8話
曇天、黒々とした森、泥に汚れた甲冑―そこが、僕の選んだ世界だった。
ガクは、木の下に作った簡易的な野営地から出る。獣のような匂いがし、隣を見ると、大男たちが眠っている。全員が巨大な剣と矢を持ち、顔には刀傷がある。
敵が攻めてくる可能性がある、そう言われ数週間が経っていた。ここで潜伏し、奇襲を行う手はずになっていた。大砲や城のない、純粋な野戦だ。多くの死者が出ると考えられた。
「ここに居たんじゃ、儲からねぇ」
中年の男が一人、目を覚まし、愚痴を言う。歯が抜け、顔は泥で汚れている。
「はやく、自由になりてぇなぁ」
男は、卑猥な笑みを浮かべる。彼は、この部隊の騎士団長であった。だが、騎士団とは名ばかりの傭兵の集まりだった。彼らは戦をしながら、略奪と凌辱を繰り返していた。貴族同士の戦争が大陸全土にまで影響を及ぼし、彼のような傭兵を大量に生み出した。
ふと、遠くの野原で、男が走っているのが見える。髭の生えた痩せた男だ。全身が泥と血で汚れている。
「あいつ……あんなに慌てて、もしかして」男の一人が起き上がり、剣を取る。
「おい、行くぞ、出来損ない」そう言って、男がガクを恫喝する。
ガクも剣を持ち、目を伏せる。
髭の男が簡易テントにたどり着き、ぜいぜいと息を切らせている。
「―した」走ってきた髭の男が息を切らしながら、懸命に何かを言おうとする。
「どうしたんだよ」
「かい、かい、か……壊滅したんだ」髭の男が、絞り出すように言った。
「何が?」
「アイメルト家異能騎士団が壊滅した……本隊は、指揮系統を失ってる……生きてるのは、俺達だけだ」
大きな音がし、ガクは目覚める。
ガクは咄嗟に周囲を見渡す。そこは、泥に汚れた野営地ではなく、馬車の上だった。ガクは馬車に揺られていた。手元には、医療の書籍。
道は一本道で、馬車は、森の中を進んでいる。日差しも良く、のどかな雰囲気だった。
「また、あの夢か……」
ガクは呟き、震える右手を見つめる。二年前、全てが終わり、全てが変わったあの日を今でも忘れられない。それが呪いのように、自分を縛っていた。だが、それは今日で変わるかもしれない。
ふと、ガクは来た道を振り返る。本当に、あそこを飛び出してよかったのだろうか。ガクは、馬を操るフェルグスの背中を見て、思う。
いや、これで良かったのだ―ガクはフェルグスの横顔を見る。
『お前は、出来損ないなんかじゃない』
フェルグスの言葉が思い出される。彼を信じ、彼に着いて行くことを決めたのだ。
「着いたぞ!」
森を抜け、着いたのは、防壁に囲まれた巨大な街だ。ここは大陸全土を支配する「北部同盟」の主要都市である。
ガクは、ちらりとフェルグスを見る。この大男は、北部同盟の当主であり、この大陸の中でも最も権威のある騎士の一人なのだ。
大変な人を救ってしまった。ガクは生唾を飲み込む。
ガクを尻目に、フェルグスは街へ入っていく。街の中は、活気で溢れていた。大通りは商店が立ち並び、町民が出歩いている。至る所に、甲冑を着た騎士が居た。
「フェルグス様」
騎士は、膝を折り、礼をする。
「ご無事で何よりでした」
「おいおい」フェルグスは照れ、騎士を立たせる。
騎士は、ガクの方を、ちらりと見つめる。視線に気づいたフェルグスが、
「俺の命の恩人、ガクだ。騎士団に入団することになった。手続きを頼む」
「御意」
ガクは、騎士に連れられ、北部同盟騎士団の事務所へ向かう。各種手続きを終えると、何か聞きたいことがないか聞かれる。
ガクの脳裏に、離れ離れになった仲間たちの顔が浮かぶ。
「人を探しているんですが……」ガクは恐る恐る聞く。
「特徴が分かれば、もしかしたら分かるかもしれません。ここは交易が盛んですから」
「一人目は、長い髪の華奢な女の子で、話すときに、少し詰まるところがあって……ベルタと言うんですけど」
騎士は仲間に聞き、首を振る。
「そうですか……」
もう一人、知らないかを尋ねようとしたが、どうせダメだろう、と諦めた。すごい、とか、えらい、が口癖の元気な女の子、そんなのは何処にでもいる。
事務所を出ると、フェルグスが待っていてくれた。
「今日から、ここの寮を使うと良い」
フェルグスに案内されたのは、小さな宿屋だ。二階建てで、作りは丈夫だったが、ボロボロだった。
「少し……ボロいが、住めば都だ」
フェルグスは、そう言って、部屋に案内する。小さな机と、ベッド、棚と備品入れがある小さな部屋だった。だが、それでも十分だった。
「ありがとうございます」
「手続きで疲れただろう。今日はゆっくり休め」
フェルグスが出ていくと、ガクはベッドに横になる。そして、震える右手を見つめる。
僕は、ここで変われるのかな
ガクは大きく伸びをし、眠りについた。
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