嘆きの絶壁
土日で結構書く時間がとれたおかげで、いつの間にか七万文字を越えていていました。
全話のタイトルを見直しました。
荷物の回収後は途中で何度かトロールやマンイータートレントと遭遇したが、特に手こずることもなく順調に殲滅しながら先に進むことが出来た。
特にマンイータートレントはジークの試し撃ちイベントになっており、使い方も慣れてきたようだ。
「何度見ても凄い威力ね、何だか見ててマンイータートレントが可哀想になってきたわ」
今まさにその可哀想なマンイータートレントがジークにぶった切られているところだった。マンイータートレントは自分で動くことができないようなので完全に的扱いだ。
「確かに多少は可哀想な気もするけど、どうせあとで復活するだろうしそれほど気にしなくても良いんじゃないかな? それよりもあまりくっつき過ぎないで欲しいんだけど」
「あら、こんな美女にくっつかれて嫌がるなんて、そっち系の趣味でもあるのかしら」
そっち系ってどっち系だ?先程からずっとエリーシャが腕に抱きついて離してくれない。確かにエリーシャは美女であることは間違いないので悪い気はしない……しかし、腕にくっつくときに一番大事な要素が足りないため感動は薄れてきている。
エリーシャにはその最も重要な要素が足りないのだ。その最も重要な要素は何か?それはアリスにあってエリーシャにないもの……そう胸だ。
アリスの胸に対して、エリーシャの胸は絶壁と言って差し支えない程に小さい。
どうせ押し付けられるならアリスの胸でお願いしたいところである。当然言えないけど。
「その嘆きの絶壁にバーナード様も嘆いているのでは無いでしょうか?」
アリスは僕を引っ張りエリーシャから引きはなすと、腕に胸を押し付けてきた。考えを読まれているのだろうか……。
そしてアリスの発言に一瞬辺りの空気が凍りついたようになった。アリスとエリーシャの視線が交わる辺りで何か恐ろしいエネルギーがスパークしているように見える。
「あ、あたしが一番気にしてることを、さらっと言いのけたわね……」
「そうですか意外です。気にされていたんですね。随分自信がお有りなようでしたので、てっきりエルフはその嘆きの絶壁にも自信を持っているものかと思っていました」
二人の言い合いで種族間で戦争が起きそうな雰囲気になっている。ってアリスは人間じゃないから判断が難しいところだ。でもとりあえずは仲裁しておいたほうが良さそうだ。
「二人共パーティ内の争いは禁止でお願いします」
「ふう、こいつにもようやく慣れてきたぜ。もしかしたらガーディアンだって一撃じゃねぇのか? ってアリスさん!? おいエリーシャ、アリスさんに絡んでんじゃねぇよ!」
「「ジークは黙っていなさい!」」
あ、アリスとエリーシャがハモった。ジーク突っ走る前にまずは空気を読むんだ。ジークは現実逃避を始め視線を逸らすと距離をおいて素振りを始めた。
……これを仲裁しないといけないのか怖いな。
結局二人の仲裁に時間がかかり更に時間をロスすることになった。
その後はしばらく歩くことになったがようやく岩山が近付いてきた。そろそろ第二層のガーディアンがいてもおかしくはない。
そう思いながら遠くを見ているとこれまでの魔物と明らかに違う魔物が見えてきた。
遠目に見える限りでは別のパーティがすでにガーディアンと交戦中らしい。この距離でも声が響いてきている。
見た感じはトレントに見えるが、中々凶悪そうにみえる。対するパーティーは前衛が瓦解しかけていたが、遠巻きに少しずつ枝を切ることで間合いを詰めていっている。
これなら時間は掛かるが大きなミスさえしなければ負けることは無いだろう。
それから多少の時間はかかったが、特に大きなミスもなくトレントの討伐に成功したようだ。
この後、三十分くらいでガーディアンは復活するらしい。
「さてと、次は俺達の番だな。こいつも他のトレントみたいにぶった切ってやるぜ!」
「あー、そう簡単にはいかせてくれなさそうだよ。ほらあっち」
後ろに視線を促す。ジークは何言ってんだ?みたいな顔をしてるが、少し離れたところから別のパーティーがこちらに向かって来ているのを見て納得したようだ。
他の探索者にはなるべく魔道具を見せたくないので、ガーディアン戦は魔道具無しで戦うことになる。
先を譲ることも考えたが余計な警戒をされかねないし、手の内を晒したくないのはお互い様だ。
それに上手く譲れたとしても、その後に別のパーティーが来てしまう可能性もあるので先を譲るのは止めておくことにした。
「それでバーナード君、何か作戦はあるの?」
作戦か……、正面から戦うのもアリといえばアリなのだが、わざわざ余計な被害を受けたくはない。
トレント……木か……木は燃やしたいところだけど、生木は燃えにくいからなぁ。あ、そうだ!
