魔術なら止めてみせるよ
つまりシェリルさんは、これまで諸々の事情の為に手付かずのままだった孤児問題をただ解決するのではなく、新たな人材発掘にも有効活用していきたいということか。少々欲張りにも思えるが、それなりの勝算があってのことなのだろうな。
普段の生活では孤児をそれほど見かけることはない。しかし孤児が問題視されていると言っているくらいなので、それそのような場所にはそれなりの数が存在している事は容易に想像がつく。このあたりはジークもエリーシャも理解していることなのだろう。
さすがにすべてを受け入れる事は難しいだろうと思われるので、これをどれだけの規模で受け入れを行うことが出来るのか、それが当面の調整事項となることだろう。
そして受け入れられた孤児達には義務に似た物が発生してしまうと言う懸念もある。とは言え、それによって救済される孤児からしてみれば、最終的にどのような形に転がるにしても生活基盤を確保できる以上は、よほど勘違いした者でもない限りは不満の声が上がることもないだろう。
生きることの辛さを知っている孤児はそれこそ死に物狂いで自分の価値を上げようとするだろう。その結果、優秀な人材として見出されなかったとしても、独り立ちして生活していくだけの下地を作ることが出来れば十分だと言えるだろう。現在の都市はそれを受け入れるだけの基盤が確かにある。そしてそれは直近の限られた期間だけではない、そういう自信がシェリルさんにはあるということになる。
話を聞く限りでは断る理由は考えつかない。とは言ってもそれはあくまで僕の主観でしか無い。シェリルさんの視線はあくまでもこの二人に向けられている。
しばらく無言の状態が続き、そして二人は互いの顔を見てしっかりと頷く。
「……分かりました。その申し出はありがたく受けさせていただきます」
「ふふ、バーナード君の仲間ならそう言ってくれると思っていたわ」
そう言って、シェリルさんは満足そうに笑顔を見せる。――そこで僕の名前は関係なくないかね? まあでも、互いに僕が関わりある事で話がスムーズに進んだことは事実かもしれない、か。シェリルさんからの申し出はジーク達には疑念を抱くだけ価値がある話だろうからね。
ひとまずシェリルさんからの要件は終わり、改めて第二十五層踏破の手続き及び祝席へと移行することとなった。
各種手続きを終えてから一旦シェリルさんは退室し、僕たちは食堂へと案内される。食堂のドアが開き部屋の中へ入ると既に食事の準備は終わっているようで、数人の使用人が待機していた。
「それではもうしばらくお待ち下さい」
僕達を案内して執事は丁寧にお辞儀をすると、他の使用人と同じように部屋の端に移動して並び立った。
「な、なんかすげえ緊張してきたぜ」
「そういえばジーク達はここに来るの始めてだったね。シェリルさんは割りと気さくな人だから食事の席だからと言っても、それほど緊張する必要はないと思うよ。……地雷を踏まなければ」
「いや、更に脅してどうするのよ」
僕的には少々ボケたつもりだったのだが、どうも不適切だったようでマリナさんは少々呆れ気味に合いの手を入れてきた。とは言え、否定しないところは認識がそれほどズレていない証拠である。
シェリルさんは時折やりすぎな側面を見せるものの、本当に地雷さえ踏まなければ非常に温厚な人だし、自分が認めた相手に対しては真摯に向き合ってくれる。……地雷を踏まなければ。
「大丈夫、魔術なら止めてみせるよ」
「だから何の話よ」
……ダメらしい。
――少しして衣装替えをしたシェリルさんが部屋に入ってきた。
先程までは仕事向けのきっちりとした服装だったのだが、今の服装は非常に女性的な装いで華美にならない程度に華やかさを演出している。シェリルさんなりに緊張を和らげようとしてくれているのだろう。――それほど効果は無いみたいだが。
「あ、あれ? 結構抑えたと思ったのだけど……」
