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うちはカフェじゃないですよ?

 それから数日が過ぎ、毎日の研究という充実した時間を過ごすことが出来た。過去にやり残した研究を先の段階に進めることが出来るというのは非常に刺激があるというものである。


「これで良し、っと。あとは待つだけだな」


 まだ途中ではあるが、何とか休眠日を前にある程度の一段落をつけることは出来た。直近の目標水準まで到達はしているので、安心して明日の休眠日を迎えることが出来る。


 一通りの作業が終わり一息ついたところで窓の外へと目を向ける。既に日は結構高くまで上がっているようだ。やはり錬成に集中すると時間が立つのは実に早いものだと心地よい気分で椅子から立ち上がり背伸びをする。


 そして部屋の中へと視線を戻して足元や周りを見てとある違和感に気が付いた。


「はて? 部屋の中が散らかってる」


 いつもなら朝方にアリスが適宜片付けを手伝ってくれているため、ここまでひどいことにはならない。しかし今日は何故か散らかってしまっている。つまりアリスは部屋を訪れていないということのようだ。


 不思議に思いつつも自分で部屋の片付けを始めることにする。




 ようやく片付けが終わり、部屋を見回して小さな満足感を得た。一度始めるとつい集中してしまう。ここ最近はいつもアリスに手伝ってもらっていたせいか、片付け一つするだけで想定以上の時間がかかってしまったのはご愛嬌。


「でも珍しいな、風邪でも引いてしまったのかな?」


 などと独り言を言いつつも、ホムンクルスであるアリスが普通の風邪に掛るわけがないことは知っていることもあり、何か別のトラブルで体調不良が発生してしまっている可能性を考えて、少しだけ心配になってしまった。


 ひとまず部屋を出てアリスが居そうなリビングに向かう事にする。すると、部屋に近づくに連れて聞き慣れた声が聞こえてくる。ああ。


 少々呆れ気味にため息をつきドアを開くと、そこには想定に非常に近い状況が展開されていた。


「シェリルさん、うちはカフェじゃないですよ? と言うより、今は毎日凄く凄く忙しいはずじゃないんですか?」


 そう、本来ならば仕事に忙殺されているはずのシェリルさんが、うちのリビングでソファーに腰掛けて紅茶を飲みながらくつろいでいた。


「あら、バーナード君ようやく部屋から出てきたわね。やっぱりアリスちゃんの料理は最高よねー」


「……朝食も食べたんですか。まあ、別に良いですけど、……でもうちは食堂でもありませんからね?」


 つまりアリスがこちらに来なかったのは、シェリルさんに捕まっていたからということだったらしい。食事も取ったと言っていたが、既に片付けられている事も考慮すると、結構前からここに居たのだろうか? しかし、それなら僕のことも呼びに来てくれれば良かったのになあ。


 そう思ってアリスの方に目をやると、少々申し訳無さそうな、何かを言いづらそうな表情をしている。


「ああ、いや呼びに来なかったことを責めるわけじゃないから気にしなくて良いよ」


「アリスちゃんなら呼びに行ってたわよ?」


「え?」


 いや、全然記憶にないんですが?


「だから呼びに行ってたわよ?」


「その、何度か呼ばせていただいたのですが、集中されておりましたせいか返事がいただけなかったものですから」


 ……お、おう。僕が完全に無視してしまっていたということらしい。確かに錬成の最終工程だったので集中はしていた。


「あー、そうそう。シェリルさん、今日は何のご用ですか? 本当に食事しに来ただけじゃないですよね?」


「あら、随分とわざとらしい話の逸し方ね。でも、ただ食事に来たって言うのじゃダメなの?」


 そう言ってシェリルさんもわざとらしく寂しそうな素振りを見せる。


「ダメではないですけど、ってあれ? 何かいつもより少し表情が暗いような?」


「え? ……わかっちゃうか。なるべく顔には出していないつもりなんだけど」


 なんとなく感じた事を口にしてみたところ、当たってしまっていたようだ。


 本当は面倒事は勘弁して欲しいところなのだが、僕個人の希望としてもシェリルさんにはバリバリと働いてもらわないと困ってしまう。非常に嫌だがある程度の気遣いはしてあげるべきだろう。


 するとシェリルさんは、僕にソファーに腰掛けるようにジェスチャーを始めたので、覚悟を決めて対面に位置取ることにした。


 僕が座ったことを確認してから手に持ったカップを口に運び紅茶を一口含む。そして勢い良くカップを置いてこちらに目を向けた。


「もー、聞いてよ。先日あなた達を案内したパリスのことなんだけどねー」


「あの利発そうな女の子のことですか?」


「うん、そのパリスが――」


 言いかけてがっくり肩を落とした。


「昨日、探索者のトライアルに登録しちゃったのよ」


 ……はい?


「確か彼女は魔術師ですよね?」


「そうね」


「探索者ギルドで受付をしていましたよね?」


「そうね」


「……何故?」


 随分と優秀な子だった印象が強いので、これからもっと成長して良い人材に育つのではないかと思っていたくらいなのだが。……何故、安定している立場ではなく不安定な探索者なんだ?


「それがよくわからないのよ。寮の部屋に残されていた書き置きにはこれまでの感謝がびっしりと書かれていたのだけど、最後に一言《愛に生きます》とかよくわかんないことが書いてあったし」


 ……どうして魔術師が愛に生きると探索者に登録することになるんだ? さっぱりわからない。


「そもそも何故、今頃探索者に登録することになるんですかね? 探索者になりたいのであればさっさと登録すれば良かったのに」


「探索者は成人しか登録できないでしょ、パリスは昨日ようやく成人を迎えたばかりなのよ」


 そういえばそれくらいの年齢には見えた事を思い出す。見た目は確かに幼さが見られるが、随分としっかりしていたので、ついそれを忘れてしまう。……成人を迎えてその日に探索者として登録してしまったということか。ってあれ?


「僕達が第二十五層を踏破した時に夜間窓口担当していませんでした?」


「してたわね」


「成人していない女の子を夜間窓口対応せせるのはちょっと……」


「いや、無理やり仕事させたとかそういうのじゃないからね。成人前にどうしても体験したいってパリスが希望したのよ。彼女は優秀だから特例に近い形ね」


 僕の懐疑的な視線を察したのか、シェリルさんは慌ててそれを否定する。


 あくまでもパリスは自発的に夜間窓口を担当したということになるわけか。率先して仕事を習得しようとしていたということか? でも、そうなると――


「……何かしらの予兆は無かったんですか?」


「うーん、確かにパリスはやけに探索者の事を勉強してはいたわね。部下からの報告でもそう聞いていたわ。てっきり仕事を覚えるのに熱心なんだと思っていたけど、思い返してみれば探索者になる為の準備だったのかもしれないわね」


 これまで起きた幾つかの欠片の出来事を組み合わせて思い返すと、確かにその予兆はあったということか。しかし、わざわざ探索者になろうとしているなどと誰もが夢にも思わなかったのだろう。


「なんにしても探索者トライアルに登録してしまった以上は、近日中に開催されるトライアルを無事乗り越えてもらうしか無いですね」


「あの子は魔術師としても優秀だからまず間違いなく合格はするはずよ」


 まあ、そうだろうな。孤児という立場からわざわざ見出されたくらいだ。その向きはわからないが非常に優秀なのだろう。


 シェリルさんも探索者として登録してしまった事に落ち込んでいるだけで、トライアルに失敗してこの都市を追放されるようなことは万が一も起こり得ないということか。


 ……仕方がない。今日は適度に愚痴を吐き出してもらうことにしようか。

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