聞き覚えがあるな
少しの間ダニスさんの探るような視線に晒されたが、無表情を貫いているとダニスさんは一つため息をついて話を続ける。
「まあ良いさ。天獄塔の異界ではな同じ階層で長い間魔物を狩ってると、たまにだが妙な個体に遭遇するんだ」
「妙、ですか?」
「ああ、全身真っ赤の魔物でな、別に特別に強かったりするわけじゃないんだが、そいつを討伐すると死体が空間に吸い込まれるように消えて最後に丸い玉が残るんだ」
「玉? それが魔道具と関係あるんですか」
「血のように赤く輝いている玉なんだが、手に持つとうねうねと形が変わって最後に魔道具とかが残るんだよ。まあその様子じゃ赤い魔物も見たこと無いみたいだな。まああれだけ急速に踏破してたらなかなか見れるものでもないか」
そういえばこれまで異界探索に関してはのんびりと長い期間掛けて狩っていたことは無かった。これが一般的な探索者だとどんどんと先に進むようなことはせずに、まずは堅実に稼げる場所で稼ごうとするということなのだろう。先に進んで未知のトラブルが起こらないとも限らないから当然か。
僕の場合はそもそも他の探索者達とは目的からして異なるわけで、その分他の探索者が本来経験している事も経験出来ていない。この先それが問題にならなければ良いのだが……。
しかし必要性もなしにわざわざ同じ階層でうろうろするのも時間が勿体無い。さすがにそれはするつもりはない。赤い魔物自体の出現率が低いのであれば、これからも遭遇することは期待しないほうが良さそうだ。
必要な情報交換も終わり、簡単にだが使用した会議室を片付けをする。先にダニスさんを見送る為に部屋の入口へと移動した。
ダニスさんは会議室のドアノブに手をかけると一旦動きを止める。そしてこちらを見ずにぽつぽつと言葉を発し始めた。
「これからバーナード達は好む好まざるに関係無しに色々な視線にさらされる。俺達みたいに普通にしててもどこからともなく話が漏れて目立つんだ」
「まあ今後もずっと攻略階層を誰にも知られないというのは難しいでしょうね。そこは諦めてますから良いですよ」
そんなことよりも自称普通のほうが気になってしまう。これまでのジークの反応を見る限りは、ダニスさん達の存在は全然普通ではないと思う。……が、本人達にとっては普通のつもりなのだろう。
「大々的にではないにせよ、周りからのプレッシャーは大きい。どうか心を折らないでくれよ」
半ば願いのような言葉を去り際に掛けてくれた。最初にあった時の世話焼き具合からしてそうだが、本当に良い人だな。その後ろ姿にはそういった温かい物を感じさせる何かが見えるような気がする。
ダニスさんの退室から少しだけ時間をずらしてから会議室を後にする。もともと人の通りは少ない場所なので通り過ぎた職員以外には誰とも会うこと無く一階に戻ることが出来た。
――さて、と。
ひとまず今日やるべき仕事は一段落した。ジーク達は多忙になってしまったので次回の探索は一両日中には行わない。特段やるべきことは思いつかないので、今日はこれからどうしたものかと思い悩んでしまう。
ダニスさんからは情報料を即金でもらっているので、出来ることならば早めに皆に分けたいところだが今日はマリナさん以外は難しそうだ。
ん?
あれは、マキナさん?
これまで何度か見かけたことのある飲食店の制服姿では無かったので一瞬よくわからなかったが、足の運びや醸し出す雰囲気で気が付くことが出来た。互いに本気ではなかったにせよ、直接打ち合った経験から考えてあの人は間違いなく実力が高い。その分周りと比較してしまうとどうしても目立ちやすい。
今回は何やら紫を基調とした武道着の上に急所を守るように金属のパーツが付いている防具を身につけている。手足の可動範囲は十分に広く取れてはいるようだが防御力という観点では少々心細くも見える。探索者にはその性質上軽装な者が多いが、それでもさすがに武道着という出で立ちはお目にかかったことはない。
その行き先を観察しているとこのまま一階を抜けて広場へと出ようとしている事がわかる。……ということは目的地は天獄塔、か?
