時間と変化
近代錬金術復活の宣言から一ヶ月が経った。
日が暮れの時間も少しづつ早くなっており、外を歩く際にも風が少し冷たく感じられるようになってきたらしい。……いや、温度調節魔道具のせいで実感がまったくわからないんだ。
あの日の宣言以来、僕は普段は探索者として天獄塔を登り、その合間にシェリルさんの手伝いをして日々を過ごしていた。
報酬をもらっているので手伝いというか、仕事というべきだろうか。
「それにしても今週は捕縛数が随分減りましたね。大丈夫なのかなぁ」
「うーん、別に少ないのは良いことなんじゃない? というより、そんなにポンポン捕縛者が出てきてもこっちが困っちゃうわ」
今日は久しぶりに不審者の捕縛を手伝うことになり、先ほど捕縛者の連行が終わったところである。 丁度シェリルさんとばったり会ったので、ついでに報告をしているというわけだ。
油断していると拉致されるから、こういう形の報告がやりやすい。
「……それはそうなんですけど、小規模なものばかりなので逆に心配になっちゃうんですよね」
「バーナード君はたまに妙に心配性になるのね。普段はいい加減なのに……」
……それは貴方にだけは言われたくないな。
シェリルさんは《まったく困った奴だな》的な仕草で表情でこっちを見ているが、妙に様になっているのが悔しい。
まあ、確かに心配をしすぎているのは、僕自身が良くわかってはいるのだが、セオドールに掛けられた冤罪の件を考えると、こう静かなのが逆に不安を駆り立ててしまう。水面下で何かが動いているような気がしてしまう。
……ダメだな。近代錬金術が再び発展を始めた今、僕が不安になることは悪影響を与えることはあっても良い影響を与えることはないだろう。
心配のし過ぎはよくないし、話題を変えることにしよう。
「まあ、考えすぎてもどうしようもないですね。あ、そういえば聞きましたよ。ついに月虹花の群生地を見つけたそうですね」
「あら、バーナード君は耳が早いわね。実は報告を受けたのは今日になってからなんだけどね。……報告によると、昨日探索から帰った探索者パーティーが第十五層で月虹花の群生地を見つけたらしいわ」
「おお、それはちょうど良いですね。僕達、次の探索は第十五層なんですよ。探索ついでになりますけど、多めに採取してきましょうか?」
「もうそんなに進んでたのね、最近窓口に立ってないから知らなかったわ。……一応探索者ギルドから買い取り依頼は出しているんだけど、それでも手に入る量が少ないから困ってたのよね」
シェリルさんの手伝い内容は、近代錬金術の指導、錬成物の管理、不審者の追跡及び捕縛など多岐に渡っているが、基本的には僕の自由は尊重されており、探索を優先させることを理解してもらっている。
そのおかげで探索も順調に進み、次回には第十五層を探索することになる。天獄塔は六十階建ての塔なので、全体の四分の一ということになる。
探索者全体からすれば少数にはなるが、この辺りまではテンポよく進めるものはわりといるらしい。
先日ダニスさんから聞いた話では、問題になるのは第二十層以降なのだそうだ。
そんなダニスさん達や他のパーティに代表される最前線の《攻略組》といわれる探索者達は、第二十五層で足踏みをしている状態で、わりと絶望感が出ているようだ。
理由を聞いてみても、「お前もそこにたどり着けばすぐに理由がわかるさ」とか言って、勿体ぶって教えてくれなかった。
閑話休題、僕が第十五層にあるらしい月虹花の群生地にたどり着くことができれば、異界産錬成粉の大量供給が可能となる。
異界産の素材は倍近い性能を期待できる。つまりその先の研究次第で僕達が百年前にたどり着いた地点を超える事ができるかもしれない。
「……ちょっと目が怖いんだけど」
……おっと、いけない。こればかりは意識してもまったく治る気配もないな。……ごめん嘘です。もう治す気はまったくないです。
「そういえば、シャーロットとディアナはきちんと仕事をできてますか?」
ひとまずはごまかす方向でちょっと真面目な表情を作って話題を変えてみる。