「確かエリーシャはマンイータートレントに精霊魔術をレジストされたって言ってたよね? その時はどんな魔術を使ったの?」
「何って、風の精霊の力を借りて風の刃を作って枝を切ろうとしたのよ。魔術で言えばウインドカッターが近いわね、でもトレントに届く前に消えてしまったのよ。何度撃っても結果は同じだったから、ある程度の距離に近づくとレジストされちゃうんだと思う」
当てようとしたらダメって事は当てようとしなければ良いわけだ。あとは効果範囲の確認か、もしこれが期待通りなら……。
「ちなみに精霊魔術の効果範囲ってどれくらいまで広げられるの?風の刃くらいしか無理かな?」
「そんなことないわよ、精霊魔術を侮ってもらっちゃ困るわ。魔術と違って精霊魔術は精霊の力を借りる訳だから、協力してくれる精霊が多ければ範囲を広げることは可能よ。そうね、このガーディアンの領域くらいなら協力してくれると思う。あ、でもトレント周辺の精霊はレジスト範囲に含まれているみたいでお願いはできなかったわ」
おお、それならセオドールに教えてもらったあれが試せるかもしれない。もしダメだったとしても、正面から戦えば良いだけだからチャレンジする価値はあるだろう。ヤバイ、何だか楽しくなってきた。
若干顔がニヤつきながらエリーシャに作戦を説明しようとしたが、気がついたらちょっと距離が離れていた。あれ、もしかしてちょっと引かれてる?
「ああ、バーナードの奴はたまにこんな感じで、ニヤニヤしながら悪巧みしやがるから気にするだけ無駄だぜ」
「うん、ちょっとびっくりしたわ。少しだけ気持ち悪かったかも……」
そんな!?そんなに変な雰囲気だしていたか?今度から気をつけたほうが良いかもしれない……。ジーク、それはフォローくらいして欲しいぞ。
いや、そんなことより作戦だよ作戦。早くガーディアンで実験したい。
「皆、作戦を説明するからこっちに集まって、ちなみにエリーシャは精霊に頼んでこういったことはできないかな?」
ポーチから取り出した紙に絵を書きながら説明すると、エリーシャは頭に大量のハテナを浮かべながらも了承はしてくれた。よかった、できるみたいだ。
僕とアリスとジークはガーディアンが何かをしてきた時に、精霊魔術に集中するエリーシャを守る為に位置取りをする。
作戦通りなら僕たちは何もする必要は無いはずだけど、一応警戒だけはしておくべきだろう。
作戦の説明が終わった頃には、先ほど後ろから近づいてきたパーティが遠巻きにこちらの様子を窺うように位置取りを終えていた。
まあ、もしかしたら何か弱点が見つかるかもしれないし選択肢としては間違えていないだろう。僕達の後には自分たちの番が来るのでその眼差しは真剣そのものだ。
僕達の戦い方が参考になるといいね。
「それじゃあ討伐を始めようか」
僕の合図と共にゆっくりとガーディアンの領域内に入っていく。このガーディアンも第一層の時と同じくバキバキと身体から音を出しながら大きくなっていった。
《エルダートレント+4》
今回はエリーシャが増えた分、やはりプラスも増えていた。それにしても大きいな、精霊魔術はこの大きさの魔物を包みこめるというのだから大したものだ。
全員が中に入り位置取りを終わらせると、各自武器を構えエルダートレントの動きを警戒し始め、唯一エリーシャだけは周囲の精霊の協力を得るべく行動を開始していた。
エリーシャが精霊への問いかけを終わらせると、エルダートレントの周囲を少し大きめに囲うように風が生まれ、少しずつ風の動きが激しくなっていく。
……うん、今のところレジストされるということは無さそうだ。これなら上手くいけそうだ。
エルダートレントの周りで大きな渦巻くような空気の流れが発生してから数分の時間が経過した。
エリーシャは相変わらず精霊と話すことに精一杯でものすごく集中しているようだ。
残る僕たちはと言うと最初はエルダートレントの動きを警戒していたのだが、数分たっても何もしてこないので警戒することが馬鹿らしくなってしまい。今は端の方で座って休憩をしている。
僕達を見学していたパーティも、あまりの情報の少なさに文句まで言い出している。でも僕達に当たるのは筋違いだよ?
