協力関係(一)
蓄音の近代魔道具から流れる音楽は、しばらくの間部屋中を安らぎに満たした。
そして音楽が鳴り終えると今度は先ほどとは対照的に静寂が部屋の中を満たしたため、ごくりとシェリルさんの喉の音がやけにはっきりと聞こえてきた。
少し待ったがシェリルさんからの反応が得られないので、テーブルの上の魔道具を指さしてシェリルさんの目をしっかりと見ながら問いかける。
「これで……、僕が錬金術師だと信じて貰えましたか?」
「……正直なところ信じられないことなんだけど、流石に私の目の前で起きた事は否定のしようもないわ」
実際にシェリルさんの目の前で近代魔道具を修理して動作させたのだから、いくら疑わしいとはいえ流石に信じるしかないだろう。
しかしそう言い放つと、そのままシェリルさんは何かを考え込むように顔をうつむき加減にしたまま何かをブツブツ言っている。
この人はこういった仕草も絵になるな、うわ言のようにブツブツ言ってさえいなければだけどね。
それにしても、まるで落ち込んでいるようにも見えるのだが、今の流れでそんな要素があったかな?僕の目がおかしくなってしまったかな?
「まさか……、まさかこの近代魔道具は本当に蓄音機なの?」
「そうですね、少し形がわかりにくいとは思いますが、確かに蓄音機ですよ」
凄く重い表情のまま確認してくるが、僕の言葉を聞いて非常にわかりやすくさらに落ち込むシェリルさん。
目の前で念願の近代魔道具が動いたのだから、てっきり手放しで喜んでくれると思ったんだけど……。
「かつて私の父が、この変わった形状の近代魔道具を解析するために莫大な予算とリソースを投入したの……。その結果は《何も解らなかった》よ。私はそんな父の遺志を継いで、引き続き解析を続けていたのだけど……結果は同じだったわ」
「近代魔道具は基礎になる部分から、古典魔道具とは仕組みが違ってきますからね。古典錬金術の知識しか無いのであれば解らなくても無理は無いかもしれません。特にこの蓄音魔道具は見た目も解りづらいですから」
そう、誰が作ったのかは知らないが見た目ではこの魔道具が蓄音魔道具だなどと気づくことはできないだろう。
流石に趣味が悪いとしか言いようが無い。
「ち、蓄音機の解析なんかに莫大な予算を……。いや、これまで全く見当もつかなかった問題が解決したのだから……でも……」
おぉ、シェリルさんはメンタルにかなりのダメージを負ってしまっていたようだ。
確かに親子二代で莫大な労力を注いで解析してきた物が、まさかただの蓄音魔道具だったなんてジョークにもならない……。
ち、違う魔道具を直せばよかったかな?
いや、でも遅かれ早かれいずれは判明することだろうから、どこかのタイミングでは必ずメンタルにダメージがありそうだし、この機会で判明して良かったと信じよう。
あ、でも一つ釘を刺しておかないといけないな。
「僕から一つお願いがあるんですが、できればこの件はまだシェリルさんだけの心のなかに止めておいて欲しいんです」
「ええ、そうね……」
「今はまだ近代錬金術を広めるには時期尚早だと思います。せめてシェリルさんがもう少し近代錬金術の知識を手に入れて、普及の目処がたってからが良いと思います」
「ええ、そうね……」
先ほどから同じ返事しかしていないが大丈夫だろうか?
少し考えがまとまるまではそっとして待っていることにしよう。
シェリルさんはしばらくの間、何やら考えていたようだがようやく考えがまとまったのか、ガバっと顔を上げおもむろに口を開く。
「よし! バーナード君、早速明日にでも大々的に布告するわ! 世界中に知らしめてやりましょう!」
いやいやいやいや、まあ待てシェリルさんや、その様子ではやはり先ほどの僕の話は聞いていなかったね?
