほど自信があるということなのだろうか? もう既に僕に勝った気でいるようだ。
まともに錬金術もわからないような若造では勝負になる気もしないのだが、何か確信できるような物を持っている可能性も無いわけではない。
念のため気を引き締めて油断なく当たる必要はあるだろう。




