そうだね言ったね
僕の言葉を聞いて、メディナスは耳にした内容にいささかの違和感があったようで、こちらを見つめながらも思考を巡らせているように見える。
そしてそれほど時間もかからずに現実に戻り、慌てた様子で口を開いた。
「い、いやいやいや。金ですら錬成できなかったのに、白金の錬成に成功するなんてとても――」
「メディナス、さっきも同じようなことを言ったと思うけど」
僕はすぐに諦めようとするメディナスの言葉を遮るように言葉を割り込ませた。そして食事の前と同じやり取りをしようとして、しかし言葉を続けずにメディナスの目を見つめた。
その視線を受けて、一度目を閉じて一つ小さく頷き再び目を開く。
「……何の目算もなくこんな事をやらせたりはしない、でしたね」
「そうだね、簡単に諦めてしまうのは勿体無いと思うよ」
メディナスが、先ほど僕が言った言葉を口にしてくれたので、僕も優しく微笑みを返す。先ほどの繰り返しだな。
「わかりました! 私、先生を信じて頑張ってみます。ダメ元ですよね!」
……そこまで同じにしなくて良いよ。そう思いながらメディナスを見ると、舌をぺろっと出して、ちょっとイタズラしたような仕草を見せた。
うん、ちょっとだけあざとくも見えるが、これはメディナスが普段の元気を取り戻してきた証だと好意的に解釈することにする。ただ、この可愛らしい仕草に勘違いしてしまう男は結構いるかもしれない。……もう一度言う、メディナスは男性である。
まあ、それはそれとして、いつもの活発さを取り戻したメディナスは意気込んで机に向かい、体力回復ポーションを錬成した時と同じように淀み無い手つきで錬成を始めた。
白金の錬成を含め、幾つかの錬成に関する知識は座学ですでに教えてはいる。ただ、知っている事と実際に錬成を行える事は全く別の話だ。特にメディナスの場合は、金の錬成が出来なかった事を鑑みるに、実際に白金の錬成にチャレンジしているとは到底思えない。恐らくは今回が初めてとなるだろう。
つまり、メディナスはイメージトレーニングをしていたということになる。……そしてこれまで折れていなかった。大したものだ。
正直なところ、今のメディナスであれば白金の錬成どころか、それよりも数段上の難易度を持つミスリルの錬成も現実的な部類に入ることだろう。ただその成功率はまだ低いと思われる。今回に限定して考えるとメディナスに自信を持ってもらうために必ず成功して貰う必要がある。
これよりも先のステージには自らの力と意思で向かってもらおう。
そして錬成工程も最後になり、メディナスは一度目をつぶり深呼吸をした。そして目を開き、両手に身につけたフィンガーレスグローブ越しに魔力を込める。
――ほんの一瞬だけ、恐らくメディナスは知覚すらしていない程の一瞬遅れて魔力が流れ、メディナスの手元が淡く光った。
そしてメディナスは自分の手の中にある少量の白金をまるで宝物を見るような目で眺めていた。……その瞳に薄っすらと涙を浮かべて。
メディナスがしばらく白金を見つめていたため、その邪魔にならないように後ろから眺めていたのだが、ようやくメディナスも気持ちが落ち着いてきたようで、頬を伝った涙の後を拭きながらこちらに向き直った。
「先生、ありがとうございました。えへへ、あまりにも嬉しすぎて、何とお礼を言っていいものか悩んでしまいますね」
先ほどの涙が恥ずかしかったのか、メディナスは少し照れ気味に感謝の言葉を口にした。挫けそうになっていた少し前の心を思えば感慨深いものがあるのは自然なことだろう。
「これはメディナスが努力した結果、僕はそれに少しだけ手を貸しただけ。僕はメディナスに近代錬金術を諦めてほしくなくてね」
「はい、もう諦めません。……そういえば、何故この魔道具を身につけることで白金の錬成に成功したのでしょうか?」
そう言ってメディナスは首を傾げる。恐らくは錬成時にその特異性を実感できたとは思うのだが、まだ思考が十分に回っていないのか答えには至っていないらしい。
「その両手に身に着けた魔道具は魔力昇圧器という名前で呼ばれているんだ。これは――」
魔力昇圧器、この魔道具はセオドールによって発明された物で、魔力の出力量が足りない錬金術師でも金属などの錬成が行えるようにするための物である。
錬成に使用する魔力は魔術とは異なり、総量はそれほど必要としない。そこでセオドールによって一つの解決策が提案された。
この魔道具は一瞬だけ内部に魔力を蓄積することで、錬成に必要な出力量を得ることが出来る。
ただ、セオドールにしては珍しい名前を付けたものだとは思う。普段であれば○○君とか○○丸とか信じられないほど格好悪い名前を平気でつけるのに、この魔道具は割りと良識的な名前が付けられていたので当時はとても驚いた記憶がある。
それにしても、昇圧器ではダメだったのだろうか? 魔燃料の様にもともと薪や油など燃料となるものがある場合なら混乱を避けるために魔を冠するのも理解できる。
――しかし、昇圧器という物は存在していない。混乱しようがないのだ。
当時、セオドールは「なんとなく」などと言っていたが、きっと何か深い考えがあったのではないかと僕は推測している。まあ、今更真意の確認のしようもないので気にするだけ無駄だろう。
閑話休題、白金の錬成に成功した要因、それは魔力昇圧器により白金の錬成に必要な魔力出力量を確保することが出来たということだ。
「――そういうことだったんですか、何だか近代錬金術って何でもありですね」
僕の説明を聞いてメディナスがそんなことを呟いた。確かに古典錬金術から一足飛びに進歩してしまえばそういった感想を抱いてしまうのも仕方がない事ではある。
「いや、そんな何でもありって事はさすがに無いよ。あくまでも需要に対して多くの錬金術師が長年かけて研究し成果を残したというだけのことだよ」
「ふふ、まるで見てきたみたいに言うんですね」
屈託のない笑顔を浮かべるメディナスが、何の気なしにそう言った。
「人を年寄りみたいに言わないでもらえるかな」
「たまに年寄りっぽくなりますけどね。なんて冗談です。あれ? でも、魔力の昇圧が出来るのであれば減圧も出来るのでは無いでしょうか?」
「結論から言ってしまえば、魔力の減圧は可能だよ」
そう答えた瞬間、メディナスの動きが止まった。――まるで時間が止まったかのように。
「どうかしたの?」
「……あ、いえ。先ほど食事の前に私のような例は貴重だ、と。特別な錬金術師になることが出来ると仰っていたような」
先ほどまでの喜びが嘘のように気持ちが沈んでしまっているようだ。
「そうだね言ったね」
「でも、魔力の減圧が出来るのであれば誰でも……」
ああ、そういうことか。
「魔力の減圧は出来る。そしてメディナスが懸念しているであろう魔力減圧器も錬成が可能だよ。……でも魔力昇圧器ほど容易には作れない」
「それはどうしてですか?」
「素材が貴重なんだ。昇圧するだけなら溜めてから一気に出力すればいい。そして減圧する場合は確かに一度魔力を溜めて少しだけ出力してやれば可能。しかしそれでは錬成は確実に失敗する。残った魔力が錬成結果に悪影響を及ぼすんだ」
だから、と続け部屋の外に視線を向ける。
「残存魔力を錬成に影響がないように破棄してやる必要がある。それが魔力減圧器の実現を困難にしている。実際に僕も一つしか持っていない」
……天獄塔の上に、ね。




