新たな研究の準備
――少々目をそらしてはみたものの、結果的にマキナさんの機嫌を損ねてしまうだけになってしまったので、きっぱりと諦めて視線を合わせることにする。
急に視線があったことでマキナさんが一瞬戸惑いの色を浮かべるが、何かを勘違いしたのか挑戦を受ける者が見せるような目をし始めてしまった。
「へっ、何か言いたそうじゃないか。喧嘩なら受けて立つぜ」
「あー、何かってほどでも無いんですが、どうしてこの天獄塔だったんですか? 最強を示すのであれば他にも選択肢はあるでしょう?」
「え? あ、ああ」
やはり僕の質問はマキナさんが予想していたような物とは異なっていたようだ。ただ、落胆しつつも僕の言葉をきちんと聞いてはくれている素振りを見せている。以前の問答無用の一件は慌てていたが故の出来事だったということか?
僕としてはあくまでもマキナさんが自身に向ける問いかけとして聞いてみることにする。ただ最強を示したいのであれば武術大会なり何なり、もっと陽の目を浴びる舞台はいくらでもあるだろう。それにもかかわらず、何故に探索者という道を選んだのだろうか? そこにどのような意図があるのか?
「……これはジジイのこだわりでね、ルールのある武術大会なんて認めちゃもらえない。アタイはジジイにも認めさせなきゃならないんだ」
「貴方の師匠、ですか。さぞかし名のある方なんでしょうね」
「どうだかね、偏屈なジジイさ」
そう口では貶めつつもその表情や仕草からは特に嫌っているような印象は受けない。そういう気の置けない間柄だということなのだろう。まあ聞いている限りでは修行は相当に厳しいようだが。
しかしマキナさんを鍛え上げた指導力、これは尊敬に値する。色々な意味で。
――その後も話の流れで色々と質問していたところ、意外なことにマキナさんからツカモト流合気術に関する話を一部ではあるが聞き出すことが出来た。相当、自身の流派が好きだということなのだろう。これも以前問答無用で殴りかかられた縁のおかげだろうか。
なんでも今からおよそ七十年程前、とある武術家が骨董市で売られていた武術書の一部に出会ったことからこの流派の歴史は再開されることとなったらしい。
その武術家は、その武術書の内容に深い深い感銘を受けた。塚本卜蔵なる武術家が打ち立てたであろう栄光と終焉――自分が失われた最強の武術を復活させてやろう、と思わせるほどに。……そんな奴は居ないんだがな。
只々基礎を訓練すること三十余年、ついに武術家はその流派の入口へと到達することとなる。それが気の操作である。そこから先の習得は実に早いものだったらしい。
後半と銘打たれた武術書の一部を習得した辺りで再び偶然が起こる。なんと、武術書の前半を発見することが出来たらしい。
それにしても、付録扱いだった武術書がその立ち位置を抹消された形で都合よく武術家と巡り合ったものだ。その来歴を耳にしたことで、より思考は混乱することとなったわけだが、その沈黙がマキナさんの言葉を先にすすめる。
「まあ、別に良い返答を期待していたわけじゃないから良いさ」
そう言ってマキナさんはいつもの事だと特に意に介さない様子で言葉を続けた。いや、最強の証明は別に構わないんじゃないかと思う。実現が可能かどうかはさておいて、武術の道を志したものならば一度は通る道だ。特に第三者がとやかくいう話ではないし、僕としては応援をしたいくらいである。
僕が言葉を失ってしまった理由としては、過去に僕達(主にセオドールだが)がでっち上げたトンデモ武術がいつの間にか実現していたという一点に尽きる。
実際に内容の精査をしたわけでもないし、マキナさんとその師匠がどこまで再現しているのかも判らない。だが、それがどこまで行けるのかに関しては中々に興味がわかなくもない。
「いえ、その志は決しておかしくはありませんよ。僕も自分が目指す道では一番でありたいと常に思っています。陰ながら応援していますよ」
だからこの言葉は自然と僕の口から発せられていた。マキナさんと真正面から向き合っていたこともあり、その瞳に僕の姿が映り込む。
少しの間その状態が続き、マキナさんも息をするのを忘れたかのように動きを止めている。そして先程までとは一風異なった表情を見せて――
「へへ、ありがとよ」
そう言って、これまでに無いほどの友好的な、とても嬉しそうな笑顔で微笑んでくれた。そして改めて天獄塔広場の方を向きそしてにらみつけ、おもむろに口を開いた。
「じゃあ、行ってくるぜ」
そう口にしたマキナさんは、こちらに再び向き直ること無く目的の塔へ歩を進め始める。
広場に入った後、脇目も振らずにそのまま天獄塔へと向かう姿には強い決意を感じさせるものがあった。行き交う人でごった返しているにもかかわらず、その存在感は僕の印象に強く残った。
ついそのまま天獄塔の扉の中に消えていく様子を目で追ってしまう。そして扉が閉まった後には各所から聞こえてくる喧騒が存在感を強くし始める。……それだけ集中して見てしまっていたということか。
マキナさんは己の目標を実現するための道として探索者となることを選んだ。そうであるならば、これから彼女は多くの困難に立ち向かうことになるだろう。そう、例えば――
突如天獄塔の入り口が勢い良く開かれた。当然ながら周囲の視線はそちらに向かうことになるわけだが、マキナさんはそれらの視線を意に介す事無く一直線にこちらへ向かって歩を進める。
そして僕と一度たりとも目を合わせること無く、そのまま事務所内の階段を上がっていった。
――やはり未登録だったか。
マキナさんが二階の登録窓口に向かったのを目にしたことで、面倒事が起きないように事務所を去ることに決めた。登録から戻ったマキナさんに逆ギレで喧嘩を売られかねないからな。
さて、今日は非常に想定外な事案が発生してしまったわけだが、僕としても多くの気付きや情報を得られることが出来たと思う。その一番はやはりツカモト流合気術だ。
ひとまず家に帰ったら色々と調べ物をするのも良いかもしれない。
家に帰った足でそのまま自室に直行して、各種資料を漁り始める。漁るとは言っても殆どの資料はセントラルが管理しているので、一つ一つの資料を探し出すのにそれほど労力は必要としない。
「ひとまずはセオドールがでっち上げたツカモト流合気術の武術書を一通り読んでおこうかな」
『かしこまりました。資料を検索します――資料の検索が完了しました。検索結果を画面に映し出します』
セントラルからの返答に引き続き、モノクル越しに資料の題名と索引が表示される。……改めて見ると結構なボリュームだな。よくもまあこれだけの量をアウトプット出来たものだと感心してしまう。
時間が足りていないというわけではないので、資料は頭から順番に読んでいく事にする。できれば必要な情報を見逃したくもないしね。
本件に関して、最も疑問が大きいのは気に関する記述だ。当時、セオドールの口から気に関する話題を聞いた記憶は全く無い。いや、僕自身が付録の武術書に目を通さなかったことが主な原因なので仕方がない事ではある。
まあ実際に聞いていたとしても当時、セオドールがどこまで気の操作に関する記述を信じて書いていたのかはわからないが、恐らくはまともに信じようとしなかったかもしれない。しかし、それは確かに存在している。僕自身がそれを体験してしまっているので、いまさら否定するようなことはない。
「そして、やっぱりこの資料かな」
指の操作に合わせて、モノクル越しに表示される資料が切り替わる。
今日の一件は僕にとても重要な一件を思い出させてくれた。今日からはそれらの研究を並列で進めていくつもりなので、この一週間は結構手一杯になってしまうかもしれないな。




