簡単にはやめられませんよ?
昨日の窓口でのやり取りから後に想定していた物と大きく異った展開をしてしまったため、少々マヌケな声が出てしまう。それを見たシェリルさんは楽しそうに小さく笑い始めた。
そして一度咳払いをすると真面目な表情を見せて僕達を見る。
「私は探索者を旗印にするつもりは無いわ。これは父の代、いえ祖父の代からも引き継いでいる意思でもあるわ」
……今は亡きシェリルさんの父親と祖父か。そう言えば父親に関して近代錬金術の復活に傾倒していた事は聞いていたが、探索者に対する思いに関してはこれまで聞いたことがなかったな。祖父に至ってはさっぱりだ。
シェリルさんは少し考える素振りを見せた後、上を向いて一つ深く呼吸をするとゆっくりと話し始めた。
「確かに、最も高い階層を踏破しているというステータスは、一部の探索者にとっては名誉に感じていることだと思うの」
「その言い方からすると、必ずしもそうは思わない探索者がこれまでに存在したということですか?」
「……そうね。もう随分昔の話になるけど父がまだ子供の頃、その当時はまだ最も高く踏破していた探索者を大々的に讃えていたの。もちろんその探索者のパーティは多くの羨望を集めることになり、皆のモチベーションも上がり喜んだらしいわ。……でも、次第にそれを重荷に感じるようになったらしく、ある日リーダーが書き置きだけを残して失踪してしまったの」
「リーダーが失踪ですか。その探索者パーティにとっては致命的だったでしょうね」
「ええ、残ったメンバーの中から新しくリーダーを決めてからメンバーを補充したみたいだけど、歯車は色々なところで噛み合わなくなっていたのね、程なくして全滅したわ」
そう語るシェリルさんの表情は弱気な際に時折見せるものよりもさらに弱さを際立たせていた。そういう話し方が伝わるほど、その失踪した探索者は幼い頃の父親にとって特別なものだったという事だのだろう。しかし――
「その一例だけで、ですか? 不幸な出来事ではありますけど、全体の方針を大きく変えるほどの出来事とは――」
「それが数回続いたのよ」
「それは、また」
さすがにそれは別の要因を疑ってしまいそうだ。とは言っても過去に遡って何かを証明することが出来るわけでもなし、ただ方針が残っている以上はそれが変わることはなさそうだ。
「天獄塔の異界は私達が想像していた以上に探索者達へ重荷を背負わせている。そう事態を重く見た祖父はそれまでとは方針を変えて、大々的な名誉を与えることを辞めたの。ついでに言うと探索者へのトライアルが厳しくなったのもその時ね」
トライアルの件もそうなのか。
なんでもそれ以前のトライアルは森の異界第一層の踏破で良かったらしい。有象無象の探索者が増えると魔物の数も増えてしまう。基準を厳しくするという判断は必ずしも間違ってはいない。
そして過去の一件、いや数件に関して簡単にではあるが色々と語る内に場が暗くなってしまったことに気が付いたのか、シェリルさんがハッとした表情をして頭を左右に振り始めた。
「あー、この話はこれまで。場が暗くなっちゃうから本題に戻りましょ。とにかくあなた達に負担を強いるつもりはないわ」
……まあ、僕が考えて何かが変わるものでもないか。無駄に目立つ必要はないから良い方向に話が進んだということにすぎない。
「それでもう一つの件だけど――」
そういえば、もう一件要件があったんだったか。さて、どんな話だろうか。そう思い、一旦気を引き締めなおしてシェリルさんの視線を受け止めようとする。
――しかしシェリルさんの視線が向かう先、それは僕ではなかった。え、ジーク!?
