シラハ取り
横で観戦しているランディスへと一瞬だけ目を向ける。ランディスも強くはなったが、さすがに魔術師であるパリスには敵わないだろうな。将来パリスの尻にひかれるランディスの姿が目に浮かぶ。
パリスが大きめの魔力を注ぎ生み出した高圧水流は一直線にイネスの元へ到達する。さすがはシェリルさんが目を掛けているだけの事はあると思わせる練度だ。
だがその高圧水流が到達する一瞬早く、イネスは流れるように持ち上げた両の手を額の前で挟み込む動作を取る。
「え!? ……嘘でしょ?」
パリスが驚くのも無理はないかもしれない。今の高圧水流はどう見ても過剰な威力を本気で当てに行っている。その代わり大怪我をしないように恐らくだが拡散しやすいように気を使っているように見えた。
つまり衝突時に激しい水しぶきが上がるはずだったのだろう。しかし現実にはそのような事象が起こることはなかった。その代わりにイネスの両手の中には渦巻く球体が出来上がっていた。
そしてイネスは余裕を持ってゆっくりと口を開く。
「ミヤハラ流奥義、シラハ取り」
イネスはその言葉とともに、自身の手元に生み出された水球からパリスへと視線を移した。その表情からは危うさは一切見て取れない。つまり、偶然ではないということだ。
ミヤハラ流奥義、シラハ取り。その奥義という位置づけでわかるとおり、相手の力を利用する合気の粋を集めた代表的な技術であるらしいシラハ取り。らしいというのはシラハと言うものが何かは知らないからなのだが、きっとこのようなものだろうと推測している。イネスは見事にそれを実践してみせた。
エネルギーの向きを絶え間なく動かすことで、両の手の中に生み出された空間へと滑らかに吸い込まれていく。結果的に突き刺すような高圧水流は、イネスの手の中で巻き糸の様に球状へと変化し、どんどんと大きくなっていったというわけである。
「返しますよ」
イネスは両手の間に生まれた水球を一旦胸のあたりに引き寄せて次の瞬間、水球を勢い良く前に突き出した。
水球から放たれる高圧水流は先程よりも速度を増し、パリスの元へと一筋の軌跡を描く。それを目にしたパリスは目を一瞬大きく見開き、慌てて横に飛び退いた。
間一髪高圧水流の直撃を避けることが出来たパリスだったが、避けた水流が激しい水しぶきを上げながら背後の木を数本なぎ倒す音に動揺を隠せなかったようで、咄嗟に後ろを向いてしまう。……今、イネスから目を話すのは悪手だよ。
当然ながらイネスがその大きな隙を見逃すはずもなく、一足飛びに駆けパリスの元へと肉薄する。
「隙だらけですよ」
「っしまった!?」
パリスが慌ててイネスへと振り向き直すも時既に遅し、振り上げた右の手刀が脳天へと振り下ろされ、衝撃を覚悟したパリスだったが思わずその目を瞑ってしまう。それも悪手だ。
「えいっ」
その瞬間、全ての観衆が息をするのを忘れてしまいそうになるほど、とてもとても軽い音が広場に鳴り響いた。ぽかって感じ?
