25.誰か来るから
地獄の春季休暇を終えた学園に、春の月がやって来た。………絶対おかしいと思うんだけどな、この世界の時間の流れ。『短縮』の魔法でもかかってんじゃなかろうか。
「で、お前は無事にAクラスの授業についていける知識と学力を身につけたと。」
春季休暇を終えて学園に戻って来たルカス。私の部屋のソファに向かい合わせで座っている。
「………クラスって何で学力で振り分けないのかしら。私がAクラスの授業についていける訳ないじゃん。」
私は膝を抱えてソファの上で丸くなっている。今日は初日だったため、クラスの顔合わせと教科書の配布だけで授業はなかった。明日からまた春季休暇ような日々が始まると思うと気分が重くなる。先生、かなりのスパルタ補習であった。
「はあーーーー。こんな憂鬱な気分で春を迎えるとは思わなかったわ。」
「珍しいのな。いつでもポジティブ前向き怖いもの知らずのお前が。」
ルカスは珍しく驚いた表情をしている。
「悪口は一個しか入ってないのに、それだけで全てが悪口に聞こえるってすごい才能ね、ルカス。」
私はジト目でルカスを睨みつける。私が補習地獄を受けている間、彼はどこかに遊びに行ってしまったのだ。
「何だよ、機嫌悪いな。お前を放って行った事、怒っているのか?」
「そうじゃないけど……。」
私は上手く言葉が見つからず、俯いて膝の上に顎を乗せる。
「何だ、もしかして寂しかったのか。それならそうと……」
「ちがうっ!」
ニヤリと口角を上げて顔を覗き込んできたルカスに、私は少しだけ大きな声が出てしまった。心外すぎる。そんな訳ない。
「そうじゃない!そうじゃないけど……。」
「ないけど?」
ルカスはソファの肘掛けに腕を置き、頬杖をつきながら言葉の続きを促す。
「……なんか上手く言えないからもういい。」
私は何とも言えないもどかしい気持ちを抱えながら、ふいっと顔を背けた。
「何だよそれ。それじゃ俺の怒られ損だな。」
ルカスは肩を掴めながら席を立った。
「どこ行くの?」
先ほどまでは視線を合わせまいと目を逸らし続けていたのだが、ルカスが離れて行こうとすると思わず前のめりになってルカスの服を掴んでしまった。どうなっているんだ、私の情緒。
「自分の部屋に帰るだけだ。本来はここにいちゃいけないんだからな。」
ルカスは一応従者スタイルでこの場にいるが、異性の生徒の部屋には本来入ってはいけない。
「何で今更そんな事……」
「誰か来るから。」
ルカスは被せ気味に答えてきた。まるで時間がないとでもいうように。
「えっ? 寮の部屋になんて誰も来た事……。」
トントントン。
「ほ、本当に誰か来た!」
「俺に間違いはないんだよ。じゃあな。」
ルカスはいつの間にか私の手から服を引き抜いていて、窓の外にふわりと消えて行った。
「え、そんなのあり?」
普段のルカスは扉からきちんと入ってくる。もちろん従者スタイルで。しかし、窓から出入りできるのであれば姿を変える必要もないのでは。
トントントン。
返事をしない私に焦れたようにもう一度ノックが鳴らされた。
「あ、ごめんなさい。今開けますね。」
慌てて開けた扉の向こう側にいたのは、何と我らが推しのエリオットだった。
「リディア嬢、今日のお昼ぶりだね。今、少しだけ時間あるかな?」
「エリオット様!」
輝く笑顔で扉の前に立つエリオットに驚き、私は大きく二、三歩後ろに後ずさった。もちろん鼻血対策も兼ねている。
ここは女子寮エリアであるが、まあ男子生徒も中に入ることはできなくはない。まず寮母さんへの許可取り。どの生徒の部屋に行き、何の用事があるのか、どれくらいの時間がかかるのかを申請。許可が下りれば、従者を伴って入ることができる。もちろん短時間だけ。そんな面倒な手続きをしてまで、エリオットは私に会いに来てくれたのだ。明日まで待てば学園で普通に会えるにも関わらず。
「ふふっ、驚いたよね。」
それはもう尻餅でもつきそうなくらい驚いた。二、三歩後ずさっただけの自分を大いに褒め称えたい。もしも、尻餅など付いていようものなら、優しいエリオットは手を差し出すに違いない。最悪の場合は、お姫様抱っこで保健室に連れて行かれるなんて事も。そんな事になれば血みどろ案件再びである。
「それはもう物凄く驚きましたわ。……何か、急用ですか?」
私はエリオットに付き従っている従者をチラリと確認する。無表情の彼はきっと、明日でいいじゃん……と思っているに違いない。私などに時間を使わせてしまって本当に申し訳ない。
「実は今日の君の様子が気になって。」
困ったように笑うエリオットに、私はピシリと身体が固まるのを感じた。
「私の………様子?」
2-A初日に何か変なことでもしでかしただろうか……。ただ自己紹介をして教科書を受け取っただけなのだが………。私は背中に冷たいものが走るのを感じながらエリオットの次の言葉を待つのだった。