そこから事態が変化したのは間もなくの事だった。突如エルダートレントがしきりに枝を振り回しながら地面を叩きはじめたのだ。
それを眺めていると今度はどんどん動きが鈍くなり静かになった。
「終わったか?」
ジークそれはフラグというものらしいぞ。セオドール曰くフラグというものが立つと上手くいくものも上手くいか無くなることがあるらしいので要警戒だ。
「いや、後もう少し掛かりそうかな」
そこから更に時間がかかったが、その結果は非常にわかりやすいものとなった。
突然エルダートレントの身体のいたるところが破裂して、その破裂が終わるころにはエルダートレントはピクリとも動かなくなっていた。
「マジかよ、本当に俺達何もしなくて済んじまったな」
「少々物足りませんが、わざわざ苦労を背負い込む必要はありませんから」
「……バーナード君、一体何が起きたのか説明をしてもらってもいいかしら?」
何というか、やったことはエルダートレントの周りを真空という状態に近くしただけだ。
以前、セオドールに聞いた話では真空という状態になった場合、水は火にかけてもいないのに沸騰をし始めるのだ。
そして沸騰し蒸発する際に今度は気化熱が奪われることで凍ってしまう。最終的には昇華することで爆発的に大きくなり収まりきらなくなり爆発する。
エルダートレントは樹木なので身体の中には道管や師管があり、その中を水分が巡っているため、この現象が体内で起き爆発したというわけだ。
今回はその肝である真空状態を精霊の力を借りて作ったのだ。エリーシャが言っていた風の刃も同じように精霊の力を借りて真空状態を作り出しているので、それの応用ということになる。
但しエルダートレントの周りはレジストされてしまうため、エルダートレントがレジストできない距離から囲むように真空状態を作った。
精霊の力が借りられる領域は魔法現象で真空状態を作り、その真空を利用してエルダートレントの周りの精霊を引き寄せ物理現象で真空状態をつくりだしたのだ。
流石にエルダートレントも物理現象をレジストできなかったようで、見事にエルダートレントの周りを真空に近い状態にすることに成功したというわけだ。
それに今回はたまたま移動しない魔物だったから使えたが、普段使えるようなものではない。
「ちょっと説明が難しいから、また時間があるときにでも説明するよ」
ところどころ破裂したエルダートレントの素材を採取しながら周りの反応を見てみるが、未だに目の前で起きた現象を整理しきれていないようで、全員が呆然としていた。何の参考にも成らなくて悪いね。
外から見ればエリーシャが凄い精霊魔術の使い手だったというようにしか見えないだろう。
まあ確かにあの規模をコントロール出来るのだから凄い事には変わりはない。自慢していただけの事はあると思う。
さあ先があるということは第三層が存在するってことだね。一体この森の異界は第何層まであるのだろうか?
真空ってすごいですね。
沸騰→凝固→昇華のコンボです。