「……はい?」
まず最初に声を上げたのは当事者であるパリスだった。それもそのはず、自身が放った数々の魔術をイネスはより協力な一撃として自分の元へと返してきたのだ。当然ながらイネスが放つ一撃も相応な威力があるのだろうと想像することは難くない。
そう、これこそがイネスが抱えている問題点そのものなのである。
相手の力を最大限に利用し、強力な反撃を実現するミヤハラ流合気術だが、そっちにリソースを振り分けすぎたせいで、実は相手の攻撃がない場合は全く威力のある一撃を放つことはできない。
その後も数回に渡りイネスがパリスの頭へと打撃を加えるものの、当然のことながらパリスが降参する気配は全く無い。ちょっと現状把握に時間がかかっているようだ。
少しだけ時間が経ち、次第に理解が追いついてきたのか、パリスの表情は困惑から怒りを含んだものに変わっていく。そして勢い良くイネスの両肩を掴んで口を開いた。
「ば、バカにしているんですか!」
「……私は至って真面目ですが?」
急に大声を浴びせられたイネスは目をぱちくりとさせながらも、真剣な表情でパリスへと返答をする。
まあ、パリスが怒るのも無理はない。イネスの抱える問題を知らないものからすれば、相手を侮っているようにしか見えないだろう。現にイネスの言葉をパリスは額面通りには受け取っていないようにみえる。……仕方がない。
「パリス、イネスはふざけてなんていないよ。真面目に君と戦っているって言葉に嘘はないから」
「……そんな、バカな事が」
「はい、残り時間半分切ったよ。お互いにきちんと戦ってー」
僕の言葉で今の状況を思い出したのか、パリスは再びイネスから距離を取り、幾つかの魔術を放っていく。しかし、先程のシラハ取りの衝撃が頭を離れないのか、慎重な攻撃が続く。
――つまり膠着状態、というわけだ。
僕が手こずると言ったのは、この状態を突破することが大変だからだ。特性を理解していれば突破できないということは無いが、実行するのはとにかく面倒くさい。
そう思っていると、先程まで言葉を挟まなかったランディス達も言葉を発し始めた。
「ああ、バーナード兄が手こずるって言った意味がやっとわかった。確かに俺じゃ無理かも」
「そうですね、イネスさんに攻撃を向けてしまうと物凄い反撃が約束されてしまう。だからと言って攻撃しなければ勝つこともできない」
「確かに、リリにも難しそう」
「でもパーティの壁役としてはこれほど適任の者はいないと思います」
「……確かに!」
ヴォルフガングはイネスの特性を受け入れてくれたようで、ランディスとリリもどこか嬉しそうにしている。
その後は結局互いに決定打となる一撃を放つことは叶わなかったので、結果としては引き分けということになる。
「パリスにもわかってもらえたかな? 倒すことは出来なかっただろう?」
「わ、わかりました。確かにバーナードさんの言葉に嘘や誇張はありませんでした。時間を掛ければ攻略できそうな気もしますが、今すぐには思いつきません」
そう言ってパリスは地面の上へとへたり込み、大きく肩で息をする。結果としてはイネスが勝ったわけだが、最後の最後、時間いっぱいまで諦めずに攻めぬいたその姿勢は勝算に値すると言ってもいいだろう。
「というわけで、イネスの役割は反射盾としての動きを期待しているよ」
「もちろんです。我がミヤハラ流の名に掛けて、どんな攻撃も凌いでみせます」
「期待してるぜ!」
「え、ラン君。私には? 私には?」
「おう、もちろん期待してるぜ!」
「やったー!」
先程までへたり込んでいたパリスだったが、ランディスの言葉が嬉しかったのか、今にも飛び上がりそうな勢いで喜んでいる。
ちょっとした決闘もどきも終わり、再び皆を一列に並べる。
「さて、それじゃあ本題の訓練に関してだけど、この後は僕が用意した相手と戦いまくってもらうから」
皆が頷くのを確認してからアイテムポーチへ手を入れて、目的の魔道具をつかみ取り出す。その動作を数回行い。僕の足元には一つの大きめな深緑の立方体が一つと少し小さめの緑色の立方体が五つ並ぶ。
「箱? と戦うのか?」
「そんなわけ無いでしょ。まあ、慌てない慌てない。訓練始まったら休憩時間なんて無いんだから」
厳しい訓練である、とランディスに示すために落ち着くように言ってはみたが、目新しい物に興味を惹かれたのか、誰もそこには言及しなかった。うん、前向きなのは良いことだ。
「この立方体が今回君たちに訓練をつけてくれる先生になる。その名もレギオンティーチャー。パチパチパチ」
拍手をしながら一番大きな立方体を起動する。すると一度低い起動音をたてたあと、宙に浮き上がりその後一拍置いて、大きな立方体から全ての小さな立方体へと魔力の流れが生まれる。
すると小さな立方体の周りにある地面の土が盛り上がり、立方体を包み込んでいった。その後も土が次々と集まり、最終的には五体の土人形が完成した。




