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錬金術師は家に帰りたい ~百年寝過ごしたら自宅が異界化してました!?~  作者: ワイエイチ
異界都市のスタンピード編

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スタンピード

 見渡す限り、周りの状況についていけていないのは、どうやら僕だけのようだ。少なくとも、僕のような反応をしている者は視界には見当たらない。


 もしかしたらスタンピードの事を知らないことで、状況についていけていない者はいるのかもしれない。ただ、そういった者たちは周りの者が喜んでいれば、そういう類のものなのだと思ってしまうだろう。それほどまでに周囲は楽観的である。その様子に不安が増していくのを感じるが、だからと言って現時点で何かができるわけではない。


 状況に追いつけないまま、シェリルさんの話も終わってしまった。ひとまず、現時点では布告に対する発表のみで、詳細はギルド内の掲示を確認しなければならないようだ。先程まで大騒ぎしていた探索者達も、掲示板に張り出されている布告内容を確認しに行くようだ。


 僕はセオドールから聞いた知識として、スタンピードを知ってはいるが、さすがにここまで認識にズレが出てくると、改めて確認しておく必要があるだろう。


 ……あの人混みは嫌だなあ。


「おお、バーナードじゃねえか」


 そう思い、どんどんと増えていく人だかりを辟易気味に眺めていると、横から声を掛けられた。声がした方へ振り向くと、見慣れたおっさんがこれまた嬉しそうに手を振っていた。……なんだろう、違和感のある状況で、ようやく見かけた平常のはずなのだが、これはこれでまったく嬉しく感じない。どうせ笑顔で手を振ってくれるなら、可愛らしい女性が良いなあ。


「……ダニスさんですか」


「おいおいおい、一体どうした? こんな時に湿気た面してよぉ。アリスちゃんに愛想でもつかされたか?」


「いやいや、そんな冗談言ってる場合じゃないですよ」


「はは、こんなお祭り騒ぎにそんな顔してたらもったいないだろうよ」


 そう言い放つダニスさんは、周りの皆と同じように上機嫌なままだ。ここでも違和感は膨らむばかり、か。


「……お祭りって、僕の聞き間違いじゃなければ、スタンピードですよね?」


「ああ、そうだな。これから忙しくなるぞ。スタンピードが終わるまでは上層に挑戦できなくなるが、まあ仕方がねえな」


「まあ、それはそうですね。上を目指すのも大事ですけど、スタンピードであればさすがに仕方がないです」


 ダニスさんは、うんうんと頷くと口端を上げて不敵に笑う。


「前回は二年前だったんだが、随分と稼がせてもらったからな。今回も楽しみだぜ」


「確かに稼げるかもしれませんが、さすがに魔物の大量発生は危険じゃないですか?」


「何言ってんだ。探索者なんていつも危険だらけじゃねえか。ガンガン上に登ってるお前が言うことじゃないだろう」


 この都市の探索者と一般市民の関係は、僕が思っていたほど近くは無く、随分と淡白な関係性だったということなのだろうか?


 軽いめまいのようなものを感じながら、周りの探索者達の様子を再確認する。せめてダニスさんには、先程までの言葉に抜け落ちている物があることを認識して貰う必要がありそうだ。


「いや、僕たちは別に良いんですよ。この都市に住んでいるのは探索者だけじゃないんですよ? 一般市民のように自分たちの身を守れない人達を放っておいて良いんですか?」


「ん、すまんが、一体何の話をしているんだ?」


 この都市に訪れた危機に対して正しく認識をして貰おうと思っての発言だったが、ダニスさんから返ってきた言葉は、まったく異なるものだった。


「え、スタンピードの話ですけど?」


「ああ、俺の認識でもスタンピードの話をしていたはずだったんだが。……何で一般市民の話になるんだ?」


 同じ話題で話をしているにも関わらず、大きく認識がズレている。これは一体どういうことだろうか。スタンピードなのに一般市民に影響が出ない?


