今、何考えてたの?
翌日、天獄塔の広場入り口で皆と落ち合い、目的となる第十九層へと侵入した。前回と同じく視界に映るのは岩石地帯である。少し違う点と言えば、明らかに魔物の数が多いということだろう。
「うは、なんだかもう疲れちゃったな」
「まさか塔に入るだけで、これほど時間が掛るとは思いませんでしたね」
僕の愚痴にアリスがフォローを入れてくれた。そのアリスも、僕と同じように疲れた様子を見せていたりする。
実は広場で皆と合流した後に、いつもの感覚で天獄塔へ入ろうとしたのだが、事はそう簡単にはいかなかった。塔の入り口にたどり着くために、とても長い行列が発生してしまっていたのだ。
原因はもちろん今回のスタンピードである。普段よりも多くの稼ぎを叩き出せる期間というだけあって、いつもはローペースで探索を行っている探索者達も、ここぞとばかりにやる気を見せており、それが長蛇の列として体現していたというわけだ。
ギルド職員達も長蛇の列を捌き切るために、多くの人員が動員されていたのだが、探索者達の勢いはそれを上回るものだった。これに関してはギルド側も予想していなかったようだ。実際に前回はこの体制で見事捌き切ったらしい。
「やっぱり、近代錬金術の復活は大きく影響してそうだなあ」
「それはそうよ。即効性のあるポーションの供給量も増えてきたし、危険が減った分だけ探索者毎の探索回数も格段に増えたもの。もともとバーナード君のペースがおかしいのよ」
マリナさんが若干呆れたように答える。おかしいと言われるのは心外だが、確かにこれまで聞いている限りでは、僕達のようなペースで探索を行っている探索者達は見当たらない。いや、ペースが早い探索者パーティも居るにはいるが、それはあくまで安全マージンを取った素材集めであって、階層の更新ではない。
「まあ、それはいいや。今は目の前のことに集中しないとね」
「あからさまに多いしな」
僕が促したことで、皆の視線は目の前に広がる第十九層のフィールドへと向かう。意識の切り替えは一瞬だった。既に誰も笑ってはいない。
それにしても、確かにスタンピードと言うだけはある。これだけ魔物が増えているというのは驚きだ。僕の記憶にある光景よりも魔物の数が数倍は多いのは間違いない。この階層は一度踏破しているとは言え、あまり油断はできないだろう。
「今回は前見てえな不気味な魔道具は使わねえでくれよ?」
「玄冥の黒杭の事?」
ジークが前を向いたまま、僕に問いかけてくる。一瞬なんのことかわからなかったが、この階層で不気味というキーワードから連想できる魔道具はたった一つだった。
「そうね、精霊たちが怯えちゃうからやめてほしいかな。多少効率は落ちるけど今回は水の精霊に頑張ってもらうから」
ジークとエリーシャが心配そうにこちらの様子を窺っている。ジークはともかくエリーシャの心配はわからなくもない。あれはちょっとインパクトがあったからなあ。でも、水の精霊に頑張ってもらったとして素材の採取には難があるのではないだろうか。
「水の精霊がカーボネーテッドウォーター・エレメンタルに干渉するのは、ちょっと厳しいんじゃない?」
「そこはタイミングね。前回何度も戦ったおかげでちょっと分かってきたの。精霊の反応を見る限りはコアを破壊した瞬間から干渉ができそうだったのよ。今回はそれを試させてほしいわ」
「まあ、僕も今回は玄冥の黒杭の使用は控えようかと思っているよ。ちょっと見た目が怖いし、それに今回は他の探索者達と遭遇する可能性も高いしね」
さすがに、あの魔道具を乱用していると後で手痛いしっぺ返しを食らうのではないか、と思うほどに強烈なインパクトを残している。もちろん、いざという時にまで使用をためらうような真似はするつもりは無いが、そうでない限りは使用を控えようとは思う。
「それじゃあ、僕も考えていることはあるけど、ひとまずはエリーシャに頑張ってもらおうかな。」
「そうね、頑張らせてもらうわ」
方針が決まったので、ひとまず狩場となりそうな場所へと移動しようという話になった。現時点でも魔物の姿は簡単に見つけることは可能だ。それでも移動する理由、それは先程の懸念と同じでなるべく他の探索者達と狩場が被らないようにするためである。
この第十九層を、主要な狩場としてスタンピードに参加する探索者パーティーは、当然僕達だけではない。実際にどれ程かと言われれば当然知らないが、階層の入り口ポータル付近は混雑するだろうし、手の内を見せたくないのはどこも同じだろう。
それに異界内で、ダニスさん達と遭遇するのも若干面倒臭い。特にダニスさんは相手をよく見ているから、僕達の装備品に対して色々聞かれてもおかしくはない。
ちらりとジークへと目をやる。ジークはその辺りは何も気にし無さそうだなあ、と。しかし、彼は彼で何かを考え込んでいるように見えた。
「ジーク、どうしたの? そんなに考え込んで」
「あー、いや、どっちに行けば効率が良いかよくわかんねえな、と思ってな」
「んー、一番良いのは、他の探索者達があまり来ない場所まで行くことかな」
若干、興味が湧いたので理由を尋ねてみたが、ジークの意識は既に魔物たちへと向かっていたようだ。いや、この場合は僕が悪いんだろう。現時点で既に第十九層の探索は始まっている。たまたま魔物と遭遇はしていないが、意識を向けるべきはこちらに決まっている。そう自分の中で反省し、ジークの質問へと向きあった。
「でも、あまり離れると入り口まで帰ってくるのが大変よ? またガーディアン倒して向こうから帰るの?」
すると、マリナさんがもっともな疑問を口にした。表情を見る限り、割りと本気で言ってそうではあるが、今回のスタンピードを考えた場合、わざわざガーディアンと戦う事に意味はない。僕たちは既にこの第十九層を踏破しているし、ここのガーディアンの素材は重点買い取り指定素材ではない。
「さすがにガーディアンを倒すのは無駄が多いかな。まあ、急いで戻る必要は無いから。ある程度の場所まで行ってから帰ってくれば良いよ。いざとなったらインスタントポータルでも使えば良いしね」
「ああ、それはさすがに選択肢に無かったわね。まあ、別に急いでいないし、魔物を蹴散らしながらゆっくり帰ってくれば良いわよ」
そう言いながらも、マリナさんはあまり興味は無さそうだ。というよりも、戦いたくて仕方がないようにも見える。皆もマリナさんの意見に反対する様子はない。視線を正面へと戻し、小さくだが微笑みが漏れてしまう。
まあ、悪くない影響だ。でもマリナさんは割りとそういうところが脳筋――。
ふいに、僕の鼻先を小さな金属体が通り過ぎる。そして一拍遅れて、少し離れた地面に何かが突き刺さる音が聞こえてきた。そちらへ視線を向けると、地面には短剣が突き刺さっているのが見える。
……短剣?
反対へと振り返ると、マリナさんが優しく微笑んでいた。
「今、何考えてたの?」
「……イエ、ナニモ」
「何も?」
「……ゴメンナサイ」
途中、何回か第十九層の地図を確認しながら移動を続ける。スタンピード中のため魔物の数は多いが、途中は魔物を避けるように移動をしていたので、これまで戦闘回数は数回だけだ。
倒すことは特に難しい話ではない。魔物の数は増えたとしても個体の戦力が上がるわけではないからだ。しかし、エリーシャの練習のために倒すタイミングを調整していたので、若干時間はかかってしまった。そのお陰でそれなりの量が採取できるようにはなってくれた。
そして、さらに歩いた先で、ようやく皆が足を止める。




