死の舞
ナズリが女性の手を引き、踊り子たちのもとへ戻った。
手を引かれた女性は顔を赤らめつつも、不安は隠しきれていないようで、周りの注目を浴びながらその表情には戸惑いの色を見せている。
立ち位置を確認した後、ナズリはプリッシラさんに目配せをすると再び女性に向かい合った。
一方プリッシラさんはというと、何かしら行動を起こすかと思ってたらそのまま演奏を始めてしまった。
まさかそのまま踊り始めるつもりなのか? ということは、あくまで曲の中で簡易的なステップを教えていくということなのだろうと思われる……が、それではプリッシラさんのあの様子の説明がつかないのだが……。
演奏が始まったことで曲に合わせて二人の周りの踊り子たちが踊りだしてしまう。ナズリと女性は未だ動かないままだ。
女性の不安が小さな声で僕の耳に届く。だが、ナズリは目をつぶり動きを見せない上に、一向に踊りの説明を始める素振りもない。
立ち姿は絵にはなるが、いったいどうするつもりなのだろうか? 見ているこちらが心配になってしまう。
このまま何も……いや、ナズリの周りに魔力が集まり膨らみ始めた。ようやく何かしらの行動を起こすつもりかな。
――ナズリがゆっくりと目を開いた。
その直後、ナズリを中心に膨らんだ魔力が弾け辺りを包み込む。
微弱だが言いようのない悪寒が身体を通り抜ける。
まさか、こんな人だかりで広範囲魔術……しかもこの魔術は呪いの類じゃないか!?
――ダンス・オブ・デス
死の舞という名前の通り、その呪いにかかったものを強制的に踊り狂わせることが出来る。それこそ死ぬまで、という事も可能だ。
純粋に相手を攻撃しない、人の運命を弄ぶ呪いの類の中でも非常にタチが悪い魔術だと僕は思っている。
早急に対処しなければ死人が出てしまう恐れも――
「セントラル! 周辺に展開されている魔術をスキャンしてくれ」
『かしこまりました。スキャンを開始します――――スキャンが完了しました』
慌ててモノクル越しに魔力を観測すると確かに、僕の予想した通りの魔術が周辺に展開されていた……が、やけに微弱な魔力で発動されている。
「……どういうことだ?」
ダンス・オブ・デスが発動したにも関わらず、観衆は誰ひとりとして変化を見せていなかった。
いや、ある程度は演奏でかき消されたとはいえ、僕が慌てて動いたことで近くの観衆からは奇異の目で見られてしまった。
ふとプリッシラさんの方に目を向けてみると、笑いをかみ殺しながら演奏を続けていた。
……あの表情はこれのことか。
基本的に対象に呪いを掛ける類の魔術には強力な魔力が必要となる。
それは対象が抵抗するのだから当たり前の話である。
つまりナズリが広場にいる観衆達を強制的に踊らせようとした場合は、その観衆たちの抵抗を上回るだけの出力で魔術を行使しなければならない。
それにも関わらず、この場に展開された魔術は非常に微弱な魔力で展開されている。
……これではまるで抵抗してくださいと言っているようなものだ。
「お嬢さん、軽く目を閉じて音楽に身を委ねて」
ナズリに目を見つめられた女性は一度周りを見渡した後、小さく頷くと目を閉じた。
「さあ、共に踊りましょう」
その声と共に音楽は佳境を迎える。
――すると、どういうことだろうか。
先程まで踊りの経験は無いと言っていた女性が、ナズリのリードのもと見事に踊り始めたではないか。
流石に熟練の踊り子と比べてしまえば見劣りはするものの、踊りの経験が無いものから見てみればその動きは十分なレベルに達していると言っても過言ではないほどだ。
……そうか!
