罠ということか?
周囲を警戒しながら奥へと進む。先程までも警戒していなかった訳ではないが、もう一段階警戒レベルを上げたという方が正しいか。
そうしてしばらく歩き続ける。ゆっくりとセントラルのナビに従い進んだ先で、僕の前に立ちはだかったのは、何の変哲もない洞窟の壁だった。……はて?
疑問に思いつつ一旦足を止めて、近場の岩陰に身を潜める。そして改めて周囲に危険がないか確認を行い、モノクル越しに表示されている地図へ視線を移した。
「……なるほど、そういうことか」
表示された内容を確認した際に、つい独り言をつぶやいてしまう。とはいっても非常に小さく発しただけなので、周囲に人が居たとしても気が付かれることはないと思われる。僕のように亜神となった者が潜んでいれば別だが、さすがにその可能性は排除してもいいだろう。
モノクル越しに表示されるメニューを操作し、セントラルへと指示を出す。
『かしこまりました。周囲のスキャンを行います――スキャンが完了しました』
ひとまず、危険は無さそうだという事がわかったので、岩陰から出て壁に近づく。そして壁の前に立ち、右手を前に伸ばす。伸ばした手は壁に触れる――事無く、すり抜けた。……なかなか凝った事をするものだ。
今もなお視界には洞窟の壁が見えているが、ナビは変わらず先を示していた。そう先程モノクル越しに確認した地図上にはまったく別の情報が表示されていたのだ。つまり、手がすり抜けてしまったこの壁は偽物である。
壁がいつ作られたものなのかはわからない。しかし間違いなく言えるのは、以前の探索時に未踏地形探索魔道具で作成した地図には存在しなかったということだ。
手がすり抜けたことから当然、物理的に作られたものではないのは明らかである。ここを通った魔術師が魔術的に作ったものなのか、それとも異界が作り出したものなのかは、この際どうでも良い。
壁の向こうへ抜けると、少しだけ気温が下がったように感じた。セントラルに確認したが、特に環境情報に変化はなかったし、僕の装備品は環境の変化にはめっぽう強い。恐らくは魔術師の痕跡を辿り、僕の意識が切り替わったことによるものなのだろう。ただ、魔力の反応は若干弱くなっているので、それを肌で感じたのかもしれない。
そしてしばらく先へ進むと、遂に周囲の環境に変化が訪れた。通路の壁に沿って人工物が設置されていたのだ。
人の形をした物、動物のような形をした物、魔物のような形をした物。……これは、もしかしなくてもゴーレムで間違いない。作っている途中の物もあるという事は、ここで製造しているということだろうか?
見えている範囲には最低でも五体は完成したゴーレムが確認できるが、通路の角を曲がった先はどうなっているかはわからない。もしかしたらより多くのゴーレムが作られているのだろうか?
そういえば、この第五層は鉱石系の魔物しかいない。こういったゴーレムを製造するのに、素材に困るような事はない最適な環境だといえるだろう。
なにしろゴーレムを作り出すためには、純度が高い鉱石が大量に必要となる。以前、僕が破壊したミスリルゴーレムも大量のミスリルが使われていた。……あれは美味しい獲物だった。
閑話休題、今はそんな事よりも目の前のゴーレムだ。魔術師が使うゴーレムはただでさえ強力なのだが、異界産の素材で作られたのであれば、より強力な物になっているのは想像に難くない。
アイテムポーチに収納してしまえば起動することは無いが……、こんなところに置いてあるくらいだ。何かしらのセンサーが反応してバレてしまう可能性のほうが高いだろう。
不要な危険を犯すよりも、ひとまずは奥の様子を確認する事にする。慎重に歩き、ゴーレムの前を通過して曲がり角まで到達する。恐らくここを曲がった先に魔術師は居る。
ブーツで足場を作りながら地面よりも少し上を歩いているので、音で気が付かれる事は無いと思うが、努めて慎重を心がける。
そして、曲がり角の先を覗き込もうとした時――。
「私の研究施設で何をしている」
何者かに背後から声を掛けられた。……どういうことだ?
想定外の出来事に驚き、背筋に冷たいものが走る。モノクル越しに見える情報では辿ってきた魔力の反応は、今も曲がり角の先にある。
ゆっくりと振り向き相手を目視する。……すぐに襲い掛かってくるような事は無いようだ。もしかしたら魔術師と勘違いしてくれているのかもしれない。
声の主は想定通り魔術師だった。そしてモノクル越しに見える情報によれば、魔力は追跡していた魔術師の物で相違ない。
……曲がり角の魔力反応は罠ということか?
「それはこっちの台詞ですよ。あまり僕の塔で好き勝手な事をしてもらっては困るんですがね」
「ん、貴様は魔術師ではないのか? なかなかの魔力を持っているようだが……」
やはり魔術師と勘違いしていたようだ。以前シェリルさんが勘違いした時と同じような事を言っている。
錬金術師は魔力を多く持っている者が多い。魔石などから魔力を抽出すれば、錬成には必ずしも魔力は必要というわけではないが、やはり自身の魔力を使ったほうが利便性は高いのだ。
百年前とは違い、錬金術師を見たことが無いものからすれば、魔力で判断してしまう事は必ずしも間違っては居ない。
……もしかして錬金術排斥派の魔術師では無いということなのか?
「……僕は魔術師ではなく探索者です」
「くくく、探索者風情が。異界を探索しているうちに愛着でも湧いたか?」
魔術師は僕の受け答えに対して、笑いを隠しきれないようだ。魔術師からすれば一介の探索者などこの程度の扱いだということなのだろう。
……愛着も何も正真正銘、僕の家なんですけどね。まあ、それは良い。いちいち否定するのも面倒だ。
「ゴーレムの製造施設、と言ったところですか。異界の鉱石で作られたゴーレムはさぞかし良い性能を発揮することでしょうね」
「わざわざこんなところまで来たんだからな、これくらいの役得がなければ割が合わんよ」
割が合わない? それは何に対して?
……一番、想定しやすい理由といえば、この異界に居ることそのものだろうか? 天獄塔の異界に来たくて来たわけではない。
そうであるなら何故、この魔術師はここに来たのか?
「……何かの依頼を受けてってところか。どうやって異界に入ったのかはわから――いや、スタンピードか」
「正解だ。……依頼事は片付いたからな。あとは好きにさせてもらう」
魔術師はそう言って、不敵に笑う。魔術師が探索者ギルドに隠れて異界内部に侵入する理由。いまいち想像がつかないが、もし最上階を目指すのであれば、依頼が終わったなどという表現はおかしい。
とはいえ、これ以上は語ってくれるつもりは無いようだ。
「ちょっと、ペラペラと話し過ぎじゃないですかね? ……まあ、もしかしなくても生きて返すつもりはない、って所か?」
「ご名答だ。ここから逃げられると思うなよ」
そう言うなり、魔術師の手元で魔力が弾ける。――速い!?
咄嗟に飛び退くと、先程まで立っていた場所に土らしきもので出来た槍が数本刺さる。魔術の発動は速いが、反応できないほどではない。魔術師としてはそこそこ優秀な部類だろうか。面倒な手合ではあるが、その程度だ。
――そう思った直後、横から殺気を感じた。慌てて沈み込むように体勢を低くすると、同じように槍のようなものがギリギリを通過する。なんとか避けながら視界の端で敵の姿を捉えた。
「……同じ顔!?」
なんと驚いたことに、正面に離れて立つ魔術師と同じ容姿の男が立っていた。
魔術師登場から戦闘開始まで、ちょっと足早だったかもしれない(>_<)