こんなはずでは、と言いたげな表情だがシェリルさん的には確かに抑えめの服だったのだろう。しかし、そもそも食事用に服を着替えてくる時点でジークの許容範囲はオーバーしているのだと思われる。先程まで解けかけていた緊張が再び舞い戻ってきたかのように固くなってしまっている。もしかしたら過去に何かトラウマになるような出来事でもあったのかもしれないな。
ジークの様子とは対照的に、エリーシャに関してはシェリルさんの服装を見ても特段反応を見せてはいない。もしかしたらこういった食事の場には慣れているということなのかもしれない。一般的に森を出ないエルフの中でも特異な思考を持っているというのもあるが、さすがは年の功――っと一瞬殺気が。
その後は特に目新しい出来事も起きなかった、などと言うとジークに怒られそうではあるが、緊張していたジークが致命的な粗相などを起こす事はなく、実に美味しい食事を堪能することが出来た。
最後の方にはようやくジークも慣れてきたようで、テーブルマナーは褒められたものではないが、特に嫌悪感を抱かせること無く、実に美味しそうに舌鼓を打ちつつ、最終的にはおかわりまで要求してみせた。その際、エリーシャが血の気が引いたような表情になったが、シェリルさん的には非常に好感が持てたようで、場は非常に和んだものとなった。
帰りは行きと同じように馬車による送迎が行われ、現在は再び事務所裏の馬車寄せに戻ってきていた。
本来であればそれぞれの家までの送迎だったらしいのだが、当然それに関しては拒否させてもらった。あんな豪華な馬車でジーク達が家まで帰れるわけがないだろう。
「あー、緊張しすぎで全く味を覚えてねえわ」
「あれだけ食べておいてそれはないでしょう」
ジークが若干膨らんだようにも見えるお腹を擦りながら空を仰ぎ見ながら呟いた。なんだかんだでよく食べたものだと感心する。それを聞いてあきれた表情を見せたのはやはりエリーシャだった。
そんな二人のやり取りを見ていると自然と他の皆からも微笑みが漏れる。
「ちょっと意外だったけど、今日は色々実りがあった一日だったね」
「ああ、どれもこれもバーナードのおかげだぜ。もう一生そっちに足向けて寝れねえ」
「そんな事はないよ、これまで二人が頑張ってるのは見てきてる。それにきちんと結果が付いてきただけだよ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
エリーシャも嬉しそうに笑みをこぼす。
ちょっとお世辞気味に聞こえなくもないが、これは掛け値なしの本心からの言葉だ。事実、いつ訪ねても孤児院の子供達は皆いつも幸せそうな顔をしている。願わくば、その笑顔が長く続いてほしいものである。
皆と分かれて家に着いた頃には、もう日が落ちようとしていた。夕日に照らされた町並みはまるで燃えているようにも見える。まあ確かにこれくらいの時間から多くの飲食店が書き入れ時となるのだ、その熱気を予見していると思えば中々趣があるとも言える。
夜は近代魔道具の明かりで昼のように照らされているので、これくらいの時間が一番時間の経過を感じるかもしれない。
「ふふ、嬉しそうですね」
「ん、ここ最近は色々なことが良い方向に進んでいるからね」
「ジーク達も喜んでいましたね」
「そうだね、別れ際に相当気合い入れていたから空回りしないかちょっとだけ心配だけど、エリーシャも居ることだしその辺りは心配ないかな」
ジーク達はこれからしばらくの間はシェリルさんとのやり取りで忙しくなる事が決っている。シェリルさん曰く探索者としての生業がおろそかにならない様に気を使ってくれるとのことだった。しかし今日から一週間くらいは集中的に詰めなければならないことがあるため探索に出ることはできなさそうだ。
さて、そうなると直近にするべきことは限られてくる訳で――
「丁度良いから、今週中にあの件を片付けておこうかな」
玄関のドアを開けようとした手を一旦放し、後ろを振り向いて天高く伸びる構造物を見つめる。
あと数話で章を区切ると思います




