ご退場願うことにしよう
ジャネッタの足元で、ゆらゆらと弱々しく火を灯しているランタンが、薄暗い空間を申し訳程度に照らす。この悲しい結果を更に強調しているかのようだ。
とはいえ、全員を救出することは叶わなかったが、ランディス達が気にかけていた人物であるジャネッタが生きていた。不謹慎な言い方になってしまうが、不幸中の幸いだったと言ってもいいだろう。
それにしても、事件にあってから数時間もよく生きていられたものだ。この第五層に生息するのは鉱石系の魔物ばかりで、血の匂いを嗅ぎつけてくるような魔物がいなかった事が、この奇跡を後押ししてくれたのだろうか。
もしもそれが理由なら、ピエール達が別の階層で襲われていたとしたら、また結果は違うものになっていただろう。
ピエールはジャネッタを抱き、つられるように泣いている。今は生きていた喜びを噛み締めているようだ。とはいえ、このままここに居るのは少々リスクが高い。
まずは安全な場所まで移動するべきだろう。そう思い、二人の元へ歩み寄る。
「再会を喜んでいる所、すみません。ジャネッタさん、お怪我はありませんか?」
「え、あんたは?」
「……ああ、これはすまなかった。この人が俺を助けてくれたんだ。あの後――」
ようやく僕の存在に気が付いたのか、ジャネッタは警戒するようにこちらを見た。その瞳には明らかに怯えが感じられる。……まあ、こんな怖い思いをすれば仕方がない。それに気がついたピエールは、ジャネッタの警戒を解くべく簡潔にではあるが説明を始めた。
なんとか魔術師を撒いて逃げ延びたこと、天獄塔を出たところで死にかけたこと、その他ここまでに起きたこと。説明が長くなりそうだったので、途中いくつか端折ってもらいつつ、ジャネッタの傷を確認して治療を行う。治療とはいっても、既にセントラルによるスキャンは完了しているので、症状を確認して適切なポーションを飲んでもらうだけだが。
ジャネッタの治療が一段落ついたので、これからの事を考える。傷が癒えたことで、ジャネッタも一旦落ち着くことが出来たようだ。
ここまではピエールのお陰で強行軍で来れたので、通常よりも大幅に短い時間で到達できた。しかし、ジャネッタと合流した以上は同じことは出来ないだろう。
つまりそのまま同じ道を帰ったとしても、結構な時間が必要となる。帰り道に魔術師に襲われてしまう可能性も考えると、あまり得策とはいえない。
更に言ってしまえば、ピエール達の仲間の遺体の事も悩ましい。出来ることならば異界の外まで運んであげたいところだが、さすがにこの道程で遺体を運ぶことは難しい。もちろん魔物の死体のようにアイテムポーチに入れるようなことは考えてはいない。
「皆の遺体はここに残すしか無い、か」
「……悔しいけど、それしかないね。今は私達が生きて帰れるかどうかの瀬戸際なのはわかってる」
ピエールとジャネッタも、遺体を運ぶことが出来ない事に関しては、無理矢理に自分たちを納得させたようだ。遺体から探索者証を回収すると、遺体に黙祷する。
「――待たせてしまったな。それじゃあ、気をつけて戻ろうか」
「私ももう大丈夫だ」
二人の気丈な態度はとても立派に思う。後ろ髪引かれる思いはもちろんあるはずだ。しかし、今成すべきことを見失ったりはしない。スラムという厳しい環境で、ランディス達に頼られるような存在であるという事も納得できなくもない。
救出できた以上、この二人は確実にランディス達の元へ帰してあげたいと心から思う。……若干リスクはあるが、僕の思いは決まった。
「それじゃあ、戻りましょうか。そこに集まって下さい」
二人が同じように不思議な表情を浮かべて、こちらを見る。
「……集まって、どうするんだ?」
「どうって、帰るんですよ」
ピエール達は疑問をいだきつつも、僕の指示通りに集まってくれた。それを確認してから、二人の疑問を無視するように、アイテムポーチへ手を突っ込む。
そして手のひら大の大きさの玉を取り出して、二人の足元へと放り投げる。
「え、ちょっまっ!」
二人は若干慌てたような様子を見せる。ピエールが玉を受け取ろうとするが、低い位置に放り投げた玉に手が届く訳もなく。玉はそのまま二人の足元で地面にぶつかる。
すると、玉が淡い光を放ち二人の身体を包み込んでいく――そして、光が収まった時にはそこに二人の姿は無かった。
実はこの第五層に入って移動を始める前に、少し心配していたことがあった。それは救出成功時の帰還方法だ。
救出に成功するという事は、臨時パーティのメンバーが増えることと同義である。入り口の近場であれば問題は無いが、そこから距離が離れていた場合、帰還の難易度は大幅に上昇する。その時に最も安全に帰還出来る方法は何か?
答えは簡単だ。インスタントポータルを使用すれば良い。それを考えて入り口のすぐ近くにインスタントポータルのマーキングをしておいたのだ。
もちろん使う必要がなければ使うつもりはなかった。ランディス達が心配していた二人以外の全員を救出できた場合はなおさらだ。
近代錬金術が復活したとはいえ、さすがにインスタントポータルは多くの探索者達にとってはオーバーテクノロジーだ。深く事情を知っているシェリルさんならともかく、それ以外はホムンクルス達や、ジーク達パーティメンバーに限るべきだ。
本来であれば、インスタントポータルの使用は控え、歩いて帰るべきなのだろう。
途中で魔術師に襲われたとしても、僕は負けるつもりはない。厳しい戦いが予想されるが、僕だって伊達に多くの魔術師を退けてきたわけではない。しかし、二人を守りきれる自信は――ない。戦いの余波で二人に危害が及んでしまう可能性のほうが高い。それは許容しなければならない。
しかし二人の気丈な態度を見て、若干ではあるが感化されてしまったのかもしれない。二人をきちんと帰還させてあげたい、と。異界に入る直前にピエールが見せた態度、そしてランディス達の願い。……リスクを負う理由として十分だ。
「さて、と。僕は僕の成すべきことを片付けるとしますか」
二人を入り口のポータル付近に送った事で、広い空間には僕の声だけが響く。努めて落ち着いた口調で言葉を紡いだつもりだが、どうしても怒りの感情が少しは漏れてしまう。
「セントラル、空間に残されている魔力の残滓をスキャンして」
『かしこまりました。スキャンを開始します――』
天獄塔の異界に紛れ込んだ魔術師がどんな輩かはわからないが、僕の塔で、これ以上の好き勝手を許すつもりはない。――必ず見つけ出して丁重にご退場願うことにしよう。
『――スキャンが完了しました』
セントラルの解析完了のメッセージを聞き、視線をモノクルに表示された情報へと巡らせる。オーバーレイされた地図情報にセントラルのスキャン情報が追加される。そこには特徴的な情報が記録されていた。
「……こっちか」
モノクル越しに見える情報に従い、暗闇の先に向かい足を踏み出す。
光のない常闇の中を足早に奥へと進む。てっきり魔術師はガーディアンの領域へ向かっている物と思っていたのだが、そうではないようだ。少なくともセントラルにナビされた方角には、ガーディアンの領域は存在しない。
しばらく進むと、表示される魔力量が少しずつ増えている事に気が付いた。……そろそろ近いか? そう思い、走る速度を緩める。いきなり目の前に現れることは無いだろうが、ここからは注意して進んだほうが良さそうだ。




