特別講義の続き
さて、すでにメディナスが何に対して涙を流していたのか、よくわからなくなり始めてはいるが、今回の特別講義自体は概ね上手く行ったと思う。
一番の懸念点だったメディナスの壁は取り払えた上に、もう一つ上の実績を実感させることが出来たわけだしね。
あの後、魔力昇圧器に関して、一通りの説明を行うことで特別講義を終えることとなった。
外もすっかり暗くなり、ここからでは確認は出来ないものの恐らく繁華街の方も落ち着きを取り戻し始めている頃だろう。
「――ということで、以上が先日行った特別講義になります。何か質問はあるかな?」
皆の前に映し出された映像を止めながら、その終了を宣言し質問の受付を始める。数人の生徒が上げた手を確認しながら皆の様子を窺う。
僕は今、若き錬金術師たち(若干名、歳を重ねた者もいるが)のために作られた教室で教壇に立ち、シェリルさんから依頼されている月に一度の講義を行っているところだ。そして先ほどまで流れていた映像はもちろん先日の特別講義の内容である。
椅子に座る誰しもが真剣な眼差しをしており、先ほどまで流れていた映像を頭のなかで反復するような仕草を見せている者もいる。すでに先の段階に進んでいるフィリップも今日の講義には一層の興味を持ったようで普段にも増して真面目に受けていた。
皆に満足してもらえたようで、僕としてもこの講義を行った甲斐があったというものだ。……いや、若干一名のみ少々元気がなさげに落ち込みを見せているか。それが誰かと言えば、もしかしなくてもメディナスだ。
なぜメディナスが落ち込んでいるのか、恐らくだが先日の特別講義がメディナスだけに行われたものではなくなってしまったからだろうと思われる。あの時は相当喜んでいたからなあ。
実はあの日、食事の後に休憩を終えた時にはもう今日の講義で特別講義の内容を映像で流すことは決めていた。メディナスに直接言わなかったのは緊張して万が一にも錬成に失敗されないようにするためである。
食事前の魔力昇圧器の錬成を見学したいというメディナスの熱心な思いを見て、あの特別講義の内容に対して他の生徒達もきっと同じ思いを抱くだろう、そう思ったのだ。そして思っていた通り、他の生徒達にとっても特別講義の内容は非常に有意義な講義となってくれたようである。
それにしても食事前のやり取りも映像として残せていたのは幸いだった。途中から思いついたことだったので前半の内容をどうやって取り繕うかが課題だったのだが、たまたま自宅での講義だった事もあり、防犯の為に取得しているセントラルの蓄積情報から探し出すことが出来たのだ。
その映像を編集して余分な箇所を削り、今日の講義用に作っておいたというわけである。この映像は生徒たちが後日いつでも見直すことが出来るように、校内のライブラリに登録しておいたので、これから何度も見られることになるだろう。
特別講義の内容をメディナスは頑張ってメモを残していたが、概ね不要なものとなる。テキストも後でまとめて渡すからきちんと復習しておいてね。
――そして質問も最後の一人となり、やはり誰かからは聞かれるであろう内容が問われた。
「なぜ先生はメディナス君が白金の錬成を成功させることが出来ると思ったんでしょうか?」
「この中でメディナス以外で金の錬成に苦労した者はいるかな?」
そう言って皆の反応を確かめる。……僕の予想通りメディナス以外の全員が労せず錬成を成功させていた。なので用意していた回答をそのまま伝える事にする。
「メディナスは金の錬成に成功出来なかったから、配布された錬成素材の全てが無くなるほど練習をしていた。君たちは確かに金の錬成に成功した。しかしそこで練習を止めてしまった。素材は配布されたものだったから遠慮したのかもしれない。誰か配布された素材が無くなるほど錬成の練習を行ったものはいるかな?」
「それは……」
僕の質問に一人が言い淀み、そして他の生徒達も僕から目をそらし俯いてしまった。自身の向上心が足りなかったことを痛感したのだろう。って、フィリップはそこで自信満々に手を上げるんじゃない。一番後ろの席にしておいて良かった……。というか場の空気を読んで欲しいものだ。
