天獄塔・第十五層(五)
とっさの事に、つい視線がその人影に向いてしまった。少し遠いがあれは……、マリナさんだ。
「バーナード様!」
「っ!?」
アリスの叫び声で今が戦闘中だったことを思い出す。視線をアースドラゴンに戻すと、既に体勢を立て直し、こちらに向けてその大きな顎を開いていた。
そして口の中に魔力が収束し始めて、うっすら光を帯びてくる。
マズい、ブレスだ!
必死に身体をひねりながら、空中に足場を作り全力で蹴りつける。間に合え!
直後、アースドラゴンの口から、爆音とともに収束されたエネルギーが放出された。
「くっ!?」
間一髪、目の前をかすめたブレスは遠くの地面をえぐり取りながら吹き飛ばす。ギリギリ避けることは出来たが、至近距離を通過したブレスの余波で弾き飛ばされてしまった。
なんとか地面に叩きつけられる前に体勢を整え、地面に着地することが出来たが、着地の衝撃で足から脳天に抜ける。……さ、流石に今のは危なかった。
「バーナード様っ、ご無事ですか!?」
文字通り、顔面蒼白といった言葉がしっくりくる程に顔を白くしてアリスが駆け寄ってくる。余計な心配をかけてしまった。
「ありがとう、アリスのおかげでギリギリ避けることが出来た」
今度はアースドラゴンから目を離さないように注意しながらアリスに声をかけ、安心させるために頭を軽くなでてやる。
「急にどうしやがったんだ?」
「何か急によそ見をしたように見えたけど」
ジークとエリーシャも突然の出来事に驚き、僕の様子を確認してホッとした表情をしている。
「ごめん、ちょっと想定外の出来事が起きたせいで、意識をそっちにもっていかれちゃったよ」
「想定外、ですか?」
「ああ、この戦いには関係ないから、今は忘れて」
それにしても、戦闘開始前に確認した時には、付近に人の気配は無かったはず。それから時間もさほど過ぎてはいない……にも関わらず、今確かに視線の先にはマリナさんの姿がはっきりと見える。
改めて確認するとモノクルに表示される情報にもマリナさんの存在が確認できた。
つまりマリナさんは先程の時点では、近代魔道具の索敵に見つからずに移動していたことになる……ダメだ、今は戦いに集中しないと。
両の手で顔を叩き、再びアースドラゴンに意識を戻す。
……先ほどのブレスには驚いたが、アースドラゴンも万全の状態で放ったわけではないので、無防備に直撃さえしなければどうということはない。
……それに既に連発できるほどの体力は残ってい無さそうだ。
「時間がないから、そろそろ退場してもらおうか」
――アースドラゴンを仕留め終わって、素材の採取を始める。
アースドラゴンの素材が貴重な事を知っている為か、ジーク達もいつもより丁寧に素材の採取を行っている。
……これだけあれば結構な数のアイテムポーチが作れそうだ。
異界産の素材で作るアイテムポーチか、僕のもっているものよりも更に大きな容量になるのは間違いない。
これを機に新調するのも良いかもしれない。何か面白いアイディアとか無いかな。
「……あ」
僕の気の抜けた声に皆の視線が集中する。そしてその視線は必然的にそのまま、僕の手元に向かう。……うん、皮を切り損ねた。
「ば、バーナード様、お疲れのようでしたらあちらで休憩されてはいかがですか?」
戦闘中の出来事もあったせいか、アリスは本気で僕の体調を心配してくれているようだ。これからの錬成プランで頭がいっぱいでしたとは絶対に言えない。
「そ、それじゃあ少し休ませてもらおうかな」
僕の言葉に満面の笑みで答えてくれる。……ホント、ごめんなさい。
アースドラゴンの死体から少し離れた岩陰に腰掛けて一息つくと、耳元に女性の怒鳴り声が響く。
「ちょっと、いい加減に何か反応しなさいよ! 休憩するんでしょ!?」
怒鳴り声の方に顔を向ける。
そこには先ほどから放置状態だったマリナさんが、ガーディアンの領域外に立っていた。
実は先ほど時間がないと言ったのはこのマリナさん対策である。
アースドラゴンとの戦いの最中に僕が見たのは、こちらに向かって走って近づいてきているマリナさんの姿だったのだ。
このままではガーディアンの領域内に突っ込んできそうな勢いだったので、到着する前にとどめを刺させてもらった。流石に邪魔をするような事はないとは思うが、イレギュラーな自体が起きる事は避けたかったのだ。
結果、ガーディアンが討伐されたことで、領域内にマリナさんが入ってくることは出来なくなった訳で、素材の採取を理由に暫くの間は無視していたのだ。
マリナさんも探索者である為、ガーディアンの素材の採取に時間制限があることは知っているので大人しくしていてくれたらしい。
そこにすっかり忘れて休憩してしまった僕が標的になってしまったということである。
「……何か反応しなさいよ」
「以前、話しかけるなって言っていたので」
そう、実は前回マリナさんを怒らせてから、謝ろうとしていたのだが結局一度も顔を合わせる機会には恵まれなかったのだ。
しかし、あまり意地悪するとマリナさんのイライラがマックスになりかねないので、そろそろ真面目に対応するか。
「……冗談ですよ。マリナさん、お元気そうですね」
「そういう挨拶は良いわ、さっきのは一体何よ?」
「さっきの、と言われても何のことかわかりませんが?」
まあ十中八九近代魔道具の事だとは思うが、一応確認はしておこう。
「何って、貴方達の装備品の事に決まってるでしょ。特にそのブーツよ。ドラゴンを蹴り飛ばせるなんて普通の魔道具にできる芸当じゃないわ」
「疑問に思うことは自由ですが、流石に僕もパーティーメンバーでもない方に、あれこれと話すつもりはありませんよ。それくらいはマリナさんも理解しているでしょう?」
「そ、それは、もちろんわかるけど……」
マリナさんもその辺りは理解できているようで、少し言い淀んでしまう。表情を見る限り何かを悩んでいるようにも見える。
――しばらく無言の状態が続き、状況が変わらないことに対し何かを決心したのか、マリナさんが真剣な表情で僕を見据えた。
「……近代魔道具。少し前の近代錬金術の復活。その立役者に関する情報は隠匿されていて、私には知ることが出来なかったけど、貴方が――」
「バーナード様、素材の採取が完了しました」
「……わかった。アリスありがとう。マリナさん、申し訳ありませんが、そろそろ時間です。また後日に機会があればお話を聞きますよ」
アリスの報告を受け、マリナさんとの話を切り上げて立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。まだ話の途中よ!?」
「僕は逃げも隠れもしませんので、心配はいりませんよ。それにマリナさんはこれからガーディアンとの戦いなんでしょう? 集中しないと手痛い洗礼をくらいますよ?」
「……確かに、今はガーディアンに集中するべきね。わかったわ、また別の機会に聞かせてもらうことにする」
マリナさんは興奮気味だった表情を引き締めて、離れて装備の確認を始めた。
改めて周りを見回すが、相変わらずマリナさんの周りには人っ子一人見当たらない。……つまり、ここまで一人できたということか。
これまでの階層全てに言えることだが、僕達みたいなイレギュラーを除けば、皆相当に苦労を重ねて階層の踏破をしているはずだ。
先ほどの索敵に引っかからなかった事も関係しているのかもしれないが、見た目と違い相当な手練ということなんだろう。
戦闘準備をしているマリナさんを尻目に上層へ向かうポータルを探して天獄塔に戻る。
マリナさんとは近いうちに本格的に話をする必要ができたな。彼女の事情は分からないが、今は無事に討伐できる事を祈ろう。