まさか呪いの魔術にこんな使い方があったなんて、まさに目から鱗が落ちるとはこの事だ。
今まで嫌悪感を抱き意識的に避けていた自分が恨めしい。
ダンス・オブ・デスという呪いの魔術を微弱に展開することによって、その効果を表すにはあくまでも本人の意志を持って踊りを受け入れる事を必要とする。
当然、踊りを止めることも本人の意思のもとに行うことが出来る。
試しに身を委ねてみたところ、僕も見事に踊りを披露することが出来た。
ナズリに導かれた女性や僕の踊りを見たことで、観衆の中にもチラホラと踊りを受け入れるものが現れる。
皆、不思議な体験を受け入れ楽しむように踊り始めたことで、広場には華やかな空間が生まるまで、さほどの時間も掛からなかった。
――アラベスクの公演が終了した後、僕はアラベスクから貴重な体験と知見を得たことに礼を言うため、知人であるプリッシラさんに話しかけることにした。
「今日は貴重な体験をさせてもらいました。本当にありがとうございます」
「そういうことなら彼女たちに直接言ってやると良い。私はあくまで演奏を手伝っただけだからな」
そう言って、プリッシラさんは首をひねって促す。
その先ではナズリ達が片付けを行っている。
「はい、そのつもりです。……そういえば彼女たちプリッシラさんは知り合いなんですか?」
「ん、まあ腐れ縁というやつだろうかね。もう長い付き合いになる」
吟遊詩人と踊り子の一座、同じように旅をする都合上、接点も多いのかもしれない。プリッシラさんの表情にはその言葉をしみじみと感じさせる物があった。
ひとまずナズリ達の邪魔にならないようにプリッシラさんの昔話を聞くことにした。
プリッシラさんと話している間に、ナズリたちの片付けも一段落ついたようなので、改めてお礼を言いに向かうことにする。
僕が近づいた事に気づくとナズリは首をかしげるが僕の後ろにプリッシラさんの姿を見つけた後、何かを察したのか改めて一礼する。
「ナズリさん、とお呼びしてよろしかったですかね。今日は貴重な体験をさせていただきありがとうございます」
「はい、かまいません。楽しんでいただけたようで何よりです。えっと――」
「ああ、すみません。まだ名乗っていませんでしたね。僕はこの街に住む錬金術師バーナードと申します」
ナズリさんは僕の名前を聞いた際に、一瞬驚きの色をみせるがすぐにもとの様子に戻った。
「貴方がバーナード様ですか。数日前にこの異界都市を訪れてからというもの、プリッシラに何度もご活躍を聞かされていますよ」
「はは、妙なことを言われていなければ良いのですが」
「そんな事はありませんよ。まあプリッシラがあれだけ興奮して話すのは久しぶりなのでびっくりしましたが」
……やっぱり心配になるな。
まあ、気にしてもしょうがない事はわかっているつもりなので、それは置いておくとしよう。
「まさか呪いの魔術にあんな使い方があるとは知りませんでしたよ」
「そういえばバーナード様もすぐに身を委ねていましたね。あんな短時間に私の魔術を理解した、ということでしょうか?」
ナズリさんは僕が慌てた一件には気が付かなかったようだ。最初はこちらを向いていなかったからかな。
「微弱ですが悪寒がしたもので、つい慌てて解析してしまいました。お恥ずかしい」
「魔術を理解しただけでなく、あの微弱な魔力を感じることが出来るなんて凄いですね。初めて見ましたよ」
ああ、そうか。僕が微弱な魔力を感じ取ることが出来たのも、僕の身体能力が上がったが故の事だったということか。
僕が考えを巡らせていると、ナズリさんは申し訳無さそうな表情に変わる。
「できれば呪いの魔術だということは伏せておいていただけると助かります。害は一切ないのですが、人によっては呪いを利用しているというだけで嫌悪感を抱かれる方もいらっしゃいますので」
「……確かにそうですね。すみませんちょっと軽率でした」
「いえいえ、どうかお気になさらずに」
僕の軽率な発言をナズリさんは優しく微笑み許してくれた。
――それから少しの間、プリッシラさんを交えてナズリさんから魔術に関する話を色々と聞くことが出来た。
今日のナズリさん達との出会いが、期せずして新しい魔道具の大きなヒントとなった。
僕は軽い足取りで家に戻ると、そのまま部屋にこもり魔道具の錬成に取り掛かることにした。