「もっと貪欲に学んで欲しい。そうじゃないと……先を行く者に置いていかれるよ?」
生徒たちからの質問も一通り終えて、講義を終えると今度はメディナスが皆からの質問攻めに合うこととなったようだ。その生徒たちの目には嫉妬の類は一切見受けられない。
今回の特別講義でメディナスはかなり特出して目立ってしまった。もしかしたらそのせいで風当たりが強くなったりはしないかと多少は危惧していたのだが、どうもそれは杞憂に終わったようだ。
皆があれこれと議論を始めたそんな様子を邪魔しないよう微笑ましく見守りつつ教室を後にする。
あまり僕やシャーロット達講師陣だけに頼るのではなく、生徒たちが互いに意見をぶつけあうのはこれからもっとも重要な要素となる。それをあまり邪魔したくはない。
今日の講義がきっかけで、生徒たちはこれまで控えめに使用していた各種錬成素材を遠慮なく大量に消費して練習するようになる。
後日シェリルさんに呼び出されて、金の錬成素材が急に大量消費されたことに関して聞き取り調査が行われることになるのだが、まあそれは割りとどうでも良い。シェリルさんの求める近代錬金術発展のためには有意義な資材消費であろう。
「……喜んで良いのやら悩んで良いのやら。私が思っていた以上に生徒たちの上達が早くて嬉しいのだけれど、想定よりも予算を使いすぎるのも問題と言えば問題なのよ? まったく誰の影響かしらね?」
「さて、誰でしょうね? 今は異界都市としても錬金都市としても経済は良い循環を見せていますし、探索者達も素材の集めた甲斐があって喜んでいると思いますよ。まあとても良い投資ってことで」
「……まったく」
翌日、僕は朝早くから天獄塔の広場で皆と待ち合わせをしていた。すでに僕とアリス、そしてマリナさんは集合しているので後はジークとエリーシャが合流するのを待つのみである。
さて、今日はなぜ集まっているかというと、もちろん新しい階層の探索を開始――するわけではなく、別の用件のためだったりする。
振り向いて前ではなく後ろの様子を確認する。視界に映るのはとある露店、そしてその中にいる人物、ニコラスさんとブリジットと目が合った。
「バーナード君達に来てもらえて助かったよ。今日は例の新作ジュースのお披露目だからね。一人ではとてもじゃないけど捌ききれる自信がなかったんだ。本来であればダニス達に手伝ってもらうのが筋なんだろうけど、あいにくと別件で忙しいみたいでね」
「気にしなくて構いせんよ。新作ジュースがこんなに早く完成したのはニコラスさんの協力があったおかげですしね。手伝うのは当然ですよ」
ニコラスさんと共同開発した新作ジュースとは、以前の探索で手に入れた異界産の炭酸水を利用した炭酸ジュースのことである。
実は炭酸水を持ち帰ってからすぐにジュースの試作は行っていたのだが、これが早々に暗礁に乗り上げてしまった。
市場で幾つもの果物を買ってきて炭酸と混ぜてみたのだが、これが見事なくらいに上手くいかなかった。果物の味が炭酸に負けてしまうのだ。
そこで異界産の果物であればどうだろうかと思い至り、広場の露店で仕入れた果物で試したところ、果実の味が負けることは無くなった。しかし、それではどの果実が最適なのかと考えたところでさっぱりわからない。
数日悩んだあたりでふと思い浮かんだのが、異界都市で有名な果実ジュース屋でもあるニコラスさんである。
そんなわけで、善は急げとニコラスさんの露店に押しかけて相談したところ快く協力をしてもらえることになり、新作炭酸ジュースの完成にこぎつけたというわけだ。
更に言えばニコラスさんの協力は市場のニーズだけに留まらなかった。まさかそのまま仕入れや販路の協力までしてもらえるとは思っていなかったので願ったり叶ったりと言ったところだろう。
――程なくしてジークとエリーシャも合流できたところで、予定通り新作ジュースの販売を始める事にする。
さて、どんな反響が得られるだろうか?
あとブリジット、隠れて飲むんじゃない。




