やる気が出てきたかもしれない
買い取り指定に記されているもので、今回のスタンピードの特徴的と言える素材、それは――。
「カーボネーテッドウォーター・エレメンタルの炭酸水、か」
もちろん他にも多くの素材が記されていたが、その方向性として言えるもの、――それは美容関連の素材だということだろう。これはつまり、以前シェリルさんに渡した美容液を献上させたやんごとない人物が発起人であるということを意味する。まあ、この短期間で国王陛下に宣言させられる人なんて限られている。王妃か、王女か、それともその両方か。
シェリルさんから手に入れた流れから鑑みれば、美容液がもたらす効果を気に入ったのは間違いない。当然の事ながら、毎日使いたいと考えるのも自然な流れだろう。しかし、現状では特製の美容液は入手が非常に限られている。それはそうだ、錬金術師で言えば、近代錬金術学園の講師陣つまり僕、もしくはシャーロット達しかいないのだから。
もちろんメディナスやフィリップ副司祭も物凄い早さで成長している。二人ならそろそろ作れるようになってもおかしくはないが、それでもまだ少ない。
同等の効果を得られる、もう一つの可能性があるとすれば、それは宮廷魔術師だ。魔術でできることは錬金術で実現は可能、つまり逆を言えば錬金術で実現が可能なものは魔術で実現が可能ということだ。
これは、もちろん魔術師が美容液を作るという話ではない。美容液を使用した時と同等な魔術効果を実現するということである。ただ、この可能性にも一つ大きな問題がある。……美容の魔術を専門的に研究する魔術師なんて、そうそういるもんじゃない。いないよね?
……これは、ちょっとやる気が出てきたかもしれない。
一般市民に危険がない以上、この掲示板を見るまでは、異界都市のスタンピードをただのお金稼ぎイベントとしか見ることが出来なかった。まあ、スタンピードの期間中は、指定素材の供給が義務付けられてしまうこともあり、上層への挑戦はできないので、お金稼ぎしかすることがないので、それほど間違えてはいない。
もちろん素材集めも十分に行うつもりだ。存分に稼がせてもらおう。炭酸水は採取が難しいが他の素材はそれほどでもない。簡単な素材は、早々に買い取り枠の上限に達してしまうことは想像に難くない。
……つまり、狙い目は炭酸水だ。
前回の反省も踏まえて、もう少し無理のない炭酸水採取の方法を考案済みなので、それほど苦労することはないはずだ。
しかし、僕にとっての本番は他にある。それは――。
「美容液の大量生産が可能になる魔道具を作ってみるのも面白そうだ」
こういった魔道具の作成は普段であれば若干躊躇してしまうところだ。それはそうだ、美容液を大量生産するということは、その大量生産された美容液を一時的にではあるが保管しなければならないのだから。
が、今回は違う。幸いなことに、先日新しい住まいに引っ越したばかりだ。空いている部屋を使うも良し、学園の施設を使わせてもらうのもありだ。スタンピードの経緯や、シェリルさんの美容へのこだわりから考えれば、容易に許可を得られることだろう。非常に打算ありありにはなってしまうが、これを行うことで、多方面への覚えが良くなる事は十分に期待できる。
この異界都市内において、近代錬金術への評価は非常に高い。これはこの都市には探索者が多いことが理由の一つだろう。近代魔道具は探索に多いに助けになる。探索者の生存率の底上げができているので、探索者達も都市内に多くのお金を落とすことになり、これまでに無いほど経済は活性化しているらしい。
しかし、他ではどうだろうか? 確かに近代錬金術がもたらす富は大きいだろう。それは他の都市でも変わらないが、どうしてもこの異界都市に比べれば単体の規模は小さくなるし、その恩恵に預かれない人はどうしても出てきてしまう。それに他所からこの都市に優秀な人材が流入している現状は、好ましく思われることは無いだろう。
そこで登場するのが、美容液だ。今回のスタンピードで素材の供給量が満たされ、さらに魔道具によって大量生産が可能となる。そうなれば、普及具合も格段に伸びることは間違いないだろう。
少々短絡的ではあるが、今回の作戦のコンセプトは《世の女性達を味方につけよう》だ! ここ最近、僕の身近な女性達は美容に関して、一種の情熱のような物を見せてくれた。
百年前の錬金術師達は、誰しもが新しい技術の研究開発に没頭していた。僕自身、様々な人達に多くの実りをもたらしたという自負はある。しかし、それでも一つの事件をきっかけに、世の流れは錬金術への弾圧へと変わってしまった。だから今回は足元を固めながら前へ進む必要がある。
繰り返しになるが、魔術で実現可能なものは錬金術で実現が可能だ、そしてその逆も然り。そしてそういう意味では今回の美容液に連なる一件は、近代錬金術の足場を固めることに関しては非常に向いているといえるだろう。
「よし、そうと決まれば、善は急げだ」
リンクを切り、魔道具を回収する。そして新しい自宅へと戻るために、広場を後にした――と言いたいところだったが、自宅へと戻るまでには多くの時間を要してしまった。……掲示板前が込みすぎててすぐに事務所から出られなかった。結局人混みに揉まれてしまったので、ダニスさんの選択が正解だったということだろう。
自宅に戻った後はアリスと合流して、そのまま学園内に設置された研究施設へと向かうことにした。道すがら、アリスに事の経緯を説明したところ、非常に好感触だった。他の意見を聞いていないので確実ではないが、少なくともアリスは気に入ってくれたようなので、悪くはない選択だと信じたくなるというものだ。
「それで、設置場所の目処は立っているのでしょうか?」
「いや、まだ学園内ということしか考えていないよ。素材の保存も考えると、規模的にシェリルさんの許可も必要な気もするしね。若干緊張する」
「ふふ、きっと賛成していただけますよ」
アリスが嬉しそうに笑顔を見せる。まあ、ここ数日のシェリルさんとのやり取りを思えば、ほぼ確実に色好い返事をもらえるだろうとは踏んでいる。
「ん、バーナード殿ではないか。今日はこちらに来る予定だったか?」
研究施設へ入り廊下を歩いていると、フィリップ副司祭から声を掛けられた。
「いや、所要ができたので、その下見ですよ」
「ほう、視察が必要な規模の用事か」
僕がちょっとばかりもったいぶった言い方をしてしまった事もあり、その内容に興味を持ったようだ。
そういうことであれば、フィリップ副司祭の技術向上も踏まえて、今回の作戦に協力してもらうのも良いかもしれない。そう思い、先程アリスへ行った説明を今度はフィリップに行った。一通りの説明を終えた後、フィリップ副司祭の反応は実に渋いものだった。
「美容液? そんなくだらん物よりも、もっと新しい技術を追求していくべきでは無いか?」
……この既視感はなんだろうか、ああそうか。今のフィリップ副司祭の反応はまさに、百年前の錬金術師が示したものに通ずるものがある。もちろんその中には当時の僕も含まれていたわけだが。……今回はそれを繰り返すわけにはいかない。
それに、このままだとフィリップ副司祭の命が危ない。アリスから送られたメッセージが先程からモノクルに表示されているからだ。「やっぱり消しますか?」とか久しぶりに見た気がする。
「まあまあ、そう言わずに。今回も色々と吸収できると思いますよ。そこは期待していて下さい」
「ううむ、バーナード殿がそこまで言うのであれば、協力することは吝かではない」
フィリップ副司祭的には、未だ十分な納得を得られていないようだが、今はその言葉を貰えれば十分だ。意識はこれからの取り組みで変えていかないといけないな。