つまりマキナさんは探索者であったということなのだろうか? これまで普通に飲食店で仕事をしていたし、何やら師匠らしき初老の男性に鍛えられているようだったので、てっきり探索者では無いのだと思いこんでいた。
それにしても随分と軽装だがアイテムポーチでも持っているのだろうか? 背中にはなにやら大きめの布でくるまれた物がたすき掛けに結ばれているのでもしかしたらあれがそうなのだろうか?
「ん? ……またてめえか、今度はアタイに何のようだ!?」
「は!? あ、いや、別に用は無いですよ」
「だったら、どうしてこっちをジロジロ見てんだよ?」
多くの人が行き交う事務所内で、マキナさんが大きな声を出したことで一気に周囲の視線がこちらに収束する。何故にマキナさんと遭遇する時はいつもトラブル的な雰囲気になるのだろうか?
まあ店でぶつかり屋根でぶつかり、その度にジジイとやらに叱られてしまい追加でしごかれているらしいので仕方がないのかもしれない。でもぶつかったのは僕だけの過失ではないということを忘れてはいけない。
「これはすみません。さきほど用事が終わってここに戻ってきたばかりなんですが、たまたま視線を向けた先に見知った顔があったので。他意はないです」
「えっ、そ、そうなのか」
今回はいきなり殴ってきたりはしないようだ。公衆の面前だからなのか、それとも今回はぶつかっていないからなのか?
ひとまず勘違いであることは理解をしてもらえたのだろうか?
マキナさんは人目を集めてしまったことを恥ずかしがっているのか少々ばつが悪そうにしている。仕方がないので話題を振ってみることにする。
「そういえば、これから探索ですか?」
「ん? あ、ああ。……今朝ようやく頑固ジジイの許可が出たんだ。居てもたっても居られなくなって来ちまったよ」
ああ、そういうことか。マキナさんが軽装だった事に軽く納得を得ることが出来た。単純に準備不足なのだろう。
「武器や防具はそれで大丈夫なんですか? ずいぶん軽装に見えますが」
「問題ねーよ。アタイの流派はこれが正装なんだよ」
そう言って、マキナさんは自慢げに身につけている装備品を見せてくる。確かにマキナさんの戦い方から考えると生半可な装備品などはあっても邪魔になるだけで役に立つことは無いという事なのだろう。
くるりと一回転してから足を肩幅より少し広めに開き、右手の人差し指を立てて腕を伸ばして天井を指し示した。そして不敵な笑みを浮かべ――
「我が流派、ツカモト流合気術が最強であると、ここの天獄塔で証明してやるのさ!」
一際大きな声でそう宣言した。
当然のことながら周囲の皆は苦笑交じりの視線を向けている。まだ注目されたいのか……って、あれ? なんかその流派聞き覚えがあるな。
――あれはセオドールと忍法の開発で一通り盛り上がり終えてすぐの頃の話だ。
「今度のコンセプトは合気道、いや合気柔術にしよう」
朝早くから僕の家に押しかけてきたセオドールは開口一番にそう言うととても嬉しそうな顔をして僕の反応を待っていた。
僕も人のことは言えないがセオドールも大概だと思う。もう少し時間や相手の都合を考えてほしいものだ。
「なにそれ? てか、昨日寝たの遅いからまだ眠いんだけど」
「……あれ、もっとノッて来ると思ったんだけどなぁ」
「だから眠いし、そのアイキ何とかもいきなり言われてもよくわからん」
まだ頭が十分に働いてくれないが、セオドール的には僕はノリノリで話を聞いてくれる予定だったようだ。
しかし、よくわからないがこれだけ自信を持って提案してくるくらいだから、相当僕好みの話だということなのだろうか? だとしたらこの話は捨て置けなくなる。
「あー、タイミングが悪かったかな。ちょっと出直してくるわ」
「……いや、大丈夫。話を聞こうじゃないか」
「そうこなくっちゃ」
そう言ってセオドールはしたり顔で喜びを見せた。こうなる事を予想していたのだろうな。口では出直すと言いつつ帰る気配ゼロだったし。
この流派の全容はいかに!?
……お酒の勢いが入ってしまったかもしれない。




