2-9
―ほしいのか、力が?
地の底から響くような、唸り声。辛うじて人語だと判別できるが、そこには獣の唸り声が混じっている。
ガクは、息を飲む。
―なんだ……今の声
ガクが周囲を見渡すと、そこは薄暗い屋敷の中だった。ここに来るまでの記憶が、完全になくなっていた。
オレンジの灯りが妖しく輝き、闇の中に浮かんでいる。紙でできた四角い箱に、ロウソクが入れられているのだ。闇のなか、等間隔で、その箱が置かれている。
「あの声は……それに、ここは……一体」
ガクは、困惑しながら、箱を手に取り、進む。
小さなオレンジの光が、家屋を照らす。木造りの瀟洒なデザイン、見たことのない装飾。ヒノキだろうか、爽やかな匂いがする。
―大陸のものではない。異国のものだ
ガクは、どこへ向かうでもなく、進む。廊下の床は、磨かれ、光沢を放っている。それも木で作られていた。歩くたび、みしり、ぎしり、と鳴る。
「夢……なのか?」
ガクは、ロウソクに手を伸ばし、その熱さに身体を震わせる。
数分進み、ガクの前には、奇妙な扉。押すのではなく、滑らせることで開く特殊なデザイン。足元の床も、枯れ草を編んだ奇妙なデザイン。
部屋を開けると、枯れ草の香ばしい匂いがした。
―木の床が廊下で、部屋のなかは、この枯れ草になるのか?
それから、一時間近く歩き続ける。だが、廊下は続き、似たような部屋が現れ続ける。まるで永遠に続いているかのような。
―おかしい。こんな建物が現実にある訳がない
それから、また一時間近く歩く。歩くスピードを一定にするのも疲れ、もう時間感覚がなくなり始めていた。
「誰か!」
ガクは、叫ぶ。夢ならさめろ、と剣を振りまわす。だが、何も手ごたえがない。
「落ち着け」
芯のある低い声がし、ガクは息を飲む。
闇の奥から、丸い「何か」が現れる。まるで、雪だるまのようなシルエット。
―なんだ……異能生物か?
ガクが剣を構えると、
球体は止まり、自分の姿を炎に照らさせる。よく見ると、植物の球根や、サンショウウオを連想する、丸く太いデザインの金属甲冑。
騎士は、北部同盟騎士団のエンブレムを見せ、
「私は、北部同盟騎士団のサイゴウ。ガク君、君の仲間だ。落ち着いてくれ」
サイゴウと名乗る騎士は、ガクの肩を優しく触る。
―なんだか、大きなサンショウウオと話しているみたいだ
ガクは、肩から、ふっと力が抜けるのを感じる。
「ここは……なんなんですか?」
「数分歩いただけなので、確信はないが……おそらく、これは、《心髄共鳴》が作り出した幻だ」
サイゴウは、持っているクロスボウで、扉に触れる。
「フスマ……タタミ……極東で見たことがある。この空間を作ったのは、敵の異能者だ」
「敵……《異能殺し》ですか?」
「分からん。アイメルトの残党かもしれない。どちらにせよ、何か目的があって、ここに私たちを閉じ込めた」
「その首謀者もここに?」
「可能性はある。だが、不可解な点もいくつかある」
ガクが、サイゴウを見つめると、
「《心髄共鳴》で、ここまで強力な幻覚を作り出すのは難しい。基本的には、現実の痛み……つまり、知覚によって阻害され、現実に引き戻されるからだ」
「じゃ……じゃあ、なんで、僕たちは目覚めないのですか?」
サイゴウは、眼が見えているかのように、周囲を見る。だが、その眼は、仮面で完全に隠れている。
「可能性が一番高いのは、我々は眠りについているか、昏睡状態にあるか。どちらにせよ、意識のレベルが低い可能性がある」
ガクは、生唾を飲み、
「ほ、他の人との合流は?」
「ガク君が初めてだ。おそらく、この部屋は何十個もあり、部屋と部屋の位置関係が一定時間ごとにシャッフルされている」
「じゃあ……永遠に端に着かないこともある?」
「永遠に、端にとどまり続ける可能性もある」
ガクの背中に氷が当てられたような感触が襲う。
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