第94話 師乃と賢者
醍醐が全員を見回し、重々しく席を立つ。
「よし……では、明朝より第一部隊による咲洲のコア回収作戦を開始する。各自、準備に取り掛かってくれ。本日の会議は以上だ」
会議室の椅子が引かれ、醍醐、九条、モモ、そしてカイがそれぞれの任務のために足早に部屋を出ていく。
師乃もまた、モニターのデータを端末に転送し、部屋を後にしようとした。
その時だった。
「師乃。少し、残りなさい」
静かな声が、師乃の足を止めた。
振り返ると、円卓の端で賢者が杖を両手で支えながら、じっとこちらを見つめていた。
「……何でしょうか、賢者様。私は次の解析作業がありますので、手短にお願いします」
師乃は表情を変えず、淡々と応じる。
賢者はゆっくりと歩み寄り、師乃の目の前で足を止めた。
その老いた瞳には、何かを見定めるような、底知れない光が宿っている。
「咲洲のサテライトが落ちれば、いよいよ残るは一つ……マザーだけじゃ。お前さんもいよいよ最終局面を迎えるのう」
「!」
師乃の身体が、一瞬で強張った。
「……何の話か、分かりかねます」
「隠さずともよい。お前さんが何のためにそこに立ち、何をしようとしているか、わしはわかっとるよ」
賢者は静かに、告げる。
「結末を変えたくはないか」
師乃の息が止まる。
会議室の時計の音だけが響く。
冷たい汗が指先を伝う。
師乃は無意識に一歩後ろへ下がった。
それでも、賢者から目を逸らせなかった。
その老いた瞳には、敵意も嘲笑もなかった。ただ、妙に静かな色だけがある。
「師乃よ」
賢者が一歩近づく。
「お前さんは聡明じゃ」
「……何が言いたいのですか」
賢者は答えず、師乃の耳元へ顔を寄せた。
そして、誰にも聞こえないほど小さな声で、たった一言、何かを囁いた。
その瞬間。
師乃の瞳が、止まった。
「――――っ」
呼吸が乱れる。
一歩、後ろへ下がりかける。
「な……」
言葉にならない。
いつも完璧に制御されている表情が、初めて崩れた。
「それは……」
掠れた声だけが漏れる。
賢者は静かに目を細めた。
「未来というものはな」
コン、と杖が鳴る。
「案外、しぶとい」
それだけ言うと、賢者は背を向けた。
ローブが揺れ、杖の音が遠ざかっていく。
会議室に残された師乃は、しばらく動かなかった。
握り締めた指先だけが、微かに震えていた