「……話を変えたわね。二人共毎日頑張ってくれているわよ。」
――シャーロットとディアナの二人はシェリルさんの支援をするために造ったホムンクルスのことだ。
僕が異界探索に時間を取られる都合上、どうしても時間が足らなくなってしまう。その状況を打破するために、近代錬金術の指導支援をシャーロット、そして不審者追跡支援をディアナにお願いしている。
二人は普段からシェリルさんの邸宅に住み込みで仕事をしてもらっているので、今日のようにたまに様子を聞いている。
「二人が頑張っているようで安心しました」
シェリルさんの事だからさほど心配はしていないが、一応確認はしておきたいからね。
「特にシャーロットちゃんにはお世話になりっぱなしね。バーナード君が留守の間も、近代錬金術の習得が進められるのは彼女のおかげね」
……シャーロットには近代錬金術の基礎部分に関する資料へのアクセス権限を与えているので、それがきちんと効果を表しているようだ。
少し話し込んでしまったが、シェリルさんへの報告も終えたので、家に帰ることにした。
「ただいま」
「おかえりなさいませ、バーナード様。もう少しでお食事の用意が終わりますので、申し訳有りませんが少しお待ち下さい」
家に着くと、丁度アリスが食事の用意をしている最中だったようだ。
調理の最中なのに出迎えに出てきて大丈夫なのかとか思わなくはないが、アリスはたまにしか失敗しないので大丈夫なのだろう。
実は半月ほど前に家を購入して引っ越しを行ったのである。
探索者として比較的安定して稼ぐ事ができるようになったため、そろそろ拠点を変えた方が良いのではないかという話になったのだ。
その時には、より高級な宿に移る選択肢もあるにはあったが、僕としてはやはり誰にも気兼ねする必要のない研究室を用意したかったので、少々無理をしたが住宅を用意することにしたのだ。
途中、危うくシェリルさんに裏で手を回されて、高級住宅街に住むことになってしまいそうだったが、それは全力で回避させてもらった。あんな無駄に金のかかる所に住めるか。
ちなみに家を購入して引っ越したことで、ジークとエリーシャとは住む場所が離れてしまったのだが、そこは通信用の魔道具を渡してあるので、以前ほど近くに住む必要は無くなった為、離れたことによる問題は起きていない。
考えにふけっていると、玄関のほうから元気な音が聞こえてきた。ブリジットが帰ってきたかな?
勢い良く開かれた扉の方を見ると、やはりブリジットだった。
「お兄ちゃん、ただいまー。お腹すいたー」
「ああ、ブリジットおかえり。今日はどうだった?」
「もちろん今日も完売だよ。今日もちゃんと我慢したから褒めて褒めてー」
なぜブリジットがそんな事を言い出したかというと商売初日、売り物の大半をブリジットが食べてしまい、アリスにメチャクチャ怒られた事が原因だったりする。
あんなに怒ったアリスを見たのは、トライアル時にジークの斬撃にアリスが巻き込まれそうになった時以来だが、マジで怖い。
流石のブリジットもそれ以来売り物を食べてしまうことは無くなったが、代わりに毎日僕が褒めることになってしまったのだ。
「いつもありがとう。ブリジットは偉いな」
「えへへ」
頭を撫でながら褒めてあげると、ブリジットは少し恥ずかしがりながら、嬉しそうに目をつぶっている。
その後、すぐに食事の用意が終わったので、三人で食卓を囲んで美味しい食事を堪能した。
アリスの料理も日を追う毎に洗練されてきており、ブリジットに販売してもらっている料理も非常に評判が高く、探索者の間で話題となっているくらいだ。
とはいえアリス一人に負荷をかけ過ぎるのもいけないので、近いうちに料理をサポートできる人員を用意するべきかもしれないな。
いきなり一ヶ月も時間を進めてしまったので、まだジークとエリーシャが出てきていないというのに、状況の変化を書くだけで一話が終わってしまいました。
さて、二人はどのような変化があったのでしょうか。