シェリルさんは長い時間を掛けた解析で分からなかった疑問が解けたことで、少々というかかなり興奮しているようだ。
先ほどまでの落ち込みようは何処へやら……、鼻息が荒いという表現が比喩ではなく本当に起こっている。
喜んでもらえる分にはこちらも嬉しいのだが、根回しも何も無しにいきなり大々的にバラそうとするんじゃないよ。
「……僕の話聞いていませんでしたね?」
「え!? ご、ごめんなさい。考えこんでたから聞き逃しちゃったみたい。申し訳ないけどもう一度お願いできるかしら」
「……はぁ、やはり先ほどは聞いていなかったみたいなので、もう一回言いますね。僕から一つお願いがあるんですが、できればこの件はまだシェリルさんだけの心のなかに止めておいて欲しいんです」
「え、なんでよ!? 近代錬金術の復活だなんてこれはもう世界的な大事件よ!? 一秒でも早く話を広めないと!」
いきなり抵抗するシェリルさん。テーブルを叩いて立ち上がり、かなり食い気味に突っかかってきている。
あまりの事態に冷静に考えることができていないのだろう、流石に短絡的すぎる。
「シェリルさんが言うように世界的な大事件だからですよ……。果たして今も存在するのかどうかもわかりませんが、もし錬金術排斥派の耳に入ったらどうするんですか? 妨害工作や、ヘタしたら命まで狙われかねませんよ。改めて近代錬金術を広めるのであれば、それ相応の準備や根回しが必要ということです」
「何よその物騒な派閥は……。そんな派閥聞いたこともないわ」
「百年前には確実に存在していた派閥ですよ。錬金狩りは間違いなく奴らが扇動していたわけですから。でもシェリルさんが聞いたことが無いというのであればすでに解散している可能性もありますが……、こちらとしても万全の態勢は敷いておくべきでしょう」
錬金狩りで錬金術師が排斥されて終えてから、すでに五十年……か。確かに存在していなくてもおかしくは無いが、今後再び錬金術師が見つかった時のために何か対策が講じられている可能性もゼロではない。
「そ、そうね用心はしておくに越したことはないわ。……それにしても錬金術師セオドールさえあんな重大犯罪を犯さなければ、こんな事にはならなかったのに……」
その言葉に心臓が止まりそうになると共に、一つの諦めかけていた思いが僕の心をゆっくりと満たしていく。
……セオドール、君の名誉はこの時代で必ず僕が取り戻してみせるよ。
「……シェリルさん、今後僕が協力するに当たって守っていただきたいことがあります。二度と、二度と僕の前でセオドールの名を貶めるような発言をしないでください。もしそのようなことが再びあれば僕は今後一切シェリルさんに協力することができなくなります」
「なんでバーナード君がセオドールの事を庇うのよ。……わかったわ。二度とその名を貶めるような真似はしないわ」
まだ少し理解が追いついていないみたいだ。僕が錬金術師であることは理解したが、バーナード・エインズワース本人であることは理解できていないのだろう。
これから協力していくに当たり、その件に関しても錬金術排斥派の件も早いうちに理解して貰う必要があるだろう。
「今から大事なことを幾つかお話しします。これに関しても時期が来るまでは他言無用でお願いします。良いですね?」
「わかったわ、任せておいて。……あ! 会話が外に漏れないようにしておいた方が良いわね。ちょっと今から音声遮断の魔術を展開するわ」
「それには及びません。すでに展開済みですから」
「え、いつの間に……」
そう言いながらシェリルさんは周りを見渡しながら意識を集中させ、音声遮断が展開されていることを確認し始めた。
実はシェリルさんに錬金術師であることを伝えた際にはすでに展開済みだったりする。魔術と違い目に見えて起動のタイミングがわからない事も魔術衰退の一因だったりするのだが、……まあそれは今話すことじゃないな。
「まあ音声遮断の件はまた後ほどということで……、僕は――」
シェリルさんの夢を信頼し協力体制を敷く以上、隠し事は減らしたいので、なるべく多くのことを話すことにした。
僕がバーナード・エインズワース本人であること、セオドールとの関係、セオドールが嵌められた件、その件に錬金術排斥派が絡んでいる事。
話し終えるまでしばらくかかったが、シェリルさんは嫌な顔一つせずに聞いてくれた。
シェリルさんは短慮なのだろうか……。