「街中に魔物が氾濫したら、一般市民に危険が及ぶじゃないですか」


「何で街中に魔物が氾濫するんだ?」


「え?」


 想定していなかった言葉に驚いていると、ダニスさんは大きなため息をつくと、少し呆れ気味な顔を見せる。


「天獄塔の異界から魔物が出てくるわけないだろう」




 それからダニスさんは若干呆れながらも、スタンピードに関してきちんと説明をしてくれた。どうやら僕が聞いたスタンピードと、この異界都市におけるスタンピードはまったく別物のようだ。少なくとも、都市内に魔物が溢れかえるような事はありえないらしい。


「そういやすっかり忘れかけていたが、バーナードは探索者になって間もないんだったな。スタンピードに関して知らなくても仕方がない」


「いや、本当に面目ないです。そういったことには疎いみたいです。ははは」


 恥ずかしさを紛らわすように、頭を掻きながら笑ってみる。


「ま、そんなに気にする必要はないぜ。その分、スタンピードでガンガン稼ぐ気になるだろ」


「確かに、今後もこの街で暮らしていくなら、お金はいくらあっても困ることは無いでしょうしね」


「そういうこった。んじゃ、俺は掲示板見てくるわ」


 そう言い残して、ダニスさんは他の探索者を押し分けるように、探索者ギルドの事務所へと入っていった。……よくあんな人混みに分け入る気になるものだ。尊敬してしまう。




 それにしても、今回は随分と驚かされてしまった。


 この異界都市において、スタンピードとは天獄塔の異界内限定で発生するものらしい。いや、ダニスさんに聞いた限りでは、発生するという表現すら正しくはない。


 ――何故ならば、魔物の氾濫自体が探索者ギルドによって意図的に発生させられるものだからだ。


 天獄塔の異界で採取される様々な素材は、常に高い需要が発生している。しかしながら、全ての素材が平均的に採取されるわけではない。当然、難度が低い素材は大量に採取されるし、難度が高い素材はあまり採取されない。……そこでスタンピードの出番である。


 天獄塔の異界は、とある特性を持っている。一つ目は外で採取される素材に比べて、格段に高い品質が約束されていること。そしてもう一つは、異界内部に侵入している者が多ければ多いほど、大量の魔物が発生すること、である。


 スタンピードというのは、この後者の特性を利用して大量に魔物を発生させ、需要はあるのに供給が足りていない素材を、短期間で集中的に集めるイベントというわけだ。


 当然、探索者達の危険も増すが、その分指定された素材の買取価格も大きく跳ね上がる。確かにお祭りだ。




 しばらく様子を見ていたが、事務所内にひしめく探索者達は減る様子は無さそうだ。とはいえ、さすがに今の流れで何も確認せずに帰るわけにもいかないので、無理やり見ることにする。


 周りからあまり見られない場所に移動し、アイテムポーチから小型の球体を取り出して起動する。すると球体は音もなく浮き上がりうっすらと透明に変化して、人混みへと飛んでいった。


「セントラル、リンクお願い」


『かしこまりました。リンクを行います――リンクを完了しました』


 セントラルのメッセージと共に、モノクル越しに見える景色が切り替わる。


「おっと」


 右目と左目に映る景色が大きく異なるため、一瞬目眩のようなものを感じてしまい、声に出てしまう。近くの壁にもたれかかり片目を閉じると、残された視界がクリアになる。


 そこに見える物は、探索者ギルド事務所内に設置されている掲示板だった。掲示板に張り出されている内容を読みながら、スタンピードへの理解を更に深めることにする。


 一通り説明を読み、現時点における認識にズレがない事を確認した後、重点買い取り指定されている素材へと目を移す。


「ああ、やっぱりこれが原因か」


 掲示されている内容を見た瞬間、ついつい言葉が漏れてしまった。


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