君ならわかると思ったんだけどなあ
いつも通りに戦うのであれば、さっさと距離を詰めて一気に仕留めてしまうところだ。しかし、今回はレイが僕達の戦いを見ているので、手の内は晒しすぎないほうが良いだろう。
小声で指示を出すと、イネスは無言で頷き一歩前に出て構えた。軽く腰を落としつつもスムーズな足運びが意識されており、素早い動きにも対応出来る構えらしい。
「前よりも動きが良くなっているね。頑張って鍛錬しているみたいだね」
「マキナ殿との組手は勉強になりますから」
マキナさんか。そう言えばトライアル以降はほとんど会っていないが、先日遠巻きに見かけた際にはイネスと二人で楽しそうに歩いていた事を思い出す。マキナさんとしてもイネスの武術知識は良い刺激になっているのだろう。良いか悪いかわからないが「ジジイのシゴキより楽しいぜ」とか聞こえてきたし。
閑話休題、クリスタル・レイスはある程度近づいた後、一定の距離を保ちながら礫を飛ばしてきた。イネスがその一つ一つを的確に捌いている。実に安定している。一応、呪いは注意しなければならないが。
イネスが前に居るのでクリスタル・レイスの攻撃くらいであれば、全て任せても問題ないだろう。そうなれば、後は攻撃手段を用意すれば良い。こちらの都合ではあるが、容易に近寄れない以上は遠距離の攻撃手段が必要となる。
一番簡単なのは斬撃を飛ばすことだが、あれはレイに見せるには強力過ぎる。何か――あっ。
考え始めてすぐ、咄嗟に頭に浮かんだ物。それは、近く探索者ギルドに提供する予定の武器だった。あれならば、この場で使ってもそれほど問題は無いだろう。言い訳もしやすい。
アイテムポーチに手を入れて、その武器を取り出した。
――強化スリングショット。
一般的な武器でもあるので、仕組み自体は初歩的ではある。しかしながら、近代魔道具として各種構成部品が強化された事により、それが生み出す威力は見た目によらず絶大である。
「へえ、面白いものを持っているね」
「借り物ですよ。近く探索者ギルドで提供される予定らしいです」
これならばさほど無理のない内容のはずだ。アイテムポーチが利用可能となった探索者達であれば、大量の弾を持ち歩くことも可能なので、実用度も非常に高い。
今回は使う予定がなかったので、弾の用意はしていない。だが、弾がなくてもその辺の石で代用が可能なところも売りの一つだ。そう思いながら、足下に散らばる光る物体を拾い上げる。
先程から気にはなっていた。クリスタル・レイスが放っている礫はどうやらクリスタルの塊らしい。セントラルの解析によれば、結構な純度な上に構成密度も高く硬い。……まだいっぱい落ちているので、何かに使えるかもしれないから、あとで回収しておこう。
同じくアイテムポーチから、強化していない聖水を取り出して栓を抜く。それを腰のベルトに取り付けてクリスタルの礫に中身を掛ける。
さて、反撃の準備は万端だ。両の足を肩幅に開き半身に構える。スリングショットのゴムを引き絞り、セントラルの支援を受けながらモノクル越しに狙いをつける。
「くらえ!」
スリングショットから放たれた礫は一直線に軌跡を描き、吸い込まれるようにクリスタル・レイスへの元へと到達する。想定していたよりも弾速が速かったのか、クリスタル・レイスは身動き一つ出来ていない。
クリスタル・レイスに直撃した礫は、霊体を抉りながら反対側へと貫通した。クリスタル・コングマンとは異なり、うめき声のようなものを上げながらこちらを睨みつけてくる。
……ダメージはあるようだが、一撃で倒すのは無理、か。セントラルのサポートを受けてはいるが、だからと言って、狙った部位に百発百中になるというわけではない。アリスだったらもっと正確に当てられるんだろうけどね。
当然、イネスにも可能ではあるだろうが、今回は壁役に徹してもらっている。ここは僕が頑張るしか無いだろう。まあ時間はある。落ち着いて行こう。
初撃はしっかりと命中したがその後は警戒されたのか、一応当たりはするもののなかなか致命傷を与えられなかった。そして十数回に渡ってスリングショットによる射撃を繰り返していると、離れた場所で見守っていたレイに動きがあった。
「バーナード君、一つだけ聞いても良いかな?」
「どうしました? 今、ちょっと忙しいんですけど」
少々時間がかかりすぎている気もするので、レイもしびれを切らしてしまったのかもしれない。そう思いレイを見ると、予想通り不満げな表情をしていた。ご期待に添えなかったみたいだ。
戦闘開始前の言葉を聞く限り、僕達の実力に興味を持っていたのは間違いない。それにも関わらず、これほど時間を掛かってしまっているのだ。期待はずれに思ってもおかしくはない。
「ちょっと構図が格好悪くないかな?」
「構図?」
レイに問いかけれられて、今の状況に関して別の視点で整理する。
クリスタル・レイスは希少な魔物であることはわかる。だからとは言え、たかだか一体の魔物である。そんな一体と戦う為に、丸腰の女性を壁代わりにして、自身は安全な場所で礫を放つのみ。……あぁ、ちょっとダメかも。
でも、実力を隠すと決めた以上は今更だ。失望ならいくらでもしてくれて構わない。
「……つまらないなあ。ん?」
僕に意識を向けていたレイが、その視線をクリスタル・レイスへと向けた。礫は変わらずこちらへ飛んできていたので気が付かなかったが、クリスタル・レイスの視線はレイへと向いていた。こんな時に話しかけてきたせいで、クリスタル・レイスも意識せざるを得なかったのだろう。
これは好都合だ。そう思い、少しだけ死角に入るように移動をする。あれだけ余裕を見せているくらいだ、レイも礫を避けるくらいは出来るだろう。
次の瞬間、クリスタル・レイスの瞳が怪しく光った気がした。次の瞬間――。
「呪いだ、避けて!」
僕が叫んだ直後、クリスタル・レイスの眼前に禍々しい力場が発生していた。あれが、晶石化の呪いか?
たとえ呪いであっても、イネスであればシラハ取りが可能だ。だがレイが対応可能なのだろうか? 避けられるかどうかもわからない。しかし、イネスに動いてもらおうにもこの距離では難しい。
力場から発せられた黒色の軌跡は、レイに向かって一直線に飛んでいく。
「おっと、余計なことをしちゃったかな」
そう言いながら、レイが横に飛び退く。いや、それではダメだ。呪いは追尾する。ずっと追ってくるわけではないので避けきることは無理ではないが、少し避けたくらいでは避けきれるものではない。
それに気がついたのか、レイは観念したように足を止めてしまう。
「イネス!」
「無理です。間に合いません!」
「……仕方がないなあ。見せるつもりは無かったのに」
迫りくる呪いに相対したレイの表情に焦りは感じられなかった。そして――。
そのまま直撃するかと思われた禍々しい呪いの力は、レイに到達する直前に忽然と消え去ってしまった。
「呪いが、消えた? どうやって?」
「どうって、魔術だよ知らないのかい?」
僕の疑問に対して、レイが事も無げにそう答えた。
これが魔術だって? こんな魔術、僕は知らない。いや、正確に言えば呪いを弾く魔術は僕も知っている。しかし、魔力の高まりなんて感じられなかった。
魔術の行使には必ず魔力の高まりという予兆がある。これまでの経験上、詠唱隠蔽を持ってしてもそれが変わることはなかった。
困惑する僕を見て、レイが嬉しそうな顔を見せる。
「不思議かい? 君ならわかると思ったんだけどなあ」
「……僕なら?」
「だって君、錬金術師だろ?」