「確かジークさん、で良かったわね?」
「俺!?」
「そしてエリーシャさん」
「え、あ、はい!」
突然の展開に驚きの声を上げるジークとエリーシャ。シェリルさんの要件はジーク達に向けられたものだったようだ。二人共声が若干裏返っていしまっている。
「お、お、お、俺様が何かしやがりましたか?」
「ジーク、落ち着こう」
「そ、そうよ、落ち着いて」
「エリーシャもだよ」
そう言ってジークを落ち着かせようとするエリーシャも声が少し上ずっている。本人としては冷静を装おうとしているようだが、つい今しがた裏返った声からの流れなので少々無理がすぎる。
領主として僕達を呼び出したシェリルさんがどんな話をしてくるのか? シェリルさんの醸し出す雰囲気やこれまでの話の流れ的に考えるに、決して悪い話ではないだろうが、さて。
「実はね、あなた達が行っている孤児院の運営事業に関して、探索者ギルドの枠組み内で支援させてもらうことが出来るようになったのよ」
「は?」
前置きなしの急展開ぶりに、ジークとエリーシャは声をハモらせると時間が止まった様に固まってしまう。
シェリルさんはそれを見て一旦回復を待とうとはするものの、二人の動きに改善が見られなかったためひとまず説明を続けることにしたようだ。
「あなた達がどこまでの事情を知っていたのかわからないけど、これまでも孤児の問題はこの異界都市アミルトにおいて大きな問題の一つだったの。都市に大きな経済効果を与えてくれている探索者達を厚遇させてもらってはいるのだけれど、子供を残して亡くなった探索者達へのフォローは追いついていなかったのよ」
「お、おう。もちろん知っていやがったぜ」
うん、これはわかっていない流れだな。ジークの胸を張る仕草が実に空虚に過ぎる。
「そんな中、探索者であるあなた達が孤児院運営を始めたことで、取り巻く状況が変わってきたの。特にあなた達が踏破階層を伸ばしていった事で、この短期間に事業支援希望者が増え始めたわ。それは資産家に限らず探索者や魔術師、それこそ区別なく発生していると言っても差し支えがないほどよ」
「確かに私達の孤児院にも直接支援の問い合わせは増えてきているわね」
「でもあなた達はそれを受けきれない、そうよね?」
「ええ、支援してもらえるのはありがたいけど、私達だけで出来る範囲は限られているから支援者からの要求に答えきれないの。だから現状は要求が厳しい支援は断ることにしているわ」
……ジーク達の孤児院にそんな事情があったとは知らなかった。エステルに住み込みで手伝いを頼んではいるが、それで足りているように見えたのはあくまでもジーク達がそれ以上手を広げていないからだったということか。
ジーク達にはホムンクルスに関してはちゃんと話してはいない。まあ、あまりに不自然だろうからうすうすは何かからくりがあるだろうと気が付いている可能性はあるが、魔道具に関してはともかく、人手の斡旋に関しては遠慮しているということなのだろう。
「そこで新たに探索者ギルドの枠組み内で孤児院を複数設立することにしたというわけ、できればあなた達の運営する孤児院とは相互に支援体制を組めれば、そう考えているのだけれど、受けてもらえるかしら?」
そう言いながらシェリルさんは二人に向けて笑顔で手を差し出す。対するジーク達の表情にはまだ戸惑いのほうが強いようだ。
仕方がないので僕からシェリルさんに懸念を感じた点に関して質問を行うことにする。
「でも資本の方は大丈夫なんですか? 一度孤児を受け入れ始めたら簡単にはやめられませんよ?」
「それなら大丈夫よ。近代錬金術の解禁に伴って都市内のマネーフローは過去に類を見ないほど潤沢よ。それに支援希望者の意識も良い方向に変わってきてる。改革するなら今をおいて他にはないわ」
そう言ってシェリルさんは一つウインクをする。
「それに孤児たちの中にも優れた資質を秘めている者が存在しているしね」
「優れた資質、ですか?」
「ええ、例えば魔術師としての資質ね。今日あなた達を案内したパリスは元々孤児だったのよ」
育ちが良さそうに見えたが、パリスは元々孤児だったのか。今も十分若いが、より若い時期に魔術の才能が秀でていた事が知られて見出されたということなのだろうか。




