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Boundary  作者: 楓シロ
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第1話 プロローグ

初小説です。書き上がってますので毎日上げていきます。伏線たくさんあります。

22話まで戦い少なめ。最終回前はずーっと戦い!


 ーー最初の拳は、右から来た。


 咄嗟に身を屈める。頭上を断ち切った風のうなりが、鼓膜を震わせた。振り返れば、見知らぬ男が勢い余って壁に激突し、骨の折れる嫌な音を立てて崩れ落ちていく。


 状況が飲み込めない。だが、視界に入った梅田の地下七層の通路は、すでに地獄の様相を呈していた。

怒号はない。ただ、肉を叩き斬るような鈍い打撃音と、鋭い呼気だけが響く。アンダーでよく見る泥臭い喧嘩じゃなく、無駄のない、殺すための動き。プロの戦場だ。


――巻き込まれた。


 その日は両親を亡くしてから、いつもパンをくれるおじさんから話していた「梅田の地下でコアが見つかった」という噂。ただの好奇心が、最悪のタイミングで牙を剥いたのだ。


 逃げようと踵を返した、その足元に「それ」が転がってきた。


 コンクリートの塵の中で、それは淡く、不気味に呼吸していた。石のようでもあり、磨き抜かれた金属のようでもある塊。内側から滲み出す光は、血管のような模様を描いている。


 拾う理由なんて、なかったはずだ。

なのに、指先が勝手に動いた。まるで導かれたかのようにそれを拾う。


 拾い上げた瞬間、掌に伝わってきたのは、機械の冷たさではなかった。

ぬるりとした、生き物の内臓のような生温かさ。ドクン、と掌を打つ脈動。まるで最初から自分の身体の一部だったかのように、吸い付くように馴染んでしまい、焦る。


その瞬間、通路から一切の音が消えた。


 殺し合っていたはずの男たちが、機械仕掛けの人形のように動きを止め、一斉にそらを見た。数十のぎらついた視線が、一箇所に突き刺さる。


「――ガキが、コアを拾った!」


 誰かの声が引き金だった。

肺が焼けるほど空気を吸い込み、そらは地を蹴った。


「大人しく渡せ」

「嫌です」

「なぜだ」

「……なんとなく?」


 男が深く、重たい溜息をついた。それが処刑の合図に見えた、その時。


 頭上の闇を割って、何かが「降って」きた。


 重い着地音が路地に響き、古いコンクリートの粉塵が舞う。

立ち上がったのは、ボロい外套を纏った若い男で、獲物を射抜くような鋭さでぎらついている。


「思ったより深かったな」


 場違いにのんびりした声。男は追手とそらを交互に眺め、短く告げた。

「邪魔するよ」


 三人が同時に地を蹴る。だが、男は笑顔のまま微動だにしない。

その刹那、そらは視界がぐにゃりと歪む錯覚に陥った。音も光もない。男を中心に「傾いた」のだ。

その後、一筋の光。

ふと気づくと男の手には長い刀があった。


 男は流れるような動作で三人の急所を突き、壁へと沈めていった。


 わずか十秒。路地には、三人の呻き声だけが残った。

男はチラッとそれをみて

「……ああ、わりぃ。ちょっと加減を間違えたかな」

謝罪の言葉に、感情は一切こもっていない。

彼は靴の先についた埃を、倒れている男の服で無造作に拭った。その動作には怒りも蔑みもなく、ただ「汚れたから拭く」というだけの、事務的で冷徹な温度しかなかった。


「生きてる?」


男がそらを見た。その視線は優しさではなく、もっと観察的な、底知れない冷たさを孕んでいた。


「生きてます」

「走れるか」

「走れます」

「じゃあ走れ。ここから、一秒でも早く」


 通路の奥から、眼鏡をかけたもう一人の男が駆け寄ってくる。

「カイ、増援だ。もたもたするな」

「わかってる。……おい、聞こえたか?行け」


 拒絶を許さない声。そらは弾かれたように駆け出した。

――だが、運命はまだ、この少年を逃がすつもりはなかったらしい。


 背後で、爆音とともに天井が「抜けた」。


 走りながら、頭の中がうるさかった。

——あの二人、大丈夫かな。

増援が来る、と眼鏡の男が言ってた。けれど‥あの人たちは多分…強そうだし。でも増援の数がわからない。

足がとまる。

——行け、と言われた。

行けと言われたし、自分には関係ない。今日だってたまたまコアていうのを拾っただけで、自分がいったってなんの役にも立たない‥

足が止まった。

——また、何もできずに逃げるのか‥

そう思った時、胸の奥に何かが刺さった。

ソラは来た道を引き返した。


 路地に戻ると、黒いコートの人物が増えている。

ハードで顔が見えない。

 でも立っているだけで、周囲の空気が重くなるような存在感。

 カイと呼ばれた人とメガネの人が黒コートの男?と向かい合っている。さっきまでの余裕が、少し削れていた。


「カイ」とメガネの人が静かに言った。

「後ろ」

「わかってる」

カイが動いた。黒コートが動いた。

衝撃が走った。


 カイが壁に叩きつけられた、というより、空間ごと弾かれたような動き方だった。それでもカイは着地して、すぐに立つ。


 ソラは路地の入口で固まっていた。

カイがこちらを見た。


「逃げろ言っただろ」

「——すみません」

「すみませんじゃない、逃げろ」


 黒コートがそらに気づいた。

視線が来た。顔が見えないのに、視線だけははっきりわかった。多分持ってるコアに向けられた視線だ。

一瞬で距離が縮まる。


 ソラには見えなかった。移動したというより、消えて現れたような速さだった。


手を掴まれ、

コアを奪われる!

と思った瞬間ーー


 カイが間に入った。

黒コートの攻撃がカイに当たった。

鈍い音と共に熱気が襲ってきた。

カイが膝をつく。


 時間が、止まったみたいだった。

膝をついたカイの背中が、視界を塞いでいた。

ボロい外套の隙間から見える、強張った肩。震える拳。


――あの日と、同じだ。


 脳裏に、地下の湿った空気とは違う「焼けるような熱気」が蘇る。視界の端で爆ぜる火花、誰かの叫び声。


「ソラ、逃げて――!」


縋るような、祈るような、母親の最期の声。


 あの時も自分はただ逃げた。守られるだけの、無力な塊として。

喉の奥で、ひりついた何かが震えた。


「……嫌だ」


絞り出すような声が、自分の唇から漏れる。


 足が震える、呼吸も上手く吸えない。

それでも、もう嫌だ。また誰かに背中を向け、また誰かの犠牲の上に生き延びるのは。


 その瞬間、掌の「コア」が爆発的な熱量を持った。


 それは単なる温度ではなかった。細胞の一つひとつが内側から暴き立てられるような、狂おしいほどの奔流。


「あ つ い」


意識が膨張し、世界との境界線が消えていく。


「今度こそ守りたい。」


 視界が真っ白に染まる。

掌から溢れ出した白い光が、カイを、シノを、凍りついた路地を飲み込んでいく。


僕の意識は、眩い光の渦の中へ沈んでいった。



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