12. 本当の事も言わないけどね
「……けて……。」
「助けて………。」
「助けて………。」
「助けて………。」
「え?」
助けを呼ぶ声に振り返ったが、そこには誰もいない。
「おかしいな……声がしたと思ったんだけど。」
私はまた前を向いて歩き始めようとする。
「ひっ………。」
しかし私は一歩も前に踏み出すことは出来なかった。何故ならば……………目の前には無数のリディアの屍が山のように積まれていたからだ。
「……と言う夢を見たのよ。」
「それで目の下がそんなに真っ黒なのか……。」
「怖すぎて一晩中明かりを付けていたら、眠れなくなっちゃって……。」
「だろうな。」
「今からでもルカスが従者として私の側にいてよ。」
目の前にある赤い瞳を見つめて両手を組む。本来は従者として付いてくるはずだったため、これはお願いのうちには入らないだろう。
「………お前は己の死よりも怨霊的なものの方が怖いんだな。」
呆れた顔でため息を吐かれた。しかし生徒スタイルのルカスのため全く怖くはない。子どもが背伸びして大人ぶっているみたいで、何ならちょっと可愛い。怒られるから絶対に言わないけど。
「だって本当に何人ものリディアが死んじゃってるんでしょ? 満更ただの夢って事も無いじゃない。」
「ただの夢だ。そんな事には一度もならなかった。」
「本当に?」
「俺は嘘は言わない。」
「本当の事も言わないけどね。」
「………。」
ルカスはその美しい顔をひくひくと引き攣らせた。
夢の報告がひと段落したところで1-Eの教室の前に辿り着く。
「じゃあね。また後で。」
そう言いながらルカスに向けて上げた手をパシリと横から掴まれた。
「え?」
その手の持ち主を確かめるが、眩しすぎて一瞬視界が真っ白になり何も見えなかった。
「おはよう。」
ぱちぱちと何度か瞬きを繰り返してようやく視界が開けてきた。目の前にいたのは何と、入学して初めてお目にかかる推しであった。私に向かってふわりと微笑み、挨拶をしているではないか。
「あ、あの……。おはよう、ございます?」
突然現れた推しにときめきつつも、ちょっとだけ力が強すぎる。女の子の腕を掴む力ではない。ちょっとだけ痛い。そして周りの視線もかなり痛い。目立たず騒がずそっと影から応援する。それが私の推し活スタイルだ。まあ前世では騒ごうにも騒げなかったともいう。
「ちょっと来て。」
「へ?」
掴まれた手を思いっきり引っ張られて引き摺られていく。余計な事を考えている間にとんでもない事になった。視界の端でどんどん遠ざかるルカスが面倒くさそうに手を振っている。嘘でしょ……助けないの? 私困ってそうに見えなかったかな。
中庭まで連れ出された私は推しと二人で対峙している。とにかく美しい。手の痛みなど既にどこかに吹き飛んだ。
「この前のお礼を言いたくて………。君が来てくれて助かったよ、本当にありがとう。」
ようやく手が解放されたと思ったら、目の前の推しが思いっきり頭を下げた。
「あの後、体調は大丈夫でしたか?」
最後に見た推しはだいぶ顔色が落ち着いていたが、そのまま放置して兄の所へ戻ってしまったため、後で少しだけ心配になっていた。人の呼べるところまで付き添った方が良かったのかもしれないと。色気大爆発のこの美しい推しを一人置き去りにして、誰かよからぬ人に発見されれば、相手が犯人の令嬢でなくても危なかったかもしれない。
「お陰様で元気にしているよ。あの時はパニックになっていて、きちんとお礼も言えず…………礼に欠く行為だったと反省している。」
しょぼんと眉を下げて謝る推しにキュンとする。しかしこの前は蹲っていたこともあり小さな男の子のように見えたが、立ち上がってみると普通に15歳の男の子だ。当たり前だが、リディアよりも背が高い。
「いえ、私も連れに何も言わずに会場を離れていたので、焦っていて……。介抱もせずにすみませんでした。」
そう言いながら私も眉を下げて笑う。無事に再会できて心からホッとしている。
「あ……えっと………。」
そういえば私は新しい推しの名前を聞いていない事に気がつく。クラスメイトの女の子たち情報によると『エリオット様』が当てはまると思うのだが、万が一違った場合のダメージが酷い。そしてどう見ても高位貴族の令息。自分から名乗ることも、容易に名前を聞く事もできない。いや、学園内ならば別にいいのだろうか。
「私はエリオット・ダグラス。名乗っていなかったね。これから三年間……仲良くしてくれると嬉しい。」
私の頭の中を読んでいるかのように自己紹介をしてくれるエリオット。頬が少し赤い気がするが気のせいだろうか。
「私はリディア・ヴェルディです。エリオット様、こちらこそよろしくお願いします。」
何とか微笑んで挨拶を返したが、彼の美しい容姿と可愛い表情とのギャップに内心は踊り狂っている。それは反則だろう。
「あっ……。」
鼻血が出てきそうな感覚に私は慌てて口元を押さえる。
「どうしたの? 大丈夫?」
エリオットは目を丸くしてリディアの顔を覗き込む。心配してくれているのだろうが、今それは逆効果だ。お兄様のように十五年も一緒にいれば別だが、エリオットに対する耐性はまだ確立されていない。それ以上近づいて欲しくなくて小さく首を振るが、エリオットとの距離はさらに縮まる。
ポタッ。
ついに手から流れた鼻血が地面へと落ちた。
「血……。大変だ! 医務室に運ぼう!」
そう言いながらエリオットはリディアを軽々と抱き上げる。俗にいうお姫様抱っこというやつだ。
「ひゃっ!」
やばい………もう完全に限界突破だ。か、顔が近すぎる。そして美しすぎる。さらに何だか分からないがめちゃくちゃいい匂いもする。私の鼻からはとめどない血が流れはじめた。
「もう……ダメ………。」
その言葉を最後に、私は意識を失いエリオットの腕の中でぐったりと倒れ込んでしまった。
「リディア嬢! しっかりして、リディア嬢!」
こうして私の推し生活は血みどろの幕開けとなった。(鼻血まみれともいう)
その後、真っ青な顔のエリオットにより医務室に運ばれたリディア。すぐに従者バージョンの大人ルカスに引き取られ、たいそう大きなため息をつかれたそうだ。




