ちょっと黙っていようかー
説明と支援物資の配給を一通り終えた後、一旦簡易テントへと戻りフィリップ副司祭とメディナスには事前に決めたスケジュールに沿って仕事兼訓練を行うよう指示を出す。
二人からは特に質問等は出てこなかったので、会話内容から緊張もほぐれたと判断し、ひとまずの安心を得た。
「さて、と」
簡易テントを出て周りを見渡す。そして現在、この広場に残っているトライアル挑戦者の人数はわずかに五人のみ。……あれ?
ついでに言えばマキナさんも既にいない。あのギラついた目を見た後では、てっきり居残って襲われかねないと思ってすらいたのだが、解散を告げた直後いの一番に支援物資を受取り出ていってしまった。まあ、やる気があるのは良いことか。
短期集中訓練という美味しい餌をぶら下げたので、てっきり希望者が殺到すると思っていたのだが、どうも現実は寂しいもので、あまり人気はなかったようだ。
「解せぬ」
「……そうでしょうか?」
僕が漏らした言葉に対して申し訳なさそうに疑問を呈するパリス。
「私はギルド職員業務を経験しているから、バーナード様が――」
「様は要らないよ」
「失礼、私はバーナードさんが探索者として打ち立てている偉業は理解していますけど、他の方は違うから、その……」
「何も知らない奴から見ると、バーナード兄って強そうに見えないんだよな」
パリスの気を使った言葉に割り込むように、ランディスが一切の配慮のない言葉を重ねてくる。一瞬抗議しようとも思ったが、なんとイネス以外の皆がランディスの言葉に同意の様子を見せたため、甘んじて受けることとした。
その様子に疑問を抱いたのか、僕から一番離れた位置に立っていた少々気の弱そうな少年が控えめに手をあげた。少々小柄に見えるが、この場に居るということは成人しているということか。
「し、質問しても良いですか?」
「はい、構いませんよ。ちなみにお名前をいただいても?」
「あ、すみません。僕はヴォルフガングと申します」
「マジか!?」
その言葉を聞いて、ランディスが反射的に反応してしまう。必然的に場の皆の視線が一か所に集中することとなった。そうランディスではなくヴォルフガングの元へ。この柔和そうな見た目とは対照的に随分と厳つそうな名前である。
「ランディスはちょっと静かに、それでヴォルフガングさん質問というのは?」
「質問は二点あります。一つ目は今のやり取りに関してです。バーナードさんは探索者の中でも上位に位置する実力者ということでしょうか?」
そうヴォルフガングは申し訳なさげに質問を口にした。まあこれから教わろうとする相手に「貴方は強いんですか?」などと質問するのは普通に考えれば失礼だろう。だが、その質問をさせてしまうほどに僕の見た目が強く無さそうなのだろう。
まあ僕はあくまでも錬金術師であって、戦闘を生業にしているわけではないのだから仕方がないかな。
この質問に対してどう答えたものかと考えていると、ランディスが一歩前に出てヴォルフガングへと振り返った。
「上位も何も一番だ。あまり舐めていると訓練で地獄を見せられちまうぞ」
「よーし、ランディスはちょっと黙っていようかー」
「あ゛ー、痛い痛い痛い痛い痛い!」
余計なことを口走るランディスの頭を鷲掴みにして元の位置へと戻ってもらう。僕はあくまでも訓練に必要と思ったことを、乗り越えて前に進むための壁として提供しただけにすぎない。
「よ、よくわかりました。もう一つに関してですが、短期集中訓練に関して費用は無償とおっしゃっていましたが、本当に無償でよろしかったでしょうか?」
何がよくわかったのかよくわからないが、次の質問が金銭に関するものだったため、意識を切り替えて改めてその身なりに目を向ける。ヴォルフガングが身につけている防具などは比較的新しく見え、あまり傷の類は付いていない。割りと高価な素材が使われているように見える。
その他に身に着けている物も粗末なものは見当たらない。つまり、生活苦から一旗揚げるために探索者を目指すというわけではないということになる。で、あれば何故金銭の心配をするのか?
「もちろん無償で大丈夫。この施策はより多くの優秀な探索者を生み出すことで、異界から得られる各種素材の供給量を向上させることが目的だからね。回り回って都市経済に返ってくるから」
「なるほど、そういうことであれば納得できました。すみません実家が商売をしておりまして、無償という言葉はどうしても気になってしまうんです」
ふむ、実家は長男が継ぐだろうからどうしても席には限りがある。ヴォルフガングもそういった類なのだろうか? 装備品を見る限り追い出されたとかそういったものではなく、本人の意思で探索者を目指し送り出されたというところか。
しかし、彼はあまり探索者のような荒事が向いているようには見えないが……。まあ、あまり詮索するものではないか。
その後は特に誰も質問をする素振りを見せなかったので、次の段階に進むことにする。
「他には質問はなさそうなので、早速訓練を始めようと思います。訓練中はこの五人で行動してもらうことになるので、今から自己紹介をしてもらいますか」
僕はこの場にいる半数以上の名前を知っているが、皆はそうではないという事を先程の件で思い出した。皆もそれは思っていたようで、特に反対の声は上がらなかった。
「じゃあ、まずは俺から。俺はランディス、どんな相手でもこの鉄甲で殴り倒してやるぜ!」
「私はパリスです。魔術師なので色々な場面で役に立てると思います」
いの一番にランディスが名乗りを上げる。トライアル挑戦者の中でも上位の実力を持っているとは思うが、特に実力をしてしていないにもかかわらず、どんな相手でもなどと言ってしまうのは、自分が短慮であると自慢しているようなものだろう。
対してパリスは先程の説明中にあの空間を破り、唯一発言を行っているのでその言葉にも非常に説得力がある。
「私はイネスと申します。武術を少々嗜んでおりますので、皆さんの足を引っ張るような事は無いと思います」
「次は僕ですね。ヴォルフガングといいます。力仕事は苦手ですが、色々な知識を身に着けている自信はありますので、探索において皆さんのお役に立てると思います」
まあイネスは問題ないとして、ヴォルフガングは少々面白い人材ではある。自己紹介で言うくらいなのでその知識量には期待ができるだろう。パリスとイネスそしてヴォルフガング三人であれば探索中に困るような事は無さそうだ。
そして、必然的に皆の視線が残る一人へと向かう。
「リリ、です。得意なものは弓」
「……えっと、別に無理はしなくても良いですよ?」
「そうですよ、皆さんそれぞれ得意不得意を持っていますから。無理はする必要はないんですよ?」
リリと名乗る少女の言葉を聞き、とっさにフォローを試みてしまう。パリスもギルド職員をしていた経験からか説得を始めてしまったようだ。
……だって君、ドワーフだよね?
ドワーフ特有の小柄な体型、先程気になったヴォルフガングよりも更に小柄だが、身体の芯はしっかりとしている。大地をイメージさせる濃い茶色の髪の毛。そして携帯している武器、少々不思議な形状をしているように見えるが、これはどう見ても斧である。
何よりドワーフは手先が器用なため鍛冶や細工が得意なことが多い。当然、発注されて弓を作ることもある。しかし、弓を扱うことが得意なドワーフには一度も会ったことがないし聞いたこともないのだ。
「無理はしてない。リリは弓が得意」
しかし返ってきたのは想定外の答えだった。少なくとも僕の知っている常識とは異なる。でも、これだけ自信ありげに言うくらいなので、本当に得意なのかもしれない。
まあ、実力に関しては訓練の中で見えてくるだろう。




